その後カフェの野菜が美味しいという話題で盛りあがり、朝食を終えるとどういうわけか、父さんの案内で我が家の畑とハウスを眺めに行くことになった。

「冬は畑も休んでますけど、うちでは越冬野菜もやってるんです」

「越冬野菜ですか。その名の通り、冬を越える……?」

「ええ。先週ちょうど素直たちとキャベツや大根を収穫して並べました」

 たくさんのキャベツと大根とじゃがいもを家族と諒さんたちみんなで収穫して準備をした。

 キャベツは地面に綺麗に並べて、大根とじゃがいもは穴を掘って埋める。
 これがなかなかの重労働で、めちゃくちゃ大変だった。

「これからどんどん雪が降って綺麗に埋もれていくんです。そうやって貯蔵しておくと甘くて美味しい野菜に育つんですよ」

「はあ……すごいですね。この自然が大きくて優秀な冷凍庫なわけだ」

「そうそう」

 目の前に、すでにうっすら雪を被った大きなキャベツたちがずらりと並んでいる。

 見失わないように俺の身長とおなじぐらいの目印の棒を立てて囲っているんだけど、もっと雪が積もると胸のあたりまで平気で埋もれて見えなくなってしまう。

「大変だったね、なお。力仕事するって、こういう意味だったんだ」

「うん、そうです。キャベツも一玉がとんでもなく巨大で重たいから持ちあげるだけでもかなりしんどいんですよ。春にもまた掘り起こさないといけないし。でも本当に甘くて瑞々しくて蜜柑とおなじぐらいの糖度があるから、北海道の越冬野菜はお取り寄せでも人気なんです」

「そりゃすごいな。ぜひ食べてみたいよ」

 東京に送りますよ、と言おうとしたら、「また来るよ」と先に賢也さんが続けた。

「春にカフェに来れば越冬野菜の料理が食べられるんでしょう? また泊まりに来ます」

 賢也さんが俺と父さんに視線を向けて微笑みかけてくれる。

 ……冗談やおべっかに聞こえないのは、本気だからなんだろうな、と考えていたら、父さんのほうがいささか戸惑ったような表情で俺をうかがってきた。

「お仕事忙しくないですか? 杉浦さんのご都合がよろしければお待ちしてますけども……」

 で、苦笑いをする。

「時間はつくるものです。ご迷惑でなければその掘り起こしの作業もお手伝いさせてください。春の美瑛も美味しい野菜も楽しみだな……」

「そんな、お客さまに畑仕事なんてさせられませんよ」

「なら素直君の友人として勉強させてもらうってことでお願いします。足手まといにならないように頑張りますので」

 父さんがまた〝いいのか?〟みたいな驚いた顔をしている。

「……俺もここ数年は上京してて全然手伝ってなかったし、本当に賢也さんの都合がつけば、一緒に学ぶつもりでやろうかな?」

「うん……まあ、そうだな。素直も掘り起こしはひさびさか。それこそ四年ぶりかな。人手はいくらあってもありがたいし、都合がつけばお願いするか」

 困惑気味の俺たちをよそに、賢也さんは晴れやかな、やる気満々な笑顔を咲かせている。

「楽しみにしています」



 午後はカフェで昼食をとったあと、再び賢也さんと俺と父さんの三人で雪かきをした。

 民宿とカフェの前の広場や舗道、駐車場なんかを雪かきスコップとスノーダンプ、スノープッシャーで除雪していく。

「せっかく東京から来てくれたのさ、こったらことさせていいのか?」と父さんは半分叱るような口調で俺に耳打ちしてくれていたけれど、賢也さん本人は「これだけ身体を動かすと夕飯もきっと美味しいですね」なんて汗を拭いながら楽しそうに笑っている。

「雪だけは本当に厄介だな。見ているぶんには綺麗だけど、生活に支障をきたすほどとなると嫌いになりそうです」

 やめたい、なんて弱音を吐かず延々とスコップで雪を除け続けてくれる賢也さんを見ていて、やがて父さんも観念したようすだった。

「夜はちゃんと駅と役場行ってこい。ツリーぐらい楽しんでもらわないと申しわけないべ」

「うん、そうするよ」

 それで一通り作業が終わると部屋に戻り、汚れた身体を風呂で洗いつつしっかり温まってから夕飯にした。

「……ごめんね賢也さん。せっかく二泊してくれるのに、雪かき作業で一日を潰すなんて思わなくて。変に気をつかわせていたなら申しわけないです」

「気をつかってたつもりはないよ」

 賢也さんはビーフシチューをすすりながら朗らかに笑う。

「むしろ観光するより充実した時間を過ごせたな」

「え、そんなことないですよ、冬場はちょっと、四季彩の丘とか行ってもアレだけど……ケンとメリーの木とか、マイルドセブンの丘とか、絶景もいろいろと、」

「なおの日常を感じられること以上に幸せな時間はないから。……毎日ここでこういう景色を見て、こうやって雪と戦いながらカフェでお客さんをおもてなしして過ごしているんだなって、肌で体感できて幸せだった」

 惚けてしまって、言葉が継げなくなった。

「……あ、りがとう、ございます。……嬉しいです」

 かろうじてお礼を伝える。

 でも自分も賢也さんに会いに東京へ行ったら、あちこち歩きまわってろくな会話もできずに疲れ果てて終わるより、彼の生活を感じられる家で、くっつきあって過ごしていたいかも、と……のろけたことを考えてしまった。

 綺麗な景色や美味しい食べものを共有しあうのももちろん幸せに違いない。
 けどいまはつきあい始めたばかりなのもあるのかな。もうちょっと、こう……おたがいを知ることに時間を費やしたい。

「……来ていただいたのに、俺のほうが幸せにしてもらってばかりな気がします。本当にありがとう賢也さん。けどあとでツリーは観に行きましょうね。父さんも連れて行ってあげなさいって恐縮していたので」

「うん。ツリーがある場所は、なおがなじみのところでもあるんでしょう?」

「駅と役場ですか? まあ……そうですね。普通に利用しているしツリーも何度か観に行ったことありますけど」

「じゃあ絶対に行きたい」

 胸がときめいて、ううぅ、と身をすぼめてしまった。賢也さんの無邪気な笑顔が眩しすぎる。

 一緒にいるあいだずっとセックスしていたいなんて言ったらそれは不謹慎に浮かれすぎかな。



 ビーフシチューとフルーツヨーグルトのセットを食べてお腹を満たすと、また賢也さんの車に乗せてもらって美瑛駅まで行った。

「旭川で車を借りてそのまま来ちゃったから、美瑛の駅には寄らなかったんだよね」

「うん。駅、ひろくて結構素敵ですよ。駅舎がなんていうか……レトロ感? っていうのかな、古風な外観で素敵なんです」

 東京のように背の高いビルはないけれど、ロータリーを囲むように風情のある駅舎や道の駅、レストランなどもあって栄えている。

 巨大ツリーもロータリーの端にどんと立っている木を利用して毎年つくられていた。
 赤や青や緑の電飾が全体に巻きつけられ、てっぺんでハートの飾りがきらきら美しく輝いているのが特徴的なツリーだ。

 駐車場に車をとめて賢也さんと歩いて行くと、早速眼前にツリーが現れた。

 地面には滑り止め防止の砂がまかれており、除雪されて道の端に積まれている雪も外灯に反射して光っている。

「なお、気をつけて」

「はい、賢也さんも」

 ふたりではしゃぎすぎないようしっかり雪と地面を踏みしめつつ、ツリーの前まで行って見あげた。

「うわあ……本当におっきいな。これだけ大きなツリーをふたり占めって、贅沢だね」

「ふふふ……そうなんです、東京と違って時間を選べば誰もいないのがいいんですよね」

 電車が来ると人もぱらぱら増えるものの、その時間帯をさければほぼ確実に独占できてしまう、雪のなかの巨大ツリー。

「なにかあるよ」

 賢也さんがツリーの手前にある、雪を被った小さなボックスを示す。

「はい、これは告白スイッチなんです」

「告白スイッチ?」

 ボックスのなかには中央の仕切りに分けられたボタンが、左右に設置されている。

 どちらにも〝YES〟と〝NO〟のボタンがあって、まず片方がメインスイッチを押したあと一分以内に告白の言葉を伝えて、その後同時にYESかNOのボタンを押すのだ。

 YESならハートの半分が点灯し、NOなら暗いまま。
 つまりふたり共両想いで〝YES〟を選べばハートがきちんと全点灯して完成するって仕掛けなわけ。

「やってみようよ」

 賢也さんが子どもみたいにうきうきした笑顔で誘ってくれる。

「えっ……ほんとうに?」

「嫌なの?」

 誰もいないとわかっているのに、ついきょろきょろ周囲を見まわしてしまった。

「嬉しいけど……俺、これ恋人とするの初めてです。母さんとか友だちとふざけてやったことしかない」

「じゃあなおさらやらないと」

 賢也さんが左側の、メインスイッチがあるほうへ立って左手を入れる。

「本当ですか? う、ぅ……」

 俺もどぎまぎしながら右側に立って、右手を入れた。

「こういうのも都会だと長蛇の列ができててなかなか遊べないから貴重だよ」

 賢也さんは大人なのに、すごく楽しそうに笑っている。

 ……いろんなことが未経験の俺に、あわせてくれている、とか……そういう理由なのかな。
 それとも純粋に喜んでくれているだけ?

 どちらにしろ嬉しくて、新鮮で、幸せなことにかわりはないんだけど……。

「――なお」

 賢也さんがボックスに入れていないほうの右手で俺の左手をとり、手袋越しにふかふかぎゅと握りしめてくれる。

 そしてむかいあって、幸福そうな優しい瞳で見つめてくれる。

「夜に部屋でゆっくり話そうと思ってるんだけど、せっかくだからここで軽く伝えておくね。俺はなおと遠距離恋愛するつもりはないよ」

「……ぇ」

「来年こっちに移住しようと思ってるから、いろいろ相談して話を詰めつつ、可能ならいずれ一緒に暮らそう」

「えっ」

 ぇ、……えっ。

 い、……暮らっ、?

「ボタンでこたえてね。はい、せーの」

 あ、あ、と驚きでパニックに陥ったけど、こたえなんてもちろんひとつしかない。

「押した?」

「は……はい」

 ふたりして同時にツリーのてっぺんを見あげると――ハートが、綺麗に赤く輝いている。

「よかった。好きっていう告白は昨日から何度も言ってたし、ちょっとバリエーションを変えるとしたらこれしかなかったんだよね……」

 しみじみしながら、賢也さんが一定のリズムでちかちかきらめくツリーの輝きを眺めている。

「……本当の、話なんですか」

 こっちに移住って……賢也さん、仕事だってあるのに。しかも同居?

「本当だよ」

 凜然としていて優しいこの眼差しは、昨日今日思いついた、という表情に見えない。

「俺は、自分がもう一回東京に、って考えてました。離れてつきあうのは……俺も嫌だから」

「そうか。でもそうするとなおがカフェの仕事を辞めなくちゃいけないでしょう」

「賢也さんだって、東京に仕事が、」

「うちは札幌に支店があるんだよ。それでなおに会いに来る前、上司に〝異動したい気持ちがあるんですよね〟ってちらっと匂わせてきた」

「支、店……匂わせって、」

「ありがたいことに〝急に札幌ってなんだ、こっちの担当店舗はどうするんだ〟って渋ってくれていたから、帰ったら説得するところから始めないといけないね。でも四十手前で離婚した部下が、再婚の意思もなく札幌で余生を過ごしたいって言えば許してくれるんじゃないかな」

 ふふ、と賢也さんはどこか楽しげに苦笑いしている。

「ご両親と離れて暮らすのも心配じゃないですか? なにかあってもすぐに飛んでいける距離じゃないし、冬は雪のせいで飛行機も不安定ですよ。都会より当然不便も多くて、それに、」

「なお」

 賢也さんが俺の右手もとって両手を繋ぎ、温かな面持ちで見おろしてくる。

「……仕事や親の事情も考えたうえで決断したことだよ。それに俺は、もう他人のために生きたくない。これからはなおと自分の幸せのために生きていく」

 優しいのに鋭く意志的な彼の瞳のなかで、電飾のきらめきがまたたいていた。

「賢也さん……」

 本気なんだ、とわかった。

 結婚生活のなかで自身の幸福を犠牲にし、奥さんのために、義父母のために、新しい命のために、と心を削ってきた賢也さんが、いま新しく見いだした自分の幸福――そこに、俺がいる。

 この人を幸福にするのも不幸にするのも、いまは自分なのかもしれない。

 おこがましくて、とても自惚れた思いだけど、畏縮して逃げるんじゃなくて、これは自分の全身全霊で真っ向から受けとめるべき彼の強い願いと意思なのだというのも悟った。

 俺も賢也さんといたい。
 賢也さんがいないと心が欠ける。

 賢也さんと一緒に生きていくのを、自分のかけがえのない幸福だと想う。

「……わかりました。俺も賢也さんとふたりでいたいから、そのために努力します」

 道内とはいえ札幌と美瑛ではなかなかの距離がある。
 どこでどう同居生活をするのか、俺の親になんと説明するのか、金銭的な問題は……、と話しあうべきことは山ほどあるから、まだ楽観できる状況ではない。

 だけど目の前に存在している夢に向けて、ふたりで困難を乗り越えつつ一歩ずつ歩んでいけるのも、無二の幸福に違いない。

「……うん。ありがとうなお」

 嬉しそうに瞳をにじませて微笑んだ賢也さんも、周囲を見まわしてからこっそり俺の右耳に内緒話のふりをしてキスしてくれた。

 ふたりで顔を見あわせて、照れながらくすくす笑う。

「じゃあ、詳しい話はまた帰ってからにするとして……次は役場に行きましょうか。ここからすぐ近くにあるので」

「うん、行こう」

「役場のツリーのてっぺんは星の飾りなんですよ。そっちも結構大きくて迫力あるけど、寒いし人はあまりいないんです」

「なにげに穴場だよね……」

「じつは図書館にもツリーがあって、その三カ所が有名なんです。でもさすがにツリーばかり三個も見ても退屈ですよね……? 寒いし」

 手を繋いだまま歩きだして、賢也さんの横顔を覗きこむと、彼は「ふふふ」とおかしそうに喉で笑った。

「そうだなあ……寒いのはかまわないけど、焦る必要はないかな。またすぐに来るだろうし、来年の楽しみにとっておくっていうのも幸せが増えていいしね」

 むぎ、ざり、とふたりで凍りついた地面を踏みしめて歩き続けた。

 晴れた夜空に外灯の橙色が降りて、世界を淡いセピア色に彩っている。
 道横に積もる雪も、宝石をのせているみたいにちかちか光っている。

 輝きに導かれて、光に、未来に向けて、いま俺は賢也さんと歩いている――。
















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