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Ours is essentially a tragic age, so we refuse to take it tragically. The cataclysm has happened, we are among the ruins, we start to build up new little habitats, to have new little hopes. It is rather hard work: there is now no smooth road into the future: but we go round, or scramble over the obstacles. We've got to live, no matter how many skies have fallen. This was more or less Constance Chatterley's position. The war had brought the roof down over her head. And she had realised that one must live and learn.
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2005年 03月 29日
殺生石伝説・補遺
 もう少し殺生石伝説に触れておこう。この伝説にはさまざまなバリエーションがあるが、大筋では九尾の狐の話とその後日譚とに分けられる。まず九尾の狐の話。これが、いわば本編とでもいえる部分なのだが、乱暴にまとめると、長生きをして妖力を身につけた老狐が、中国・インド・日本を跳梁するというもの。その行動パターンは一貫しており、ときの妃に取り殺生石伝説・補遺_a0029238_1421670.jpg付いて王を惑わせるのである。殷の妲己、周の褒姒、天竺の華陽夫人など、悪名高い傾国の美女や魔性の女の行跡を取りあげ、それらはすべてこの妖狐のせいであると語る。そして、その九尾の狐が日本に渡来して姿を現したのが、鳥羽院寵愛の玉藻前である、と持ってくる。

 そこで玉藻前の話。多くの場合、玉藻前の色香に惑わされた院が政治を顧みなくなるとか、日に日にやつれていくとかのケースで語られる。そうした院の姿を憂えた側近たちが安部晴明の子孫、安部泰成に占わせた結果、その正体が見破られて調伏されることになるのだが、東へ飛び去った妖狐は下野那須野の地に再びその姿を現し、土地の人々に災いをなすようになった。しかし勅命を帯びた上総介と三浦介の活躍によって、遂にその命を絶たれてしまう。殺生石とは、殺された妖狐の魂が宿った石のことであり、今も那須野の地にあっては、執念深く毒気を吐き続けているという。

 ここまでの話を本編と位置づけるとすれば、後日譚扱いされているのが、殺生石に宿った霊を供養する話である。殺されてもなお石に魂を宿した妖狐が、石に近づく人間をはじめ、鳥獣までも殺してしまうことが続いていた。そのため、その石は殺生石と呼ばれて恐れられていた。その話を聞いた玄翁が殺生石のある那須野の地に赴き、経文を唱えて杖を振り下ろしたところ、石は砕け散って妖狐の霊も成仏したというのである。ちなみに、謡曲「殺生石」では、語られる順序が逆になっている。廻国修行の途次、那須野の地は殺生石に立ち寄った玄翁和尚の前に石魂が現れ、殺生石の由来として玉藻前の話を語った後、自らの供養を懇願するというストーリー展開になっている。

 殺生石のほうから入って玉藻前物語にさかのぼるのか、あるいは時間軸に従って玉藻前物語から殺生石の話のほうへ下ってくるのかの違いはあるにせよ、玉藻前物語+殺生石の物語+その供養譚というのが、この伝説の基本セットになっているのである。

 なおこの伝説を巡ってはさまざまなバリエーションがあるとしたが、中でも江戸時代の後期に上梓された「絵本玉藻譚」は、ストーリー構成の上でもメリハリがあって面白い作品である(すでに流布していた話を取り入れて、巧妙に一つの物語としての体裁を整えたに過ぎないという見方もある)。その「絵本玉藻譚」では、玉藻前物語の部分だけでなく、後日譚の部分にもかなりのプラスアルファが加わっているのだが、特に後日譚の部分にある石屋大徳の話は独立した笑い話として楽しめる。絵のほうも滑稽なので、ちょっと紹介してみよう(現代語訳・江戸の伝奇小説3『飛騨匠物語/絵本玉藻譚』[須永朝彦,国書刊行会,2002]に基づいて要約する。絵も同書より)。

 時は南北朝のころ、石屋大徳という聖がいた。廻国修行の中で下野国那須野の地に到った石屋は、その地に伝わる殺生石の話を耳にする。そこで石屋は己れの力でその霊を成仏させようと考え、一人那須野の殺生石までやってきた。しかし、そこにあったのは漆を塗ったように黒々とした怪石と、その周囲に散乱する骸骨の山。その景色を目の当たりにした石屋は、「これはとても自分の手に負えるものではない、命あるうちに人里へ帰ろう」と考える。そこで殺生石に背を向け、来た方向を振り返ると・・・・目に前に身の丈三〇メートルほどもある真っ黒な仏が立っている。しかも目をランランと輝かせ、真っ赤な口を開けてはニタニタ笑っているのである。

 あまりのことに腰もぬけんばかりだったが、這々の態で、石屋はその場を逃げ出した。しばらく走ると、同じ方向に逃げていく女がいる。きっと同じ黒仏を目撃して逃げていく者なのだろうと思い、その後を追った。ほどなく息が切れたのか、女はその場に倒れこんでしまう。石屋があわてて駆け寄り、助け起こしてみると、思いの外の美女である。
「気を確かに持ちなされ、こんな所で倒れては妖怪の餌食になってしまうぞよ」と語りかけると、女のほうも気が付いたようで、石屋にすがりついてくる。
「私は近くに暮らす寡婦です、亡夫の墓参りに出掛けたところ、道に迷ってしまいました。すると、どこからともなく小さな子供が現れて道案内をしようと言うのです。案内されるまま、歩いていたのですが、私を導いてくれた場所は殺生石の近くだったのです。きっとあの子供も化生のものだったのでしょう。そして恐ろしくなって早く家に帰ろうとすると、黒仏が現れたものだから・・・」。
 さめざめと涙を流して美女に抱きつかれると、石屋のほうもまんざらではない。
「さあ早く立ちなされ、拙僧がお宅までお送りいたしましょう」と言い、手を取り合って二人で那須野を駆け抜けていった。

 二人はようやくのことで野原を抜け出して、一軒に庵にやってきた。
「ここが私の庵です。こうして助けていただいたのも何かのご縁でしょう。粗末な場所ですが、一晩泊まっていかれてはどうしょうか」。
 石屋は少なからずの下心はあったものの、女のほうから誘ってくるとは思ってもいなかった。それが予想外の成り行きとなったものだから、はやる心を抑えながらも「それでは今宵はこちらでご主人の菩提を弔わせていただきましょう」と応える。そして案内された室内はどこか由緒ありげな雰囲気が漂い、野婦の仮住まいとも思えない。詳しくはいずれ分かることだろうと考えて、とりあえずその部屋でくつろぐことにした。
「今日はあまりのことだったので、くたびれてしまいました。急いで夕餉の用意をしてもらえないでしょうか」
「寡婦の一人暮らしゆえ、たいそうなことはできませんが、しばらくお待ちくださいませ」。
 女はそう言い残し、襖を立てて台所のほうへと入っていった。ところが、それからいくら待っても料理は出てこない。そればかりか、襖の向こうでは調理をしている気配も感じられない。不審に思って、そっと襖を開けてみると、そこで目に飛びこんできたのは・・・・象のように膨れあがった女が素っ裸で横たわってゴウゴウと鼾をかいている姿。さらに何を食らったものやら、口の周りには血がねっとりとこびりつき、あたりには異臭までも漂っている。
 今度ばかりは石屋も手足が動かなくなり、その場に座り込んでしまった。すると、それまで由緒ありげな雰囲気を醸し出していた建具が、その色を薄めていったかと思えば、あたりは草野原、よく見れば、他ならぬ殺生石の前である。しかも石屋自身がしゃがみ込んでいるその場所は、命を落とした者たちの骸骨の山、まさにその上に座っていたのである。
 その時、殺生石の中から声が響いてきた。「石屋よ、この俺を何者だと思っておるのだ。金毛九尾の狐が亡魂なるぞ。貴様ごときに祈り上げられるものではないわ。石屋よ、貴様もここで命を失うことになるのだが、しばらくは貸しておいてやろう。急ぎ都に上り、当代第一の聖を呼んでこい。そうして俺の魂を祭らせよ。俺の怨恨を漱がせるのだ。それができれば、貴様には天寿を全うさせてやる。だが、しくじればその命はたちどころに尽きてしまうぞ」。
 その大音声が消えると今度は一陣の風が吹き寄せてきた。そして石屋の身体を巻き上げ、そのまま人里へと吹き飛ばしたのであった。石屋は、取るものも取りあえず都へと上っていったのである。
殺生石伝説・補遺_a0029238_1402951.jpg
殺生石伝説・補遺_a0029238_141358.jpg

(上・黒仏、下・象女)



 ラフカディオ・ハーン「むじな」のように、二段構えでの怪異現象である。「絵本玉藻譚」で語られている多くのエピソードは、その出所が確認できるという意味で、独創性が薄いといえば、確かにその通りである。しかし、この石屋のエピソードに限定すればどうだろう。同時代的に流布していたゴシップ的なものを脚色したのか、それとも作者・岡田玉山によるまったくの創作なのか、そのあたりはわからない。ただ「絵本玉藻譚」の中では、この石屋が玄翁和尚を殺生石の前に引き寄せるきっかけとなったのだから、このエピソードの配置も意図的なものであるのには違いない。


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by office34 | 2005-03-29 01:31 | 伝説を旅する(モニター)