(けいざい+)VAIOの10年:下 安価な「梅」追加、「1万人より100万人に」
ソニーの業績悪化を招き、2014年に売却されて「独立」したパソコンメーカーのVAIO。徹底した経費削減と事業の選択によって独立2年目から6年連続で黒字を確保。21年には旗艦モデル「Z」シリーズの新作発売にこぎ着けた。
「VAIO復活」という評判の裏で、社長の山野正樹(63)は頭を悩ませていた。山野は21年6月、親会社である投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)から出向でVAIOに籍を移していた。
「正直、危ない状況だった。どうしたもんかなと」。就任してからの半年間、毎月の営業損益が赤字に陥っていたのだ。
原因の一つが、復活の象徴とされたZだった。
Zは本体全てをカーボン系の素材で包み、高性能なCPU(中央演算処理装置)を搭載。価格は上位モデルで約40万円だった。ソニー時代のとがった製品を知るファンは喜んでくれたが、販売台数は伸び悩んでいた。
山野の目には「負のスパイラル」に映った。
ソニー時代の数を追う戦略への反省から、付加価値に重きを置く高価な製品が続いていた。だがそれだと消費者の支持は広がりを欠き、販売数量は伸びない。いずれ、じり貧になるのは必至だ。標準的な機能が好まれる法人向けでは致命的に思えた。
半面、これまでの「無理」の反動から、社内にほころびが生じていた。1~2年ごとの社長交代も混乱を生んでいた。
見失いかけていた「VAIOらしさ」。山野はまず、先代の社長が進めた製造受託などの他事業から撤退し、パソコンに経営資源を集中した。その上で提案したのは、「松」「竹」ばかりの現モデルに、安価な「梅」を加えること。14年の事業売却時を知る社員の中には「ソニー時代の二の舞いになる」と異を唱えるものもいたが、押し切った。
「1万人でいいのか。100万人に評価されるVAIOの方がいいんじゃないのか」
みなが持っていた、かつて世界を席巻した「かっこいいVAIO」へのプライドに賭けた。
それは設計の丁寧さに表れていた。例えば冷却のためのファン。VAIOは空気を吸い込んで冷やす「排熱」の仕組みが業界標準と異なる。通信アンテナも、一般にはキーボード側や画面の下に設置するが、VAIOは受信感度を上げるため、画面上部に配置している。中級クラスのCPUでも、設計の工夫で高性能品と同等の性能を引き出すことができた。
23年6月、標準的な機能を搭載した定番ラインを品ぞろえに加えると、翌24年5月期の売上高は421億円。2年連続で過去最高を更新した。以前の好決算の時と違って、業界全体が不況に沈み、円安で部材費が高騰する中での「出色の出来」(山野)だった。
「この価格なら選択肢に入れられる」と、独立後に手探りで築いてきた品質面に気づいてもらえるようになった。
「ずっともがいていた。やっと離陸した感じです」
ソニー時代から品質保証を担当する奥原剛(51)は話す。新たに社員を採用できるようになり、「レクサス1台分くらい」する新しい設備も買えるようになった。
11月、VAIOはJIPのもとを離れて来年1月に家電量販大手ノジマの傘下に入ることが決まった。ノジマだけの専売とはせず、経営や営業の体制は維持する。
「価格競争が厳しいからだめだと結論づけるのは短絡的だ。日本メーカーにも勝ち目はある。存在感あるメーカーとして生きていける」と山野。11月14日の朝礼で、JIPを退職してVAIOに残ると宣言した。「私はここに骨を埋める気でいる」=敬称略(田中奏子)
「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずはお得にお試し体験