中日・山本昌投手(49)がプロ野球最年長勝利の大偉業を達成した。5日の阪神戦(ナゴヤドーム)に先発し、5回を無失点投球。1950年の浜崎真二(阪急)の48歳4か月を塗り替える49歳と25日での白星だ。元中日の大豊泰昭氏が山本昌を祝福するとともに“レジェンド左腕秘話”を明かした。

 今年51歳になる私とは2歳しか違わないのに、現役を続けているのはすごいし、うらやましい。今ではマサより年下のコーチも多いし、逆にいろいろ気を使う部分もあることだろう。ホント、よく頑張っていると思う。記録達成、おめでとう。

 1988年、マサはドジャースに野球留学。そこでスクリューボールを覚えたのが転機になったが、それまでは厳しい状態だったのを思い出す。へなへなって感じの投球フォームで、球速は132、133キロくらい。先輩投手からは「お前なんか使えるか」なんて言われていたからね。

 ドジャースの1Aベロビーチ行きが決まった時も期待されていたのは、一緒に行った西村(英嗣投手、86年ドラフト3位)の方だったと聞いている。それがドジャースのオーナー補佐だったアイク生原さんの教えなどもあって実力が開花。88年のシーズン途中に日本へ呼び戻されて5勝を挙げて中日のリーグ優勝に貢献したのだから、分からないよね。

 正直、マサは投球のテンポは悪いし、ボール、ファウルが多く、守っている側からしたら「今日はマサだから試合が長くなるな」というのはあった。それでもコンスタントに勝っていった。大したものだよ。まぁ、私もマサが投げる試合ではよくホームランを打ったとは思うけどね。

 昔、ボロクソに言われていた先輩投手たちの通算勝利数も追い抜いて、さらにこんなすごい記録も作った。マサは体が頑丈だし、なにより頭がいい。どんなにストレートが遅くても抑えられるのは、そういうことが関係していると思う。自分の投球の組み立てを分かっているのが大きい。自分が何をすべきかを知っている。これは当時の中日のスカウトに聞いた話なんだけど、マサはプロ野球で失敗したら小学校の先生への転身を目指すことになっていたそうだ。もともと頭が良かったんじゃないかな。

 私が現役時代、マサと三国志の話をしたことがあったけど「趙雲子龍が好き」って言っていた。劉備の家来の中でも頭がよくて、忠義に厚い。マサも星野さん(元中日監督)を立てていた。打たれた直後は「ダメだあ」なんて、ブツブツ言いながらもね。当時は登板前に縁起を担いで必ずカツカレーを食べていたのも印象に残っている。

 ここ数年は苦しい時期が続いていると思う。それでも耐えて、耐えて、ここまで来た。いくつもピンチを乗り越えてね。何度も言うけど、すごいよ。いずれはドラゴンズの指導者など球団内で影響あるポジションに就くのだろうね。

 (元中日、阪神選手)