カスハラか客軽視か
部長が浴びた火の粉

2024年9月13日 10:00

多くの人でにぎわう日曜日の「道の駅」で客同士が言い争うトラブルが起きた。施設の男性責任者が仲裁して引き離したが、その後に一方の客から「強引に腕をつかまれてケガをした」と慰謝料を請求された。思わぬ形で降りかかった火の粉。社会問題化しているカスタマーハラスメント(カスハラ)なのか、顧客軽視のツケなのか。訴訟は「店」と「客」の微妙な関係も浮かび上がらせた。

「迷惑だから店外に出て」

2021年夏、関東地方にある道の駅。日曜日の昼過ぎということもあって多くの利用客でにぎわっていた。店舗前の広場でもうすぐ沖縄の「エイサー踊り」が始まる。施設管理の責任を負う運営会社の部長はイベントが滞りなく開催されるよう見守っていた。

そこに従業員が慌てた様子で走り込んできた。「部長、店の中でお客さん同士がケンカしてます」。店舗内に駆け付けると「こいつは変だ」「頭がおかしい」などと大声が聞こえてきた。混み合う店内の一角が不自然なほどぽっかり空いている。見ると、その中心で2人の買い物客が向き合い、声を荒らげる中年男性にもう一方の男性客がスマートフォンのカメラを向けていた。

このままでは客がおびえて帰ってしまう。部長は「他のお客さんに迷惑だからとにかく店の外に出て」と2人に動くよう促した。大声を上げていた客は店外に誘導できたが、スマホで撮影していた男性客は出口に向かう途中、再び店の奥に戻ろうとした。

部長が男性客の腕をつかむまでの時間は数十秒だった(写真はイメージ)

「すみません、一回出てください」。重ねて言ったが応じる様子はなく、部長は男性客の腕をつかんで数メートル引っ張った。ようやく店の外に出た男性客は、今度は部長にカメラを向けた。

後日、部長のもとに男性客側から慰謝料を求める書面が届いた。部長に引っ張られたことで肘の関節を捻挫する全治2週間のケガをしたという。部長は支払いを拒み、争いは56万円の賠償を求める訴訟に発展した。

和解勧告に双方応じず

「店を守らないといけないのでとにかく表に出てほしかったというだけです。どっち(の客)がいいとか悪いとかの判断はない。事情は関係ない」。法廷に立つことになった部長は証言台で、そう振り返った。

男性客を外へ連れ出したのは施設の営業利益を守り、安全を図るための行為で違法性はないと繰り返し強調した。スマホで撮影した男性客の行為にも苦言を呈した。「(トラブルの相手を)刺激したと思う。私も(カメラを)向けられたので、あまりいい気分にはならないし、なんでそんな必要あるのかなと」

客と店との関係は近年、急激に変化している。客などが従業員に迷惑行為をする「カスハラ」の問題が顕在化。厚生労働省の23年度調査によると、過去3年間でカスハラの相談があった企業のうち、相談件数が「増加した」と答えたのは23.2%で「減少した」(11.4%)を上回った。企業に従業員保護を義務付ける法整備の議論も進む。

もちろん客から寄せられるクレームには正当なものも含まれる。店側と客側とでは物事の見え方は当然異なり、対応の線引きは悩ましい問題になる。他の客を含む全体の秩序を守りたい店と、買い物に来ただけなのに心外な対応をされたという客。立場の違いが深い溝を生んだのか、今回の訴訟も裁判所が和解を勧告したにもかかわらず、最後まで折り合うことはなかった。

「粘り強く促すのが相当」

24年7月の地裁判決は部長の考え方に一定の理解を示した。トラブルで他の客が近寄りがたくなるなどの影響が生じ、部長にとって事態の正常化を図る必要があったことは「否定できない」と述べた。

だが、その手段には厳しい判断を突きつけた。男性客は物理的な攻撃を加えていたわけでもなく「単に店の中にとどまろうとしていた」と指摘。部長は「粘り強く働きかけるなどして、あくまで任意に退出するよう促すのが相当だった」とした。腕を引っ張った行為の違法性を認め、部長と運営会社に慰謝料や治療費など約12万円を連帯して支払うよう命じた。部長側は控訴せず確定した。

そもそもなぜトラブルは起きたのか。男性客側の主張によると、陳列棚の通路を通ろうとして居合わせた中年男性に声をかけたところ、相手が急に大声を浴びせてきた。男性客が「騒がないで」となだめても「警察を呼んで」などと叫びだしたため、自身の身を守るために証拠を残す目的で動画を撮影したという。

男性客にとっては、ケンカというよりも絡まれたという認識だった。それなのに事情を聞くこともせず、自分に問題があったと決めつけて強引に外に連れ出されたとして店側の対応の違法性を主張していた。

訴訟記録によれば、部長が店内の2人に話しかけてから男性客の腕をつかむまでの時間は数十秒。責任者として見て見ぬふりもできない状況で、粘り強く働きかけてもダメだったときはどうすべきだったのか。当然ながら判決文にそんな「仮定の話」は書かれていない。

取材・記事
嶋崎雄太

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