パンダかぶり物で勤務
「問題社員」解雇訴訟

2024年11月15日 10:00

規則を守らずトラブルが絶えない「問題社員」に頭を抱える職場は少なくないかもしれない。とはいえ、終身雇用が根強い日本では労働者の権利は手厚く保護されている。関西のある会社が男性社員に不当解雇だと訴えられた。上司に向けた暴言、パンダのかぶり物で勤務――。会社への「反抗心」だと主張した男性の態度は、会社がいうように解雇が妥当なものだったのだろうか。

当初は有望株

「会社に来たくないから休み」。2013年8月、鉄道車体を製造する関西の企業に勤務していた40代の男性社員は、社内サイトで共有する自身のスケジュール欄に身勝手な「予定」を入力した。

約5年前に中途採用され、車体の設計を手がける部署に配属。当初こそ人事考課で責任感や積極性が評価される有望株だったが、慣れない寮生活への戸惑いに、父を病気で亡くすといったプライベートの不幸が重なり、抱え込んだストレスの矛先を会社に向けるようになっていた。

どのような理由があるにせよ、服務規則に反する行為を看過するわけにはいかない。会社は口頭と文書で改めるよう再三注意したが改善は見られなかった。反省文を求めると「反省することは全くない。建前上の反省文を提出します」などと突っ張った。

男性社員は勤務時間中にパンダのかぶり物を着用した(写真はイメージ)

改心の余地無しとみた会社は譴責(けんせき)の懲戒処分を下し、別部署に配置転換。これが男性の「反抗心」という火に油を注ぐ。

勤務時間中にパンダのかぶり物を着用しだし、やめるように言われると「かわいい物が心の安静を保つのに重要な存在となっている」などと抗議。精神的に追い詰められているなら産業医に相談するように会社から提案され、ようやくいったん収まった。

「アホぶちょー」

配置転換に関する企業側の苦悩は、労務行政研究所の調査結果から垣間見える。1月に実施したアンケート(複数回答)によると、220社のうち67.7%が「職場トラブルへの対応」のために定期以外のタイミングで異動させることがあるとした。7割近い企業が「組織と人材のマッチング」に課題を感じているとも回答した。組織円滑化のために実施した異動も、配転先との相性が合わなければ逆効果となりかねない。

関西の会社は配置転換後に男性社員の行動が過激化したことも踏まえ、本人が希望していた設計部門の業務に就かせることにした。だが、今度は正式な異動ではなく、一時的な応援と位置づけたことが男性のさらなる反発を招いた。

会社に提出する書類に「アホぶちょー」「ボケ」「役立たず」などと記載し、社内の目標設定面談で最低レベルの「D評価を目指す」と公言。男性が専門とする業務の基本作業も「分からなくなった」と言い張った。挙げ句の果てに階段などで転倒する事故を複数回起こし、故意だったとほのめかした。

危険を伴うことから工場勤務を任せられなくなり、扱いに苦慮した会社は男性に「安全冊子」のマニュアルを書き写すよう命じた。4日間にわたって計300枚以上を筆写させたが、いまさら業務に戻すわけにもいかない。19年4月、とうとう「勤務成績または業務能率が著しく不良で技能発達の見込みがない」として解雇を言い渡した。

同僚は「ほとほと嫌に」

欧米と比べて解雇のハードルが高いとされる日本。勤務態度が悪い、就業規則や業務命令に違反するといった理由で従業員を解雇し、裁判などで問題になるケースは多い。最高裁はかつて解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合は無効」との判断基準を示した。この「解雇権乱用の法理」は今では労働契約法に明文化されている。

解雇を通知された男性社員は、問題行動の多くは過去のもので現在は勤務意欲があると主張。解雇は不当で、命じられた筆写作業も肉体的苦痛を与える私的制裁で違法だったとして19年7月、解雇無効と損害賠償の支払いを求めて会社を提訴した。

大阪地裁は21年1月の判決で、かぶり物を着用するといった男性の一連の行動には「業務上の必要性や合理性が見いだしがたい」と指摘した。会社が解雇したことは、客観的にみて「合理的な理由が認められる」と判断。男性側が違法だと訴えた筆写作業は「相当性に疑問が生じうる」としつつも「業務命令権を逸脱・乱用したものとはいえない」と退けた。

男性は判決を不服として控訴したが、高裁も訴えを認めず、そのまま敗訴が確定した。訴訟になってからは「(会社への)反抗心からだった。本当に迷惑をかけてしまった」と数々の問題行動をわびた男性だったが、時すでに遅し。同僚からは「ほとほと嫌になった」と惜しむ声はなかった。不満や意見があるならば他に伝える方法はなかったのだろうか。「懲戒解雇も検討したが将来を考えて普通解雇とした」。更生を信じる会社からの最後の温情だった。

取材・記事
木宮純

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