1日で下がった評価
食べログ訴訟

2024年1月26日 10:00 (2024年1月29日 7:30更新)

5年前のある日を境に、グルメサイト「食べログ」で自分の店の点数が一斉に下がった。客足は遠のき、経営していた店舗の7割が閉店に追い込まれた。焼き肉チェーン店の社長は「不当な評価の引き下げだ」と提訴。一審は勝ったものの、1月19日の二審判決では「合理的な理由があった」とされ逆転敗訴した。姿の見えない「アルゴリズム」(計算手法)との闘いは続く。

3.51点→3.06点

「2019年5月21日から全てが変わった」。焼き肉チェーン店「KollaBo(コラボ)」を全国展開する韓流村(東京・港)の任和彬社長は、経営する店舗の評価点が食べログで軒並み下がった日の衝撃を忘れられない。出張中に部下から報告を受け、確認すると点数は全店舗平均で0.2ポイントほど下落。3.51点だった都心の店舗は3.06点になっていた。

食べログ側が評価点を算出するアルゴリズムを変更したその日まで、経営は順調だった。米国ファンドでの勤務を経て、自らの手で会社を興したいと1号店を開いたのは09年。10年間で店舗網は全国28店まで拡大し、年商20億円規模の外食チェーンに育った。客の信頼も厚く、口コミによる評価点が高かった食べログ経由の予約は3割強を占めていた。

客足は目にみえて減った。月500件ほどの予約があった店舗は月80件に。その後の新型コロナウイルス禍も追い打ちとなり、7割にあたる19店舗が閉鎖に追い込まれた。

韓流村の任社長は自身も店長として店頭に立っていた2号店を閉店した(1月23日、都内の閉店した店舗)

何ができるのか。ヒントになったのが公正取引委員会が20年3月に公表した調査報告書だった。グルメサイトが飲食店に対して正当な理由なくアルゴリズムを変更するなどして不利益を与えると、独占禁止法上の問題になりうると明記されていた。

評価点下落はチェーン店を狙い撃ちしたのではないか――。食べログ側からの情報開示は一切なく、確信はつかめないものの、他のチェーン店の評価点の変化も自ら詳細に調べ、裁判で闘うことを決めた。「食べログは『飲食チェーン一覧』として6636チェーンを掲載しているが、選び方や選ぶ時期は恣意的で不当な差別だ」と力を込める。

焦点は「アルゴリズム」

「アルゴリズム」は食べログだけではなく、口コミサイトや検索サイトなどあらゆるサイトで使われている。大量の投稿や情報から悪質な内容のものを排除し、より公平で利用者にとって有益なレビューが期待できるためだ。

事業者が運用を外部から見えない「ブラックボックス」としているのも、やむをえない面がある。計算の仕組みが分かってしまえば、意図的な投稿によって点数を操作する不正行為を招きかねない。食べログ側の関係者は「実際に客を装った『サクラ』を使って点数を上げていたとみられるチェーン店もあった」と明かす。

訴訟でも食べログを運営するカカクコム側はアルゴリズム変更について「一般消費者の信頼を確保するために必要な変更だった」と主張。その上で第三者が裁判記録を閲覧できない「制限」も申し立て、認められた。

食べログのアルゴリズム変更は妥当だったのか。最大の争点を巡り、司法判断は割れた。22年6月の一審判決はチェーン店を対象にした評価点下落は「手段として相当ではない」と判断し、カカクコム側に3840万円の賠償を命じた。

これに対し、24年1月19日の二審判決は変更はチェーン店対象の部分だけにとどまっていないとした上で、一連の変更は「消費者の感覚とのズレの是正」「不正な口コミの影響の排除」の目的があったと認め、賠償を命じた一審判決を覆した。

「声をあげるのは怖い」

日本で独禁法違反が民事訴訟で争われることは少ない。優越する地位にある相手と法廷闘争を続けることが現実的に難しいだけでなく、相手の違反行為の立証責任も原告側が負うことのハードルが高いためだ。09年の法改正で課徴金の対象になって以降、司法が原告の訴えに基づいて「優越的地位の乱用」を認定した事例はほとんどないとみられている。

ただ、事業者は食べログなどの「デジタルプラットフォーム」に自らの経営を依存せざるをえなくなっているのが現状だ。圧倒的に強い立場にある検索サイトなどに対する事業者側の納得感は高くはない。経済産業省が22年に公表したデータによると「検索順位やランキング」(365件)や「条件変更」(389件)などに関する相談が窓口に多く寄せられていた。

地裁で審理中だった20年12月、任社長は同様に被害を受けたチェーン店を募るため「被害者の会」を立ち上げた。似た境遇の飲食店と集団訴訟につなげる狙いだったが「声をあげるのは怖い」「裁判費用が用意できない」と後に続く企業はほとんど現れなかった。

長引く訴訟は韓流村の経営を圧迫している。任社長は23年末、銀行に頼み込んで当座資金のつなぎ融資を受けた。食べログの点数が下がってから4年と8カ月。ゼロから育てた企業が直面した苦境はやはり不当な仕組みが原因だったのか。それとも合理的な計算の産物なのか。結論が最高裁に持ち越される中、きょうも多くのユーザーがサイトに表示された点数を参考に行く店を探している。

取材・記事
藤田このり、伊藤仁士

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