育休明けたら部下ゼロ
均等法違反

2024年2月2日 10:00

外資系の大手クレジットカード会社で、30代にして部下37人を率いる部長職だった女性。産休・育休が明けて職場に戻ると、指示された業務は部下のいない電話営業だった。「こんなに休む人は他にいない」と言い放った会社の幹部。妊娠や出産を理由とした「不利な扱い」は男女雇用機会均等法などが禁じている。女性は会社側を相手取って損害賠償を請求した。

「外されるのでは」

女性は28歳で外資大手に応募し、契約社員として入社した。全国1位の営業成績を獲得するなどして正社員に昇格。その後もスピード出世を続け、14年1月に34歳で営業部門のチームリーダーとして部下を束ねることになった。当時、既に1児の母。「小さい子を持つ女性も活躍できると示したい」と奮起していたさなか、第2子を妊娠した。

つわりや切迫早産による体調不良で、まもなく傷病休暇を取らざるをえなくなった。そのまま産休と育休に入り、休職期間は1年半以上に及んだ。

「産休・育休を取るとリーダーを外されるのではないか」。心配したのには理由がある。以前、食事の席で女性副社長が「自分は家庭を犠牲にしてこの地位を築いた。それこそが女性が活躍する姿だ」と力説し、休業前の面談でも「時短も取ってリーダーもするのは欲張り」と言われた。

女性は職場に復帰すると、部下がつかない電話営業の業務に就くよう指示された(写真はイメージ)

時短勤務の予定はなく、チームリーダーに戻れると信じていたが不安はまもなく現実となる。16年8月に復帰すると組織変更の余波で率いていたチームは消滅していた。任じられたのは新設部門のマネジャー。役職こそ部長級で変わらなかったが、部下はひとりもつかなかった。電話営業を指示され、上司に700件の電話先リストを渡された。

降格ではないか――。女性は会社側に説明を求めたが、男性の上司から「1年半以上もブランクがある人にチームリーダーは任せられない」と突き放された。基本給は休業前と変わらなかったが、営業成績に連動していた給与は大きく減った。「リーダーシップ」の人事評価項目は3段階で最低の「3」。好成績を収めて順調にキャリアアップを果たしてきた女性が、初めて見たスコアだった。

賠償額220万円

男女雇用機会均等法と育児・介護休業法は妊娠や出産、育休取得などを理由とする解雇や降格、不利益な取り扱いを禁じている。施行されたのは女性の社会進出や核家族化が進み「男は仕事、女は家庭」といった価値観が揺らいでいた1980〜90年代。その後も働き方の変化に伴い、改正が重ねられてきた。

女性は改善を求めたが、会社側は譲らなかった。一連の処遇は不利益な取り扱いで違法だとして、約2800万円の損害賠償を求めて女性が会社側を訴える事態に発展した。

会社側は訴訟で「同じ等級の役職への異動で降格ではない」「給与が減少したのは営業努力を怠った結果。業務に消極的だったため人事評価も下がった」などと説明した。東京地裁は19年11月の判決で会社側の主張を受け入れ「通常の人事異動」と判断。女性の訴えを退けた。

23年4月に東京高裁が導いた結論は逆だった。「直ちに経済的な不利益を伴わない配置変更でも、業務内容の質が著しく低下し、将来のキャリアに影響を及ぼしかねないものは不利な処遇に当たる」と指摘。部下のいない電話営業への従事は「妊娠、出産、育休などが理由」と認めた。

そのうえで「実績を積み重ねてきた女性のキャリア形成を損ない、不利益な取り扱いで公序良俗に違反する人事権の乱用」として会社側に220万円の賠償を命令。判決はそのまま確定した。

手のひら返し

出産や育児をきっかけにフルタイムで働けなくなった女性がキャリアコースを外れることは「マミートラック」と呼ばれる。仕事と家庭を両立させるために自ら選択する人がいる一方で、本人の希望と関係なく、残業できないなどの理由で責任ある仕事を任されなくなるケースもある。

21世紀職業財団が子どもを持つ1980〜95年生まれの共働き夫婦に聞き取りした21年の調査で「現在マミートラックにある」との回答は女性約1400人のうち46.6%に上った。その中で4人に1人が「現在の仕事に納得していない」と答えた。

裁判で闘った女性は第1子の出産後に育休を約5カ月取得し、復帰した後に全国トップレベルの営業成績で社内表彰を受けた。当時の男性副社長をして「出産して戻り成果を出した。この会社の女性管理職のロールモデルだ」とまで言わしめた。

しかし、会社側は裁判で手のひらを返し「(2回目の)復職後の仕事の取り組みが芳しくなく、もともとリーダーシップに難点があった」とまで主張した。女性に失望したと言わんばかりの態度だが、そうした会社側の姿勢は、同社で働く多くの女性たちの目にどう映っただろうか。

取材・記事
木村梨香

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