第4回小泉悠さん「諜報機関の人間なら見逃さない」 海底ケーブルのリスク
国際通信の99%を占める海底ケーブルについては近年、切断や盗聴による安全保障上のリスクが指摘され始めた。軍事と通信インフラに関する著作を持つ東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠さんに、海底ケーブルをめぐるリスクととるべき対策を聞きました。
――近年、日本政府による海底ケーブルへの認識も徐々に変わってきました。ケーブルの陸揚げ局の通信機器から中国製を事実上排除しています。このような対応をどうみますか。
「しかるべきだと私は思います。人情の脆弱(ぜいじゃく)性でもなんでも、徹底的に利用して情報を取ってこようとするのが、諜報(ちょうほう)の世界の人間の習性です。基本的にインテリジェンス、情報保護に関して性善説は通用しない」
「私がもしも中国の人民解放軍の諜報機関の人間だったとして、グローバルに情報収集をしたいとき、中国製の情報通信機器が世界中に使われている状況は見逃さない。盗聴器をしかけるかもしれませんし、マルウェアかもしれない。中国製だから、というと差別的と捉えられるかもしれませんが、安全保障屋の思考としては、そう言われるよりは安全をとりたい」
――海底ケーブルの世界3大メーカーの一つが日本のNECです。7月に米国のブリンケン国務長官が来日時にNECを訪れ、海底ケーブルの技術を視察しました。
「非常に象徴的な出来事でした。来日してわざわざどこに行くのかと思ったら、まさかのNEC。安全保障に関心がある人でも、米国の国務長官が見に来るような大事な技術が日本にあるという実感は薄いのでは。ブリンケン氏は大事に思っていて、自分の目で見て確かめたいこともあったのでしょう。同盟国・日本に対する『私が見に行っているのはここですよ。しっかりしてよね』というメッセージもあったのかもしれない」
米国務長官、まさかのNEC訪問
――なぜでしょうか?
「背景はいくつかあると思います。まずはロシア。冷戦終了後、下火になっていたロシアの海底工作ですが、2010年代の頭くらいから徐々に活動が活発化しました。ロシア自身は、表だっては『俺たちは海底ケーブルを切るぜ』とは言いません。ただロシア国内では、西側との関係が悪くなる中で、タカ派の国際政治学者らがもっと強硬に出て西側を怖がらせなければダメだ、という論を展開しています。最近彼らが出した共著の本では、究極的には核の脅しをかけるべきだが、そこに至る前の段階で人工衛星を破壊する、海底ケーブルを切るということをすべきなんだ……と、とうとう公然と言い始めた。海底ケーブルは非軍事的なもの、とは言っていられなくなってきた危機感があります」
「もう一つはやはり中国でしょう。太平洋は冷戦時代は『裏番組』だったので、そんなに問題にはなりませんでした。ただ、米中対立になると太平洋が第一正面になる。そこに脆弱な海底ケーブルが何本も通っていることは、米国にとっても懸念事項になります」
――そうした状況で日本の位置づけは?
「経済安全保障的な観点もあると思います。西側で海底ケーブルを作れる国はあまりない。データは現代では石油のようなもので、それを運んでいるケーブルはいわば『パイプライン』です。現代の『石油』を運ぶ競争の中で日本の存在感が出てきていると言えます」
――海底ケーブルの重要性が増す一方で、安全保障の観点での国内議論は低調です。
「のんびりしていると感じます。特に陸揚げ局は本当にのどかな警戒体制なので、何かあればあっという間にやられるのではないかと心配しています。例えば、原子力施設は物理防御がすごく、警察も警備している。陸揚げ局で平時から警察が守る必要はないと思いますが、もう少しちゃんとした警戒体制を国が主導するべきです」
陸揚げ局の警戒体制は「のどか」
「緊急事態が発令された場合には、陸揚げ局を重点防護区域にすべきだと思います。軍事的緊張が高まる時に防護レベルを上げ、警察や自衛隊が一定の警備をするような仕組みが要る。脆弱性をゼロにすることは難しいですが、敵の作業コストを上げることが大切です。例えば、日本からつながっているケーブルを全部、簡単に切られるのか、かなりの努力を集中して5本だけ切られるのか、では話が全然違う」
――海底ケーブルは民間主導で支えられている現状があります。
「民間の方々が気概を持って現場で働いているのは日本の強いところだと思うのですが、同時にそこに甘えてしまうところがある。もちろん、基本は民間事業者の仕事ですし、何もかも国家が統制しようとすると、うまくいきません。ただ、気概ではどうにもならないことはあります。民間事業者は、爆発物が出てくるぐらいから対応が難しくなる。そのあたりから、きちんと国家の安全保障政策としてカバーするべきだと思います」
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