4‐2

 そのとき、ボシュという音がして、奏真は半ば本能で後ろに転がった。目の前で爆発が起きて草花を散らす。


 壁に張り付いたトラインセクの攻撃だった。壁には三体張り付いており、時間差で攻撃を仕掛けてくる。


 蕾を口のように開き、そこから爆発する球を放つ。その軌道は直線ではなく放物線を描く。


 走って躱す。ドン、ドン、ドンと爆発が連続し、焦げたにおいをあたりに振り撒く。


「瑠奈、狙撃してくれ! 俺のじゃ届かない!」


「わかってる」


 と応えるのと同時に、光の狙撃弾がトラインセクを二体まとめて貫いた。壁から剥がれ落ちた死体が池に落ちる。全高一・八メートル、直径一・五メートルの巨体が水柱を上げた。


「この角度からじゃ狙えない」


「ソウルアーツ頼りかよ」


 紫雷に雷撃を纏わせ、できる限り接近してから刀身を袈裟懸けに振るう。紫紺の三日月が飛翔し、残るトラインセクを打った。


 バチン、と電気が炸裂する音がし、感電したトラインセクが池に落下した。浮かび上がってくる様子は――ない。


 と、上から軋りがした。奏真は即座に紫雷の腹を頭上に掲げ、それを防いだ。爆発弾が紫雷の腹に直撃し、爆風が全身を押し潰そうとのしかかってくる。


 歯を食いしばってその衝撃に耐え、天井を睨んだ。一体のトラインセクが張り付いていた。


 奏真は剣の切っ先をそいつに向け、ソウルアーツを放つ。


「そんなとこにいたんじゃ瑠奈も狙えないよな」


 雷撃が打ち上がった。その一撃で、トラインセクは落下。足から着地しようともがいたようだが、落下の勢いで足が押し潰され、立てなくなる。


 雷が直撃した頭上は肉が抉れ、焦げ、まるで皮膚に半田ごてを押し当てたような悲惨な有様になっていた。


 それでもまだ生きている。奏真はそいつに紫雷を突き立て、雷撃を走らせた。


 つくづくソウルアーツとは便利なものだ、と思う。奏真はまだソウルアーツに関しては血装から発することしかできない。


 だが使い慣れてくると血装以外の肉体や自分を中心とした一定の範囲に好きに異能を出せるようになるという。


 自分にはまだ、成長の余地が残されている。そう思うと、俄然戦う気力が湧いてくる


 トラインセクを七体。


「こちら瑠奈。オニキスアロウを六体撃破。そっちは?」


「トラインセクを七体。けど、ほかに見当たらない。久留巳、どうなってる?」


「はい、その塔の屋上にトラインセク及びオニキスアロウが集結しています。迎撃の構えを取っているようですね」


 残りトラインセク八体に、オニキスアロウ四体。いずれも初めての相手ではないし、このくらいなんともない。


「私も合流する。ここじゃ塔を狙えない」


「わかった」


 施設の外部に出て、マップを参照しながら階段の前に出る。錆びていて、踏み抜いてしまいそうだし、苔が生しているので滑りそうだった。


 が、数段上って足下を確かめるとそう問題はないように感じられた。


「待たせた?」


「いや。行こう」


 奏真が先頭に立って、数歩間を置いて瑠奈が続く。


 死臭。


「伏せろ!」


 屈んだ瞬間、頭上を白い鏃が銃弾と遜色ない速度で通り過ぎていった。階段の半ばに白と黒の縦縞模様の巨大な蜘蛛がいた。八つの赤い単眼がギラギラと輝く。


 オニキスアロウ。


 縞瑪瑙オニキスのような外見で、空気で硬化する糸を弓矢アロウのように放つから縞瑪瑙の弓という名前がついたヴァンパイアだ。


 瑠奈が奏真の脇から散弾を放つが、オニキスアロウはその動きを読んだように跳躍し、器用にパイプの上に立つ。奏真も落下防止柵を乗り越え、パイプの上に立った。


 ダンピールはバランス感覚も強化されているようで、こういう場所にいても足を踏み外すということはない。


 奏真はそれでも踏み外さぬよう気を配りながら接近。紫雷を振るい、顔面を斬り裂く。単眼の三つが潰れたが、オニキスアロウは八本の足でカサカサと後退。


 気色の悪い動きだ、と奏真は嫌悪を覚えた。


 人間は蛇か蜘蛛か、そのどちらかを忌避する傾向があるという。奏真は蜘蛛派だった。蜘蛛やムカデのもぞもぞと動く足を見ると、どうしようもない嫌悪感を抱かされる。


 奏真と距離を置いたそこに、瑠奈の炸裂弾が決まった。光の炸裂弾は縞瑪瑙の蜘蛛の顔面を吹き飛ばし、落下する前にさらに一発、炸裂弾が蜘蛛の胴体を粉々に吹き飛ばす。


 パイプが振動し、奏真は落とされる前に跳躍して階段の踊り場に戻った。


「危ないな。俺まで落ちたらどうする」


「落ちても死なないから」


「そういう問題じゃないだろ……」


 瑠奈の頭上へ落下してくるトラインセクに狙いを定め、奏真は雷撃を放つ。出力は高めと意識した。


 体力――というより精神的な『気力』を大きく使った気がしたが、その分だけ威力は上乗せされ、トラインセクは一撃で焼け焦げ吹き飛ばされた。


「気を付けろ」


「気づいてたわ」


「なら避けるくらいしろよ」


「庇われることもわかってた。私まで攻撃に参加したんじゃオーバーキルよ。一応、私にも死臭を探知する能力はあるんだから」


「信頼してくれたのか?」


 瑠奈はうんざり、という風に肩をすくめ、


「また友だちの話? あなたもしつこいわね」


「人は一人じゃ……」


「生きていけない。そう言いたいのね。そうなんでしょうね、実際。けど、それがなに? 繋がりを持つ人間全員が友だちだとでも? そうじゃないでしょう」


「けど……」


「けどなに? 確かに人は人との繋がりがなければ生きていけないかもしれない。けれど、だからって絶対に友だちがいるとは限らないわ」


「それは……」


「少し事情を知っている程度の同僚がいればいい。仕事に支障を来さない程度の繋がりがあればそれだけで充分」


 本当はそれさえも要らない、と瑠奈は思っていたが、奏真の真摯な瞳を見ているとその拒絶をするのは躊躇われた。


 彼は本気で自分と友だちになろうというのか。仲間を――唯一無二の親友を手にかけた“かもしれない”自分と。物好きにもほどがある。


 彼のことだ。


 きっと、自分の介錯の話は聞き及んでいるだろう。折に触れて自分に友だちを作れと言ってくるリリアや、意外と心配性な久留巳あたりがなにかを吹聴していてもおかしくない。


 それに心無い罵声を浴びせる輩。奏真とて戦場に立つ人間だ。同胞殺しと呼ばれる仲間について、当然調査くらいするだろう。


 自分も奏真についてはある程度調べている。獅童奏一郎と獅童風真の間に生まれ、四歳のとき戦災孤児となり孤児院に拾われた過去。


 デリケートなことなのであまり大っぴらには言えないが、こんな時代である。ありふれた過去の一つだった。ただ――

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