辛酸

4‐1

 ヴァンパイアによる物理的環境侵食は、なにも天候の変化だけにとどまらない。


 なにもない地形に突然火山を生み出したりと、規格外のことを平然とやってのける能力は、地球上に元から存在していた植物にも影響を与えた。


 即ち、草木の巨大化・異形化である。


 季節に関係なく狂い咲く桜、時期を考えなずに年中紅葉し葉を散らす椛や銀杏。


 旧豊川市沿岸部に位置するこの工業地帯も、その物理的環境侵食の荒波をもろに食らい、旧時代にはありえなかった様相を呈している。


 グレーと錆びた色を飲み込むように、緑が生い茂っている。当時どのように操業していたかは知らないが、さすがにここまで野放図な緑が広がっていたということだけはないだろう。


 目を転じてみる。面した海は、まるで北極海のような有様である。


 蒲郡ほどひどくはないが海には氷や氷山が浮かび、ここが日本だったという事実をも侵食せんとしているかのような状態だ。


 人間はほかの生物にはない『意識』や『意思』というものにこの地球を支配するに足る高等生物であるという証を見出した。


 ヴァンパイアが持つ、生物にも環境にも対する強烈な侵食能力は、意識や意思を塗りつぶす為に、ほかならぬこの星の意思が与えたものなのではなかろうか。


 地球は、「お前たちのせいで私が穢された」と、人類に怒りをあらわにしているのではないだろうか。


 こんな風になにもかもが書き換えられた環境を見せつけられると、そうは思わずにはいられない。


 奏真と瑠奈は高台の上に立ち、それぞれ血装を発現した。


 奏真の血装は、いよいよもっておかしくなりつつある。


 あの脈のようなものが、明らかに亀裂と呼んで差し支えないような状態になってしまっているのだ。まるでこれから羽化するぞ、というように。


 けれどそう良い方向ばかりにも考えられない。より自然に、壊れるかも、と思ってしまうのが人間というものだ。


「血装って、壊れたらどうなるんだ?」


「直るわよ。あなただって、ゾークに折られたとき直ったでしょう」


「そうだけど……そういう外部からの要因じゃなくて、内側からの要因で、だったら」


「……そればっかりは知らないわ。でも、通常血装は壊れないものなのよ。どんな理由であれ血装は壊れたりはしない」


 でも、と奏真は返した。


「ゾークには折られたぞ?」


「あれは特殊なケースね。でも基本的に血装は決して壊れない。形而上けいじじょう的な概念で生み出されたものだから、普通に使っている分にはまず壊れないわ」


 瑠奈が携帯端末を操作し、空中に戦術マップを展開する。


 当時は発電施設として稼働していた廃工場の3D地形があらわになる。エリアは中央の発電施設を取り囲むような作りになっている。


 使える物資はほとんど回収された後なので、工場内にはなにもない。


 密集する工場に、大型駐車場、入り組む通路、張り巡らされたパイプ。


 赤と白の縞模様の蒸留塔が最も高く、石油の分離施設を兼ねた火力発電所だったことが窺える。


 旧時代、原発の運用が世間的に厳しくなり火力発電所などが増設されたと聞くが、ここもそうしたものの名残なのかもしれない。


「奏真は前衛。私は後ろから狙撃するわ」


「了解。ブラッドバーストは?」


「好きに使って。ただ、効果時間が切れる前に……」


「退け、だろ。わかってる」


「ならいい。……こちらヘルシング。時刻一四〇〇ヒトヨンマルマル、作戦開始地点に到着」


「こちら作戦司令部、ヘルシングの現着了解、作戦行動の開始を発動します」


「了解。滅葬開始」


 飛び降りる。奏真は先頭に立ち、廃工場内に進んだ。


 奏真たちを降ろしたのと同時に飛ばした数機のドローンから送られてくる戦術データを元に久留巳が戦況を素早く説明した。


 ちなみにだが、現代に人工衛星はない。人工衛星の寿命は十年程度であることを考えれば当然だが、ヴァンパイアに侵されロケットの打ち上げ技術を失った人類に新たに衛星を打ち上げる余裕はなく、空からの偵察は専らドローンが主流だった。


「敵はトラインセク十五体に、オニキスアロウ十体、及びゴブリン並びにそれを統括するゴブリンロードの群れです」


 オリジナルの呼称に交じるファンタジックなネーミングセンスに、奏真は思わず苦笑する。


 しかし敵がゴブリンと言われても仕方のない外見をしているのもまた事実だ。


「トラインセクとオニキスアロウは工場内に立てこもり、ゴブリン軍団は大型駐車場から動いていません」


 久留巳が最後に一言注意を添える。


「合流の危険性は少ないですが、戦闘音を探知される可能性もありますのでご注意ください」


「そうなる前に速攻で終わらせるさ」


 工場内は、目を疑うような様相に変じていた。


 コンクリートが割れ、そこから草木が好き放題侵食し、さながら森を形作っていたのだ。


 工場、ということを一瞬忘れる。


 地中を掘るヴァンパイアでもいたのか、池のようなものまでできており、施設は完全に形骸化していた。


 その草木に紛れるように、茶色の外見のトラインセクを発見した。


 一言でいえば、虫と花の融合体。


 根っこの代わりに三本の虫のような節足を生やした、歩く蕾である。その動きは遅く、壁を張ったり天井に貼りついたりするという鬱陶しさを除けばグールよりも狩りやすい雑魚だ。枯葉色の体色が目立つ。


 そいつが三体。


 奏真は踏み込みと同時に紫雷を薙ぐ。足の一本を斬り飛ばし、姿勢を崩したところに蕾へ直刀を突き入れ、


 雷を解放。バチン、と電磁が爆ぜる音と紫の光が漏れ、トラインセクは内側から体組織を焼かれて絶命した。


「おっと」


 続く一体が、足を突き出して攻撃を仕掛けてくるのを、すんでのところで躱す。雑魚とはいえ油断はできない。その足は錐のように鋭く、一歩間違えば体に風穴を開けられる。


 二度のステップで足と足の間に入り込み、下段から逆風。


 雷を纏った刀身がヴゥン、と低く唸り、電気的振動で切断力を増し、疑似的な振動剣と化した紫雷がトラインセクを真っ二つに斬り裂く。


 黒い血が飛び散り、その最中を縫っていき最後の一体に跳躍と同時に放った大上段からの斬り下ろしでとどめを刺した。


「よし……」


 少しずつだが、強くなってきてはいる――と思う。奏真は様子のおかしい紫雷を目に、自信を感じていた。

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