3‐10

「なあ、久留巳。悪いんだけど外してもらえないか?」


「いえ、それには及びません。瑠奈さんのことでしょう?」


「……ああ」


「瑠奈さんが紗那さんの介錯を行った際の作戦をナビゲーションしていたのは私なんです。あの件については、私も知っています」


「瑠奈は、本当にその紗那って人を?」


「あれは去年の十月十日でしたか……。旧市街地での輸送部隊護衛にあたっていた際のことです」


 久留巳が過去を話す。瑠奈の過去を。


「それ以前から紗那さんは不調を訴えていたのですが、任務に支障はないと言って作戦に参加したんです。大規模な輸送部隊の護衛で、チームは四人でした」


 久留巳はスツールの上で掌を合わせ、瞳を閉ざした。しばらく彼女の呼吸だけが辺りに染み渡る。奏真はなにも言わず、リリアは作業に集中し、耳を貸さない。


 ややあって、久留巳は続けた。


「突然、紗那さんのバイタルに異常が出たんです。次いで彼女のCLDモニターが乱れ、ついにはペーパーコンピューターが破損し、ありとあらゆるデータが消失しました」


「………………」


「ほかの隊員の視覚情報を参照にするなら、それは……人の形をギリギリで保った怪物、というほかないでしょう。我々は生き残った三名に介錯の命令を出しました」


「……それで……介錯は成功した?」


「……戦いの最中、二人のダンピールが戦死。五分後、瑠奈さんのバイタルも危険域に突入して、視覚情報がブラックアウトしました」


 つまりなにが起きたかわからない、ということだ。


「回収班が辿り着いたときには補給部隊は壊滅、瑠奈さんも決して軽くない怪我を負い、事態はひとまずの収束を得ました」


「………………」


「瑠奈さんには記憶障害が出て、当時のことはあまり覚えていないらしいんですが、酷く混乱していて……一ヶ月ほど精神的均衡を取り戻すのに時間を必要としました」


「十一月十六日に瑠奈は戦線に復帰した。ただしソロとして。彼女はあれ以来、仲間や友だちというものから距離を置くようになってしまった」


 いつの間にかこちらに向いていたリリアがそう結んだ。


「支部長の判断だったとはいえ、君と瑠奈を組ませることはある種の賭けだった。けど、その賭けは八割方上手くいっているようだ」


「どうして?」


「あの事件以降一匹狼だった瑠奈が、先日は合同任務を行った。大した前進だよ」


「けど……まだまだだ。瑠奈は、仲間をただの同僚としか思っていない。それじゃ、駄目なんだ……」


 リリアと久留巳は黙って奏真の言葉を待つ。


「上手く言葉にはできないけど、同僚として信じることと、本当の意味で仲間になるのとは違う気がするんだ」


「そうだな……人というものは、物理的にも精神的にも一人では生きてはいけない。この世界は、一人で生きるにはあまりも過酷で、大きすぎる」


 そこではじめて気づいた。リリアは胸元にロケットを提げている。それを握り、なにかに耐えるような表情を浮かべた。


「瑠奈には、新しく友だちを作ってほしい。それは君であるべきだと私は思う」


「どうして……俺に?」


「これは別にパンドラ計画の肩を持つわけでも、支部長が発足したヘルシングの運用性を高めるために言ってるんじゃない。一人の悲しい婆のたわごとだとでも思ってくれ」


 リリアにもリリアなりの思いがある、ということか。彼女には彼女の過去があり、それ故に一人きりでいようとする瑠奈を心配している。


 だが、善意というものはときとして毒となる。行き過ぎた善意はお節介となり、お節介も行き過ぎれば鬱陶しいだけのストーカー行為に成り果てる。


 いくらこちらが友だちになりたいと言ったところで、瑠奈がそれを認めてくれなければ意味がない。


 結局のところ、奏真の思いとは別のところで事態は動くのだろう。


 でも、しかしそれでも。


 瑠奈を蝕む孤独という毒物をどうにか取り除けはしないか、と奏真は思う。


 本当に一人でいいと割り切れるほど強い人間なら、なぜ奏真と組むことを選んだ。


 彼女も彼女自身が知らないところで、自分の思いを受け止めてくれる人を探しているのではないだろうか。そう考えるのは、奏真の好意が現実を歪曲させているためか。


 けれど、自分の思いとは別にしても、やはり瑠奈は救いを求めているように見える。長い孤児院生活で身に着けた感覚が、それを敏感に感じ取っている。


 親を失った子、親を知らない子、親からの暴力を受けて逃げてきた子。みんな救いを求めていた。その目は暗かったが、奥底には確かな光もあった。


 瑠奈はまだ、その光を失ってはいない。闇に閉ざされたからこそ、僅かな光明救いを求めて足掻いている。そうではないだろうか。


 自分が、その光になってやることはできまいか。


 自惚れも大概にしろと言われればその通りなのだが、一人になってしまった瑠奈の一番最初の仲間として、なにかしてやれることはないかと思うのはいけないことだろうか。


「私からも、お願いします、奏真さん。私は瑠奈さんが新人だった頃からナビゲーターをしていますから、瑠奈さんの悲しみも、少しだけ理解できるんです」


 久留巳も切実な願いを抱えているようだった。


「けれど私じゃ、瑠奈さんと肩を並べることはできない。それができるのは、きっと奏真さんだけなんです」


「俺だけ……?」


「よくわからないんです。ですが、奏真さんは強い。それは物理的な意味ではなく、もっとこう、根本的な部分と言いましょうか」


 以前も仲間からそう言われた――瑠奈からも。


「ごめんなさい、私にもうまく説明できないんです。けれど、奏真さんが強い、というのはナビをしているからこそわかると言いましょうか……」


「そうか……ありがとう」


 自分がどう強いのか――それは正直よくわからない。けれど、それでも二人からも『友だちになってくれ』と頼まれては、無視できない。


 最も、この二人から言われなくとも、瑠奈と友だちになりたいと、そう思っているのだが。

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