3‐9
昼頃、日差しは雲の合間に隠れ、ドームの向こうの空が歪みだした。雨が降って、その水滴が超強化特殊透明装甲の表面を流れているのだろう。
ドームがあるおかげで、住民に傘は必要ない。雨の音も遠く、奏真は平素と変わりない足取りで血盟騎士団支部に戻っていた。湿度や酸素濃度は中央管制のコンピューターが逐次チェックし、最適な数値を維持している。
大通りの歩道に出たとき、携帯が震えた。ディスプレイには博士、とある。リリアからだ。
「もしもし、獅童です」
「ああ、奏真。少しいいかな?」
「なんです?」
「第三世代ダンピールについてレポートをまとめていてね、些細なことでいいから君の意見を聞きたいと思って。今から私のラボに来れるかな」
「ええ、構いません」
以前はため口を利いてしまっていたが、今はリリアがどれほど偉いのかを知っているので奏真は口調を改めていた。
「それと、俺からも一つ」
「なんだい?」
「瑠奈について……同胞殺しについて、詳しく」
そこだけ声を潜めた。特に周りに誰かがいるわけでもなかったが、話題的にデリケートなので声を潜めざるを得なかった。
「まあ、いいだろう。今の君にとっては他人事ではないしな」
「ありがとうございます」
「ああ、それから。私に敬語や敬称はいらない。そういうのはあんまり好きじゃないんだ」
「……わかり。……わかった」
「では、ラボで待っている」
携帯を切る。ポケットに端末をねじ込み、奏真はにわかに息苦しさを覚え、ネクタイを緩めた。
これから聞くことがなんであれ、自分が受け止めなければならない。新たに『相棒』となった自分が、瑠奈の支えにならなければ。
血盟騎士団支部に戻り、エレベーターで地下に向かう。この二週間の間に、ここの構造は少しは把握した。
少しだけだ。迷路のようなジオフロントの全てを理解することは難しく、まだ知らない区画もたくさんある。
それでもダンピール生活に必要な区画については記憶していた。主に地下二階から四階の居住区画と訓練区画についてだが。
これから向かうのは地下五階の研究・医療区画である。リリアのラボがあるのもここだ。
エレベーターが停止し、するりと廊下に降りると、スーツではなく白衣に身を包んだ男女が行きかっている。
奏真たちダンピールのスーツの背中をはじめ、血盟騎士団関係者は皆十字架をあしらったシンボルを身に着けている。白衣の左胸には仰々しく存在感を主張する十字架があった。
これは別に、キリストにあやかろうというものではない。魔除け、ヴァンパイア除けのためだ。
しかし実のところヴァンパイアは特に十字架を忌避するわけではない。しかしそう思い込む人間は多く、血盟騎士団の上層部もそうだったのだろう。
そういうわけで、キリストはさておき現在の社会では十字架はありがたいものとして祀られているのが現状だ。
人々の希望であり、拠り所であり、そして背負うもの。いくらヴァンパイアが敵とはいえ命に違いはなく、それを狩り取る立場にある我々はその重みを忘れてはならない。
……ということなのだそうだ。
四つの頂点に、三角形状に三つの穴、そして中央に一つの穴。計十三個の穴があけられた十字架。
西洋、中国、そしてこの日本でも十三という数字は忌避される『忌み数』である。
忌避されるべき数字だから、ヴァンパイアも嫌うのではないか……そんな祈りじみた意味もあるのかもしれない。
そう考えてしまうのも無理はない。ヴァンパイアに勝てる見込みは、今のところ人類側にはない。
神頼みでもいいからなにかに縋りたいという気持ちは、わからないでもない。
(そういえば、始祖も十三体だ)
そんなことを考えながら奏真はラボの前に立った。呼び鈴を鳴らすと、返事もなくドアが開く。入ってこいということだ。
「あんたは……?」
空いたスツールに腰を下ろし、奏真は思わず訊いた。
ラボには、博士の他に一人、見かけない女性がいた。栗色の髪を伸ばした、日本人らしい茶色の目の女性。
銀縁の眼鏡をかけていて、知的な印象を受ける。歳は多分自分より上。二十歳そこらか、よく行っても二十前半くらいだろう。
「実際にお会いするのは初めてですね。私が榎本久留巳です。皆さんの……特務分遣隊ヘルシングのナビゲーターを務めさせていただいております」
「あ、ああ、榎本さん。初めまして」
「久留巳で構いません。敬称も結構ですよ。私は仕事柄常にこういう喋り方ですが、私にはあまり固くならなくてもいいですよ」
「……じゃあ、久留巳。なんであんたがここにいるんだ?」
背もたれ付きの椅子に座っていたリリアが、椅子ごとくるんと振り返る。
「特務分遣隊の働きを逐次チェックしている彼女に意見を求めるのはごく普通の流れだと思うがね。おかしいかい?」
「ああ、そうか。そうだよな」
「で、奏真。君の所感で構わん。戦っていてなにか感じることは?」
「ん……いや、特に。ブラッドバーストも普通に発動するし……あ、いや。強いて言うならブラッドバースト中の血装の方が手に馴染む、ってことかな」
「ほう?」
「どうしてかはわからないし、どうしてそう感じるのかもわからない。けどチェーンソード状態の紫雷のほうがしっくりくるんだ」
「そうか。じゃあ近いうち、血装が変化することもあるかもな」
「あるのか? そんなこと」
この質問には、久留巳が答えてくれた。
「第一、第二世代のダンピールだけでなく、第三世代ダンピールでもこの現象は起きていますから、おかしなことではないんですよ。まあ、珍しい事象ではあるんですけど」
「第三世代……瑠奈?」
「いえ、空閑朔夜さんです。初めてのブラッドラース以降血装が変化しました。最初の頃は二挺拳銃ではなく、一挺」
久留巳は淀みなく、滑らかに話を続ける。
「しかも、S&WM500ではなく、S&W610をモデルとしたものでした。M500はブラッドバースト中のみの変化だったんです」
M500とは、世界最強と言っても過言ではない大口径リボルバー拳銃である。
五〇口径のマグナム弾を使用し、大の大人でも撃ったときの反動で握力に異常が出て、しばらくの間満足にフォークも握れなくなるほど。
そんなゲテモノ銃を二挺とは、どんな意識変化が起これば可能となるのだろう。
けれど、自分も他人のことは言えない。チェーンソーというそもそも武器ではないものを武器にしているのだから。
リリアがスーパーコンピューターと接続された端末を弄りながら、背中越しに言う。
「君のブラッドバーストの成長率と、過去の空閑朔夜のデータを参照すると、もうブラッドラースが発動してもおかしくない頃だ」
「……は?」
言葉の意味が理解できず、間の抜けた声が漏れた。ブラッドラースの発動、と言ったのか。
「この成長速度は異常と言わざるを得ないな。君はほかの第三世代とは決定的に違うなにかを持ってる」
「どういうことだよ」
「小さい頃、ご両親からなにかされなかったか?」
「いや……特になにもされなかったと思うけど」
そのとき、ほぼ毎晩見るあの夢について伝えるべきかどうか迷ったが、奏真が答えを出す前にリリアが言葉を紡いでいた。
「ならいいんだがな……君の父親は……」
「博士!」
「おっと……」
久留巳が大きな声を張り上げると、リリアは禁句だった、というように口を噤んだ。
(俺の父さんが、なんだっていうんだ?)
訊いてみたくはあったが、あの調子でははぐらかされそうだったのでやめた。
それよりもほかに訊くべきことがある。
瑠奈のことだ。
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