3‐8
正面ゲート脇の扉から外に出た奏真は、相変わらずそこに息づく人々の生気のない顔を見て困惑した。
皆、酷く疲れている。
生活物資は配給制で、給金が支払われる仕事は少ない。経済活動は限定的で、自分自身の努力だけではどうあがいても貧困から抜け出すことができないことがあらかじめ決まった社会。
当然、精神が腐ってくる。スーツ姿の――特権階級にある奏真を見る者の目には嫉妬ややっかみといったものがありありと浮かんでいる。
子供は……若いうちはまだいい。二十代半ばまでなら、まだダンピールになれるという希望が持てる。だが三十四十となると、もう駄目だ。自分自身の手では家畜のように、ただ飼われているだけという生活から抜け出すことはできない。
それでもまだ諦めない前向きな人間もいる。職を持った人間や、自分が産んだ子供がダンピールになれるかもしれないと希望を持つ人。
血盟騎士団にとってもダンピールの素質を持つ存在は貴重な財産だ。子供が増えることは大いに推奨している。
だが子育てというのは楽な仕事ではない。日々のつらさ、先の見えない苦しみに屈し、子供を捨ててしまうものは今も昔も後を絶たない。
コウノトリのゆりかご、というものがある。やむにやまれぬ事情で子供を預ける施設だ。それはこの東海支部にもある。血縁者や養子にとろうという人間がいなければ、そこに預けられた子は孤児院行きとなる。
それを思えば、自分は恵まれていた方なんだ、と思えるかもしれない。たった四年とはいえ両親の愛に挟まれていたのだから。
「ごめんな、ごめんな――」
夢の中で、父は毎回謝る。
なぜかはわからない。死者に疑問の答えを期待することはできない。死者にそのディテールを問うことはできない。生者はいつだって、死者に縫い止められることになる。
子供を置いて早く逝ってしまったことへの悔恨か。
だが、父は夢の中で必ずこう言う。
なにかになってくれ、と。
なにになれというのだ。立派な大人になれとか、そんな感じのことだろうか。
道中、奏真はお菓子屋に寄った。出入り口付近には門番のように二人の銃を携帯した憲兵が仁王立ちしており、一般人の出入りを監視している。
無理もない。こうした嗜好品はそうそう手に入るものではない。中には泥棒をしてまでと考えるものもいるだろう。だから金銭による取引が行われる店などには憲兵が置かれている。
テイザー銃で撃たれるか、ゴム弾で骨を砕かれるかはそのとき次第だが、決して殺されることはない。人間はどんな存在であれ血盟騎士団にとっては財産なのだ。
だが、中には殺されることがないとタカを括る者までいる。だから刑罰も当然あった。
すなわち、無報酬での危険な人体実験である。それは拷問と言っても差し支えない。
なにをされるのかはわからないが、高校時代この手の話が怪談のように語られていたのを聞いたことがある。
重罪を犯した人間は関東本部に移送され、恐ろしい実験の材料にされると。
あんまり考えたくない話だ。
奏真は何十個か詰まったチョコレートを二つ買うと、それを電子化された金銭で清算して外に出た。
東区に向かう。東海支部はさすがに人口三十二万というだけあってそれなりに広い。かつての大都市に比べれば狭いかもしれないが、それでも徒歩ではそれなりに時間がかかる。
都市は、背の高い建物で構成されている。中世ヨーロッパと同じだ。土地に限りがあるから建物が高くなる。
大抵の住民はそうしたアパートやマンションで暮らす。一戸建てだなんてない。特権階級にあるダンピールでさえ共同生活なのだ。
狭い路地に入る。そこで、木箱の上に座る子供が二人、奏真を見ていた。正確には奏真が手に持つチョコレートに視線を釘づけにしていた。
五、六歳くらいの男の子と、三、四歳くらいの女の子。兄妹だろうか、顔が似ている。
「どうしたんだ?」
訊くと、男の子の方が答えた。
「お父さんとお母さんが怒ってるから、避難してきたんだ。ここなら見つからないから」
「なんで怒ってる?」
「僕らがダンピールになれないから」
まだ一ケタの年齢の子供にそんなことを期待する親は間違っている。ダンピールは最低年齢が十二歳――正確には十二歳となる年の十一歳――と定められている。
それより幼い子供は例え適性があっても十二になるまでは戦場に送りだされることはない。
「学校は?」
「僕、まだ五歳だから、学校に入れない」
「そうか……ほら」
チョコレートの包装を開け、中身を取り出し、二つずつ渡す。
「ダンピールになれるかどうかは俺にはわからないけど、これからも仲良くな」
子供たちは遠慮がちに、けれど嬉しそうにチョコレートを受け取り、「ありがとう!」と叫んで走り出していった。親にも渡すつもりなのかもしれない。
やがて、孤児院に着いた。
「奏真にい!」
開きっぱなしの玄関から入ると、女児が抱き付いてくる。
「よう、優香。元気だったか?」
「うん!」
それを皮切りに、子供たちがわらわらと現れ抱き付いてくる。残念ながら全員というわけにはいかない。
集まってくるのは小さな、学校に通っていない年代ばかりで、少し上の子供たちはいない。
「お、おお! 奏真! 奏真じゃないか!」
「久しぶりです、先生」
奏真はなんとなくほっとした。
「先生、少し相談が」
「うん……みんな、しばらくいい子にしてなさいね。私は奏真と少し話があるから」
「わかったー!」
子供たちが部屋に戻っていくのを見計らい、奏真と穂見は応接室へ向かった。
「これ、みんなのお土産に」
「ああ、ありがとうね」
チョコレートを渡し、穂見が奥に去る。しばらくしてお盆に熱いお茶を注いだ彼女が戻ってきて、奏真の前にそれを置くと、対面に座った。
「血盟騎士団からの援助のおかげで、だいぶ楽になったよ。ありがとう、奏真」
「ああ、いえ……俺にできることって、これくらいだったから」
「それでも、ありがとう」
「……うん」
こうして感謝してくれる人がいるのなら、自分の行いにも意味があったのだろうと感じることが出来て、奏真は安堵を覚えた。だが今日はそのために来たのではない。
「先生……あの、」
「恋愛相談かな?」
「は?」
「いや、そんなスーツまで着てくるものだから、恋人でもできたのかなと」
「違うって。これはダンピールの制服みたいなもんで、そういうことじゃないよ。……友だちになりたい子がいてさ」
「ふむ……」
穂見は真摯な目で奏真を見つめる。
「同じチームの仲間なんだけど、少し複雑な事情があって、友だちはいらないって跳ね除けるような子でさ」
組んだ指をぐにぐにと揉みながら、たかが友だちの相談でなんでこんなに緊張するんだと自問した。
「俺はその子とただ仲間でいるんじゃなくて、もっと、色々と繋がってられるような存在になれないかなって思って」
「女の子?」
「……うん」
「やっぱり、恋愛相談じゃないか」
穂見は朗らかに笑った。
奏真は彼女が相手だからこそ、子供じみた感情を忘れて、認めることができた。
「かもしれない。少し、振り向いて欲しいって思いもある。だけど、……そういう下心じゃなくて、もっと真剣に友だちなれないかなって」
「ふぅん?」
穂見はお茶を一口啜る。
「じゃあ、まずは知ることだな」
「知ること?」
「そう。その子の些細な行動から見え隠れする興味や忌避するものなんかを見つけて、できるだけ自分がその忌避する行動をとらないようにする」
「例えば?」
「そうだねえ。虫が嫌いな子に虫をプレゼントしては逆効果だろう? そういうことさ」
そんな小さなことで、と思ったが、おかしなことではない。彼女の言うことは確かに的を射ている。
幼い頃奏真は彼女にそう教えられてきたのだし、実践もしてみせた。穂見のおかげで学生時代はそれなりに楽しく過ごせた。
「気になることを、知る。その子のことを知ってあげることだ。だが人間というものはそうそう出来たものじゃない」
知っている。人間には汚い部分もある。
「汚い部分は当然ある。そうした部分も知り、それでもなお友だちでいられるか。その子のことを受け止められるか。半端な覚悟じゃできないよ」
「わかってる。あいつの過去になにかがあって、それがしこりになってる。俺はそれを取り除く手伝いをしてやりたいんだ」
「素朴な疑問なんだが、どうしてそこまでその子のことを強く思う?」
どうしてだろう。考えたこともなかった。けれど答えは単純だった。
「好きだから、かな」
友情か、家族愛か、恋愛感情かはまだはっきりとしない。けれど『好き』なのは確かであって、そこには僅かな揺らぎもない。
それからしばらく、奏真は穂見と話し、子供たちと遊んでから、帰路についた。
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