3‐7

 東海支部に戻ってきた奏真たちは、夜を開けた後休日を与えられた。


 奏真は訓練に向かおうとしたのだが、瑠奈がたまには休んだらどうだというので、それも悪くないなと思って、奏真は初めての休日をそれらしく過ごすことにした。


 というのも、孤児院から何通かメールが届いていたので、会いに行こうかな、という気もあった。携帯端末を貰ってから、血盟騎士団に頼んでアドレスを孤児院に送ってもらっていた。


 朝の目覚めはいつもより遅い。八時半に自然に目を覚ました奏真は、まだ眠っている瑠奈を起こさないようにそっとベッドから降り、更衣室に向かう。


 ダンピールは、いついかなるときでもスーツを着ていなくてはならない。


 CLDとペーパーコンピューターを兼ねたスマートスーツはその限りではないが、喪服のような礼服のようなそれは、常に肌身離さず身に着けていろ、というのが上からの命令だった。


 というのも、血盟騎士団には制服らしい制服がない。大抵はスーツか白衣で、それがそのまま立場を現す階級章のような役割を果たしている。


 外部居住区にスーツなど出回らない。それに十字架をあしらったマークの装備が許されるのは血盟騎士団関係者のみだけだ。


 こんなに様々なバイオメトリクスが存在する昨今でありながら血盟騎士団か否かの同定は中世然とした外見のシンボル頼みである。


 そういう諸々の理由もあり――まあ恐らくは儀礼的な意味の方が強いのだろうが――ダンピールは常に黒い服を身に纏っているというルールが出来上がった。


 ワイシャツのボタンを留め、ネクタイを巻いてベストを着、ジャケットの袖に腕を通す。金具の十字架が発する違和感にもそれなりに慣れてきた。


「どこかにいくの?」


 振り返ったら、目の前に相変わらずの白いキャミソール姿の瑠奈が立っていて、奏真はびくっと肩を震わせた。足音も気配もしなかった。


「あ、いや。お前も休めってうるさいし、メールも結構来るから孤児院に顔を出そうかなと」


「そう。ちゃんとご飯食べて、あんまり遅くならないようにね」


 ときどき瑠奈は、お姉ちゃん風を吹かせてくることがある。


 奏真は子供扱いされているようでその扱いが気に入らないのだが。それに瑠奈は自分より一歳下である。彼女の性格なんだろうし、言っても無駄な気がして聞き流すことにしている。


「じゃあ、行くよ」


「行ってらっしゃい」


 部屋を出て、まずは食堂へ向かう。休日組しかいない食堂は閑散としていて、いつものような活気はない。奏真を入れても、この時間帯では三人もいない。


 奏真は焼き鮭と味噌汁、サラダと出汁巻き卵、白米という昔の日本の定番というような朝食が乗ったプレートを持って席の一つについた。無論、定番だなんて言っても外部居住区でこんなものは食べられない。動画や小説で知った知識だ。


「よう、おはよう」


 赤い血の滴るような生肉を乗せた皿を持った陽子が声をかけてきた。


「お前らも休みなのか?」


「まあね」


 陽子はフォークで生肉の一枚を絡めとると口に放り込んだ。


 以前、リリアがブラッドアームズの影響で味覚が変わり、生肉とかでしか満足できない者が現れるというようなことを言っていたが、陽子がそうなのか。


「秋良は?」


「まだ寝てるんじゃないか。男子部屋にいると思うが」


 そうだった。ペアがペアで部屋を使っていることは滅多にないのだと、そう教えられた。


 瑠奈はソロとして二人部屋を一人で使っていたから、たまたま空いていたそこに奏真が加わっただけで、普通は男女で部屋がわかれるのだ。


「それより、聞いたぞ。瑠奈のことを知りたいんだってな」


「え? あ、ああ……本人に聞いてもいろいろはぐらかされるから。博士辺りが知ってないかなってさ」


「知って、どうする?」


 陽子の目には、いつも浮かべている軽薄な、面白がるような色はなかった。そこには隊は違えども仲間に対する思いが詰まっている。


「わからない……どうすることもできないかもしれない。けど、それでも、なにも知らないんじゃ、仲間としては駄目なんだと思う」


「それで?」


「あいつがつらい思いをしているときに、支えてやれるようになれればなって」


 沈黙が降りた。


 奏真が諦めるのを待つように、陽子はじっとこちらの瞳を覗き込んできた。射竦められてもなお知ろうとする奏真に耐えかねたのは、彼女の方だった。


 大きく息をつき、陽子は声を潜めて、


漆原紗那しのはらさな。享年二十五歳。去年、死んだ。瑠奈のパートナーだった」


「漆原って、支部長の秘書官も確か……」


「そう、万里恵の妹だ」


 生肉を嚥下し、陽子は続ける。


「紗那は第一世代ダンピールだった。十二歳で適合し、長年戦い続けてきたベテラン。けど講義を受けたお前ならわかるだろ」


「……暴走」


「そうだ。紗那は特別適合率の高いダンピールではなかった。週に一度という頻度で血装透析を受けなければならないほど不安定だった」


「瑠奈は……同胞殺しって言われてた」


「戦場で紗那が暴走したんだ。ダンピールには必ず付帯する任務がいくつかある」


 陽子は指を立て、


「隊によっても異なるが、ヴァンパイアのサンプル採取を絶対とする隊もあるし、お前たちのように討伐に主眼を置いた隊もあれば捕獲を行う隊もある」


 陽子は遠い目で窓の向こうを見た。リモート管制の機械の作業アームが動く光景を見て、ゆっくりと続ける。


「だが全てのダンピールに必ず課せられるのは、暴走してしまった場合、それがかつての仲間であっても殺せ、というものだ」


堕落者フォールズ』。それがかつてダンピールであり、ヴァンパイア化してしまった者の名前だということを、奏真は知っている。


「つまり、その紗那って人はフォールズになった?」


「ああ。……瑠奈はきっと、後悔しているんだ」


「仲間を殺してしまったことに……?」


「多分な。瑠奈はダンピールになってここへ来てから、三年もの間紗那と共にいた」


「三年……」


「その時間を短いと思うか長いと思うかは人の勝手だが、少なくとも瑠奈にとっては決して短くない時間だった」


「それで……?」


「瑠奈は己が行った『介錯』が正しいことなのかどうなのかを、今も探してるんだ」

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