3‐5

 ちらほらと舞う雪の帳に空洞が空く。遅れて耳朶を打つ風の音がし、さらに遅れて遠雷を束ねたかのようなチェーンソードの回転音が響く。


 初手、まずは真正面からぶつかる。


 背負い投げるような軌道で紫雷を振るい、頑丈そうな甲殻に覆われた頭部を袈裟に斬りつけた。


 桁違いの怪力と回転鋸の切断力が猛威を露にし、甲殻を易々斬り裂いていく。真っ黒な血が舞った。そのまま手首を返し、裏切上に剣を振り上げる。


 裏切上とは、剣術でいう相手の右脇腹及び右腿から左肩に向けて斬る斬撃のことだ。よくこれを逆袈裟と間違えるものが多くいるが、逆袈裟とは斬り上げではなく袈裟とは逆の方向である相手の右肩から打ち下ろす軌道のことだ。奏真もこれについては勘違いしていた。


 頭部を斬りつけられたスコルピスが三対の足でたたらを踏む――が、追撃もしてくる。


 槍のような尾が唸りを上げ、奏真は咄嗟に後ろに下がる。目の前に、人間など容易く串刺しにしてしまうような尾が突き立てられた。


 スコルピスはそれをバリバリと氷ごと引き剥がすと、その氷が尾から落ちる前に再び刺突。


 二、三、――五、十。


 連続で振るわれる刺突を見切り、奏真はステップでどれもこれも回避する。しかしその間に先ほど与えた傷は再生していた。


「らぁっ!」


 踏み込みと同時に突き。超高速回転する鋸がギャリギャリと火花を散らし、スコルピスの頭部にうずまり、しかし、


「……!」


 横合いから伸びてきた鋏が紫雷の腹を挟み、強引に引き剥がす。


「うぉっ――」


 奏真はそのまま振り回され、氷の大地に叩きつけられた。肺の中の空気が全て吐き出されてしまい、思わず喘ぐが危険に気付いたときにはもう遅い。


 スコルピスの尾が奏真目掛けて振り下ろされる。


 貫かれた――と思ったが、目の前で爆発が起こり、スコルピスの尾が弾き飛ばされた。


「早く体勢を立て直しなさい!」


 瑠奈だ。光属性の爆発する炸裂弾が、スコルピスの尾を吹き飛ばしたのだ。


 奏真は転がって敵の間合いから逃れる。


 その最中何度も尾が振り下ろされたが、そのことごとくを瑠奈の炸裂弾が阻んだ。


 立ち上がる。もう十秒は使ってしまった。


 この二週間でブラッドバーストを何度も使い経験値を蓄積し、強化を行ったが、持つのは四十秒だ。


 残りは三十秒。


「あの邪魔臭い尻尾を斬り落とす。フラッシュバン、行くぞ!」


 奏真は腰のベルトから閃光弾を取り出し、レバーとピンを抜いて投擲。スコルピスの鼻面で百七十デシベル、二百万カンデラ、場合によっては骨を砕くほどの圧力衝撃波が解放される。


 爆音と爆発的な光に一時的に混乱したスコルピスは悲鳴と共に動きを止める。


 奏真は跳躍一回でスコルピスの背に乗り、尾の付け根に紫雷の刃を叩き込む。


(加速しろ!)


 強く念じ、雷の出力を上げる。悲鳴のような甲高い駆動音がし、回転する鋸がスコルピスの堅牢な外殻を食い破り肉に到達した。黒い血が霧のように舞う。


 ブラッドアームズに適合し、ダンピールとなった者はヴァンパイアの黒い血に対して高い耐性を持つ。多少血の霧を吸い込んでも問題はない。


 刃が肉を断ち、骨を噛み砕く。


 抵抗があったのも束の間、奏真の回転鋸剣はスコルピスの尾を斬り裂いた。


 激痛か、怒りか、その両方か。スコルピスは突然飛び跳ね、背中に乗る不躾者を振るい落とそうとする。


 もうここにいる意味はない。奏真はすぐさま背中から飛び降り、着地。


 スコルピスの赤い目がこちらを向く。フラッシュバンの効果が切れた。


 ハンマーのようにも使える巨大な鋏を打ち下ろしてくるが、奏真はあえて突進。


 頭上から迫る鋏に叩き潰される――その直前、瑠奈の炸裂弾が撃ち込まれた。


 爆発し、甲殻に決して浅くないひびが入り、黒い血が舞う。


 反対側の鋏を飛び膝蹴りで弾き飛ばし、顔面を逆風――下方の股下から脳天へ敵を斬る技――でかち上げた。


 そのまま奏真は氷を舐めるほどの低姿勢を保ち、スコルピスの腹の下に素早く入り込んだ。


 奏真のブラッドバーストの効果は、非常に単純だ。


 剣が直刀からチェーンソードに変わる。そして、全身が雷属性を纏いあらゆるツボが刺激され肉体が限界を超えた駆動を可能とするのだ。端的に言えば敏捷性と筋力が跳ね上がる。


 奏真はその人外じみた――実際半分は人外なのだが――怪力でスコルピスをひっくり返そうと考えた。


 紫雷を腹に突き立て、僅かに突き刺さったところで刃の回転を止め、押し上げる。回転させたままだと深く抉りこんでいくだけでひっくり返すことができない。


「ぉぉぉぉおおおおおおおっ!」


 我知らず、獣じみた唸りが喉から零れた。


 ぐら、とスコルピスの巨体がよろめく。


「ぉぉおおぁぁああああああっ!」


 渾身の力をこめ、ぶっ倒した。


 残り十五秒。


 瑠奈が急接近し、ほぼ密着状態から顔面に散弾を何発も放った。装甲甲殻、とも呼ばれる装殻そうかくが飛び散り、皮膚が叩き壊され肉が抉られる。


 治癒力が限度に達したのか、スコルピスの顔は黒い血にまみれ、虫の息だった――と。


 斬り落とした尻尾が黒い霧となってスコルピスの付け根に収束すると、ずるりと再生した。


 やつは再生力を失ったのではない。鋭敏化させ、一部の再生に集中させたのだ。


 ぐるんっ、とすさまじい勢いで回転する。十七メートルの巨体が生む攻撃範囲は並みではない。瑠奈が巻き込まれる。


「させるかっ!」


 飛び退いてもなお攻撃範囲内にいる瑠奈の目の前まで跳躍し、大地を踏みしめ尾を紫雷で受け止める。尾の最も硬い先端部と激突し、回転する刃が火花を散らす。


「瑠奈、下がれ!」


「わかった」


 瑠奈が飛び退いたのを確認し、奏真は勢いを逃がすため足を浮かせた。衝撃で後方に吹き飛ばされるが、空中で姿勢を正して着地。


 が、スコルピスは竜巻にでもなるつもりか、ぐるぐる回転しながら迫ってくる。


 残り十秒。


 どうケリをつける。


 そのとき、横から緑の蛇腹剣が伸びてきて、スコルピスの尾を掴んだ。竜巻が止まる。


「おい! 早くとどめを刺せ!」


 陽子だ。ギガダイナスたちを殲滅したのだろう。



 奏真は疾走、跳躍。スコルピスの頭をかち割る。


 左の鋏を突き出し、奏真を空中で両断しようとするが、その鋏は瑠奈の炸裂弾で粉々に吹き飛ばされた。元々入っていた亀裂が衝撃に耐えられず砕けたのだろう。


 だが、鋏はもう一本。


 どうする――奏真の思考に、そのとき救いの声が差し込んだ。


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