3‐4

「私と組むのが嫌なら支部長に掛け合えばいい。もう一人の第三世代ダンピールと交代で私が本部預かりになれば、これまでと問題なく第三世代ダンピールを運用できるわ」


「そんなこと言ってないだろ。お前のことが嫌いってわけじゃない」


「なら、好きなの?」


 顔に熱を持ったのは確かだった。こんなクソ寒い真っただ中にいるというのに汗をかく。瑠奈の冷たいけれどあどけない童顔が脳裏に浮かんで、奏真は首を振った。


「どうしたの?」


「なんでもない……けど、友だちになれたらな、って」


「……友だちなんて、もういらない」


 そこには、はっきりと拒絶の色があった。奏真と瑠奈の間に底の深い溝が横たわっているのをまざまざと見せつけられたような、そんな気さえする。


「けど、仲間だろ」


「仲間と友だちは違う。私は、一緒に仕事をこなす同僚なかまなら歓迎するわ。けどお友だちごっこなんてもういらない。あんなもの、なんの役にも立たない」


 彼女にとって仲間とは、仕事上の繋がりに過ぎないのだ。信頼はするが、心を許さない。


 信用して背中も預けるが、それは給料の出る仕事だからするのであって、絆を結ぶわけではないのだ。


 奏真は、瑠奈の心が固く閉ざされていることに気付いた。


 過去になにがあったのかはわからないし、きっとこんな様子だから訊いても答えてはくれないだろう。やはり、なにかを知っているであろうリリアか、支部長あたりに訊くしかない。


 友だちがいらないなんて、そんな寂しいことがあってたまるか。


 人間は、どんなに強くとも一人きりでは生きていけない。物理的にも精神的にも。


 このままでは、彼女は遅かれ早かれ一人――孤独という毒に蝕まれ、死んでしまうだろう。


 せっかく得られた最初の仲間を。


 友だちになれるかもしれない相手をみすみす死なせるなんてこと、奏真には許せなかった。


 そして、そこには多分、さっきの不可解な感情も絡んでいるのだと思う。


 自分は、きっと瑠奈に惹かれている。


 可憐な見た目にも、同じ始祖の血を継いだ存在というシンパシーもある。


 冷たいけれど、冷たくなりきれない人間臭さにも、魅力を感じている。


 好きだ、とは面と向かって言えない自分のもどかしさに苛立つ。


 一言、すぱっと言ってしまえばいいではないか。そうすれば、どんな答えであれもうわけのわからない迷いは消え去る。


 開けた空間に出た。蜘蛛の巣のように、六つの洞穴が掘られている。


 途端、死臭が、ツンと鼻を衝いた。


「瑠奈」


「なに? また蒸し返すの?」


「違う、ヴァンパイアだ」


 ドスドスドス、という足音がしたかと思うと、洞穴からランダイナスが現れた。数は八体。


「滅葬開始」


 告げると同時に、瑠奈が発砲。光の散弾が一体の胴を穿ち、吹き飛ばした。


 瑠奈に向かって殺到するランダイナスの間に割って入り、紫雷を一閃。紫紺の雷撃が尾を引き、その斬撃軌道上に黒い血の玉が浮かぶ。


 第一位の脅威を奏真と見定めたランダイナスが、今度はこちらに大挙してくる。構わない。


 この二週間、多対一も経験し、以前瑠奈が言った通り壁役囮役もやってきた。


 対雑魚戦の場合、奏真が引きつけ、瑠奈が仕留めるという暗黙の了解が出来上がっている。


 四方を取り囲む四体のランダイナス。


 奏真は刀身に雷を注ぎ、その刃渡りを雷撃の刀身で付け足し二メートル近く成長させる。


 それを、一閃。


 雷がランダイナスを焼き斬り、肉の焦げたにおいを振り撒く。


 その間隙を縫って瑠奈が貫通力に優れた狙撃弾を撃ち込む。一発、二発と銃声がしてランダイナスが確実に倒れてゆく。


 しかしヴァンパイアを滅葬するのは瑠奈だけではない。


 奏真も、一体また一体と斬り崩していく。


 鼓動が高鳴ってきた。が、まだ使うときではない、と自分に言い聞かせ、ブラッドバーストを抑制する。


 この二週間ただ暴れてきたわけではない。己を律する術も模索し、ある程度好きなタイミングでブラッドバーストを行えるようにしていた。


 それでもまだブラッドバーストの統制は完璧ではない。ゼロの状態から一気にブラッドバーストを行使することは未だにできない。ある程度テンションに火が付かなければ使えない。


 その火が、少しずつ大きくなっている。


 が、最高潮に達する寸前、最後の一体が瑠奈の狙撃で倒れた。


「滅葬終了」


 事務的に告げ、瑠奈は銃口を下げる。


「通路の先に爆薬をセットして引き揚げ――」


 六つある洞窟の一つから凄まじい怒号が吹き上がり、奏真と瑠奈の間をすり抜けていった。


「なんだ?」


「……スコルピスね。気付かれたみたい」


 ズンズンと氷を踏みしめる音がする。洞窟の向こうの闇に、左右でバラバラに動く赤い瞳が浮かび上がった。


「退くわよ。急いで!」


 反論などあるはずもなかった。奏真は背を向け走り出す瑠奈に続き、来た道を急いで戻る。


「こちらヘルシング。スコルピスと遭遇。撤退後、速やかにここを爆破するわ」


「こちら秋良、了か――っと」


「どうしたの?」


 通信機の向こうで銃声が響く。


「ギガダイナスが二体とランダイナスが……十五くらい、接近。悪いけど、しばらく援護できそうにない」


「わかったわ。あなたたちはそっちに集中して」


 ギガダイナス――すでに戦ったことのあるヴァンパイアだった。ランダイナスのリーダー個体で、二・五メートルから三メートル上背を持ち、全長は六メートル近い大きなヴァンパイアだ。


 その皮はランダイナスよりも強靭で、そう簡単に斬り刻むことはできない。


 だがそれでも、奏真はギガダイナスと初めて戦ったとき、瑠奈の援護があったとはいえブラッドバーストなしでも倒せた。


 問題は二体いるということだが、第十三分遣隊なら時間は食うかもしれないが、倒せないということはないだろう。


 出口が見えた。背後には重苦しい気配。


「起爆するわ」


 耳を抑え、口を開ける。


 瑠奈が爆弾の起爆装置にもなっている携帯から起爆信号を発信した。


 直後、鼓膜が破られんばかりの爆音が響き渡った。凄まじい爆圧に押され、奏真と瑠奈は暴風に洗われる木の葉のように舞い、氷海に打ち上げられた。


 ごろごろと何回転もし、三半規管が抗議の声を上げる。


「がはっ、ごほっ……ぁ」


 どうにか立ち上がると、ふらつく視界の向こうにある小山は崩れ去っていた。氷の下の海水が舞い上げられ、少しの間局地的な雨が降る。


 氷の瓦礫が突如吹き飛ぶ。吹き飛んできたそれを紫雷の柄頭で殴り飛ばし、粉々に散るダイアモンドダスト越しに、奏真は目の前の敵を睨んだ。


 青緑色の甲殻を持つ、全高四メートル、全長十七メートルの巨大な化け物。スコルピス。


 奏真の手の中で、紫雷が蠢く。


 直刀は機械的な意匠を持つ回転鋸剣チェーンソードに姿を変え、獰猛な唸りと共に紫に発光する刃が回転。刀身に走る紫の脈が、ドクンと鼓動する。


「滅葬開始」


 奏真は言い聞かせるように言い、大地を蹴って砲弾のように相手に肉薄した。


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