3‐3
サイドハッチを開け放ったヘリの向こうに、水色の氷の大地が広がってる。隆起陥没を繰り返したのかその大地は平坦ではなく、立体的だ。
奏真は何度か立体機動訓練を受けていた。
簡単に言えば、アスレチックのような障害物を設けたステージを、前世紀ならアクロバティックな動きと称される動作で踏破していくというものだ。
以前秋良が跳躍だけで軽々とビルを上ったように、奏真もその、きっと必要になるであろうスキルを身につけようとした。
結果は、まあまあ、といったところだ。百点満点中七十五点くらいの動きはできるようになったと思う。
眼下には三体のランダイナス。上顎、背中、尻尾が緑のごつい皮で覆われており、腹は白いが、これもまた硬そうだった。
強靭な後足二本で氷海を踏みしめ、萎びた前足には左右合わせて六本の爪。尻尾の先端は棘だらけの鉄球のように膨らんでいる。
ヘリのローター音に負けぬように、操縦士が通信機越しに話しかけてくる。
「この付近です!」
「了解。私たちが先行するから、滅葬が終了するまで安全圏まで退避していてちょうだい」
瑠奈がアイコンタクトを送ってくる。降りるぞ、という意味だとすぐに気付いた奏真は、真っ先に二十メートル上空から飛び降りた。
「『血装:紫雷』……滅葬開始」
落下ざま、ぐるんと回転。足を下にして雷撃を纏い高速振動する剣を大上段に振りかぶり、
着地と同時に、一体を斬る。
脳天を叩き割られた一体は悲鳴も上げず昏倒。残る二体が即応し、食らいついてくる。
奏真は後ろへ跳んでそれを躱し、黒い直刀を右逆手に構え直すと氷の大地を蹴って急接近。
一体の喉を抉り、腹を裂いて臓物を引きずり出し、体当たり。バランスを崩して黒い血を撒き散らす一体の頭部に紫雷を突き立てた。ヴァンパイアの血は、どんな種であれ黒い。
最期の一体が尻尾を振るう。奏真はそれを跳んで避け、ランダイナスの背中に着地すると同時に逆手に構えた紫雷を背中に突き刺した。
背骨を断ち割った確かな手応え。順手に持ち直し、そのまま胴を輪切りにする。
体を真っ二つにされたランダイナスは、それでも動いた。
ヴァンパイアの弱点は心臓か脳だが、上位種――大型だったり強かったりする個体だと、ハートショットやヘッドショットを決めても再生することがあるから注意が必要だ。
僅かでも動くのなら、失血死を待つより確実に殺した方が安全なのだ。
なので、奏真は躊躇いもなくランダイナスの脳天に直刀を突き立てた。
「滅葬終了。降りてきていいぞ」
ヘリが高度を落とし、着陸態勢に入る。が、合同分遣隊の三人は着地するのを待たず、五メートルほど上空から飛び降りた。全員、既にブラッドアームズを起動し、血装を握っている。
「ここから一キロ先が、敵陣。道中は多分、斥候の役目を買って出たランダイナスたちと遭遇するかもしれない」
「今みたいにか?」
「ええ。でも、距離があるなら私と秋良の狙撃でどうにかなる。奏真と陽子はスコルピス戦まで体力を温存しておいて」
「でもお前らも戦うんだろ?」
「そうは言うけど、実際僕らの火力じゃスコルピスに大したダメージを与えられないんだ。ブラッドバーストを使えば別だけど、その後の消耗を考えると全員で使うわけにもいかない」
吹雪の中、秋良が続ける。
「敵陣はスコルピスだけじゃないからね。大物を倒しはしたけど雑魚に追いすがられて死にましたじゃ意味がない」
「そういうこと」
「スコルピス戦では僕と瑠奈は雑魚の掃討にあたる。大物は君らに任せるよ」
「任せろ」
陽子が意気揚々と笑う。あの余裕が少し羨ましい。
鶴翼陣形を組み、四人は進軍を開始した。前二人は奏真と陽子。その左右の少し離れた位置に瑠奈と秋良が続く。
氷の棚のような大きな壁を駆け上り、或いは降りたりしながら進んでいく。かつては海だったそこを、平然と歩いていく。
肌を切るような冷気にも慣れてきた頃、散発的な滅葬を繰り返してきた一行の目の前に氷山が現れた。
小山のように盛り上がるそれは口が開いていて、洞窟のようになっているのを確認できる。
「ここが連中の根城かしら」
「かもな。死臭は、この先からする」
感覚の鋭い奏真の嗅覚は、確かにこの先にヴァンパイアがいることを嗅ぎ取っていた。
ちなみに奏真――ダンピールのみに嗅ぎ取ることができるヴァンパイアの死臭とは、所謂腐敗臭というやつではない。
得体の知れぬ、言いようもない不快な香りだ。あるいはそれは、やつらが根源的に持つ食欲とか、場合によっては殺気とかと言われるものかもしれない。
「作戦司令部、こちら合同分遣隊」
「はい、なんでしょう」
東海支部の榎本久留巳の声が耳朶を震わす。
「氷海に洞窟を発見した。第十三分遣隊を周辺警護に当たらせ、我々ヘルシングは破壊工作に移る。爆薬の使用許可を」
「了解です。プラスチック爆弾の使用許可を出します」
人類が遺したものは、廃墟であれ廃工場であれ、旧時代の文明の名残だ。戦闘でやむなく壊れてしまう分には仕方がない。
だが人為的に破壊する行為は禁止とまではいかなくても、行ってはいけないものだという暗黙の了解が出来上がっている。
そのため、強力な爆薬を用いる際は、作戦司令部からの許可がいるのだ。
しかし、なぜ爆弾を使おうというのか奏真には理解できず、瑠奈に訊く。
「なんで爆弾なんて使うんだ」
「いぶり出すのよ。家を壊して、混乱させる」
ポーチから小型の高性能プラスチック爆薬を取り出す。拳に収まるサイズでありながらその威力は凄まじく、ぶ厚い鉄板や鉄骨を簡単に圧し折り吹き飛ばすほどだ。
破壊工作――障害物で分断された道路の確保や、敵軍侵攻を防ぐため橋を落とす、木を倒して障害物とするなどの行為も行うことがあるため、全員がこの爆薬を持っている。
「秋良と陽子はこの周辺を警戒。近づくヴァンパイアを足止めして」
「わかったよ。そっちは任せる」
と言って、秋良と陽子は爆薬の詰まったポーチを外し、瑠奈に渡した。
如何に強力な爆薬とはいえ、ヴァンパイア相手では驚かせる程度の使い方しかできない。
最新主力戦車を一撃でゴミ屑と化すレールガンでさえヴァンパイアを殺せないのである。最初の頃は効いていたそれも、今では無用の長物だ。下手をすれば貫徹さえせず、吹き飛ばすのが精々であったりすることさえある。
貫徹したとしても、即座に再生を許す。ヴァンパイアを傷つけられるのはダンピールかその血装、そしてソウルアーツのみだ。
そのため爆薬など破壊工作をしないヴァンパイア狩りが持っていても意味のないものだ。作戦遂行に使おうとするものに託すのは、別におかしなことではないのだ。
瑠奈は爆薬に接続された機器を操作し、爆破の際の電気信号を己の起爆装置に合わせる。奏真のものもそう設定された。
「奏真、先頭を任せるわ」
「ああ」
そのとき、昨日の『背中から撃たれる』という言葉を思い出し、奏真は嫌な気分になって首を振った。
あの気障野郎に腹が立つ、というのもあるが、それ以上にあんな言葉を少しでも真に受けようとした自分に怒りが沸いた。
氷の洞窟には、水が流れていた。氷の柱がいくつも立ち、冷気を充満させている。
瑠奈は壁面、柱などに爆薬を設置させていった。
ぐるりと外周部を一周し、今度は中心部に向かおうという段取りになる。
「なあ、瑠奈」
「なに?」
飽くまでも警戒心は保ったまま、奏真は訊ねてみる。
「仲間を殺しそうになったって。なにがあったんだ?」
「……別に、なにも」
「別にってことはないだろ?」
「あなたには関係ない」
つっけんどんな物言いだ。奏真には話す気がないらしい。
「関係ないことないだろ。同じ隊の仲間なんだ」
「仲間にでも、知られたくないことの一つや二つはあるわ」
「……かもしれないけど」
奏真はその拒絶に、言葉を探した。どうしてかはわからないが、彼女を一人きりにしたくはなかった。
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