3‐2

 地下二階の居住区画。その食堂で、奏真と瑠奈は遅めの昼食を摂ることにした。秋良と陽子は先に部屋を見に行くとのことで、別行動を取っていた。


 昼はハンバーガーにチキンナゲット、フライドポテトというジャンクの王道のようなものだったが、奏真には嬉しかった。


 外部居住区にいた頃には食べられない豪勢な食事ということに変わりはない。


 フィッシュフライにするか、照り焼きにするか、オーソドックスなハンバーグにするかで悩んだが、奏真はフィッシュフライを選んだ。


 瑠奈はどれでもいい、というようにハンバーグを選ぶ。


 席について、手を合わせる。


「いただきます」


「……いただきます」


 まずは一口ハンバーガーへ……といきたかったが、喉が渇いていたのでコーラで潤す。


 そうして、迷うことなくハンバーガーにかぶりつく。


 ふんわりしたパンと、しゃきっとした千切りキャベツ、タルタルソースとフィッシュフライのさっくりした衣としっとりとした白身魚の味が口の中で跳ね回る。


 唇についたソースを舐め取り、もう一口齧る。


 瑠奈はフライドポテトを口に運び、ぼうっと外を見ている。見えるものはほとんどない。ジオフロントなのだから当然だ。


 窓から見えるのは地下都市を構築する建材と、それをリモート管制で整備する作業アームくらいである。おかげで重機を動かしているような、ごんごんという重苦しい音がしている。


「おやおや、誰かと思えば期待の新人くんに、『同胞殺し』の神代くんじゃないか」


 聞き慣れない、気障な声がした。声音は明らかに喧嘩を売る者のそれで、うんざりした。


 奏真は咀嚼し、嚥下してからそちらに振り返る。即座に振り返ってやるだけの価値もない。


 そこにいたのは、二人の男。スーツ姿だからダンピールだとわかる。気障ったらしい笑みを浮かべる、黄緑の前髪が顔にかかった男と、無言で佇む茶髪の巨漢。


「あんたら、誰だよ」


「ははっ、こりゃあさすが期待の新人くん。仲間なんて覚える価値もないと?」


「誰だと聞いてる」


 聞きながら、奏真はしかしさして興味を持ってなかった。チキンナゲットを口に入れ、さっさと名乗るなら名乗れ、というくらいの気持ちでその仕草を見ていた。


 気障な方の顔が、ピクリと震えた。


「僕の名前を知らない? それでよくもダンピールが務まるね。僕のパパは――」


「お前の親父じゃない。お前が誰かを聞いてるんだ。顔だけじゃなくて、耳まで悪いのか」


 平均的な顔である、と自負している自分を棚に上げさせてもらえば、気障はどこまでも低俗な顔をしていた。


 猿顔だ。秋良が冗談半分で見せてきた、旧時代のイケメンゴリラの方がまだ気品があったように思える。


「調子に乗るなよ、たかが一つ世代が違うくらいで! まあ、君も気を付けることだね。同胞殺しの神代に背中から撃たれないようにさ」


 気障が嗤う。その顔を、叩き潰してやりたくなった。


「お前に瑠奈のなにがわかる!」


 椅子を蹴飛ばして立ち上がった奏真の相貌を見て、気障はたじろいだ。殴られるとでも思ったのか、腕で顔を覆っている。


 同胞殺し。


 その呼び名は、この二週間何度か聞いたワードだ。気になるが、訊いてはいけない気がして誰にも口にしていない。


 だが瑠奈のことを蔑称しているということだけは明らかであり、当然仲間を侮辱されているわけで、怒りが湧く。


 瑠奈は、そんなやつじゃない。同胞殺しという言葉が差すような人間ではない。


「奏真。いいわ。放っておきなさい」


「けど……こいつ」


「いいのよ。いつの時代にもいるものよ、他人を踏みつけにしないと自分の立ち位置すら満足に確かめられない幼稚な人間っていうのは」


 気障のこめかみに青筋が浮かぶ。


「同胞殺しが……調子に乗るんじゃ――」


 瑠奈に歩み寄っていき、拳を振り上げる気障を見て、奏真は一発思い切り蹴飛ばしてやろうかと踏み込んで、


「ほらほら、仲間同士での喧嘩はご法度だよ」


 いつの間にか現れた秋良が右手で気障の拳を、左手で奏真の胸をぐっと押す。信じられないほど強い力で、奏真は数歩たたらを踏んだ。


 気障の方は顔を真っ赤にして無理矢理に拘束をほどくと、ふん、と鼻を鳴らして巨漢の隣に引っ込んだ。


「就寝時以外、僕らの目にはCLDが装着されてる。義務だからね。つまり作戦行動中及び休日以外の日常生活は全て監視されている。喧嘩となれば売った方も勝った方も懲罰房入りだ」


「そ、そんなことわかってる! けど僕のパパは――」


「ご両親に賄賂でも払ってもらうつもりかい? 残念だけどうちの支部長はそういうのを良しとしない清廉潔白な方だ」


 気障がう、と言葉に詰まった。


「君は懲罰房に入るだけでなく、そのせいでお父上の立場までをも危うくするかもしれないんだよ」


「…………っ、行くぞ!」


「はい」


 気障と巨漢がそろって食堂を出ていく。


「あいつら、なんだったんだ」


「第三十八分遣隊だね。あの気障ったらしいやつは、父親が血盟騎士団東海支部の上層部の人間で、それをいいことに威張り散らしてる」


「同胞殺し、とか言ってた。この前も言われたことがある。この二週間、何度か……」


「それは……」


「気にしなくていいわ。奏真。ただ、昔私がパートナーを殺そうとしたことがあっただけ」


 唐突に放たれた爆弾発言に、奏真は凍り付いた。


「……え」


「安心しろ、なんて言って安心はできないかもしれない。けど私はもう仲間を見捨てたりしないから。あなたが信じなくても、それでいい」


 冷たく突き放すその顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。ただただフラットに、なんでもないように続ける。


「奏真は私なんかと組まされて不本意かもしれないけど……嫌なら、私が部隊編成を見直すように掛け合うわ。だから、この作戦だけは我慢して」


「違う、嫌ってわけじゃない。だけど……瑠奈、なにがあったんだ?」


「それについて話すことはないわ」


 相変わらず冷たく、そっけなく言って、瑠奈は食事に戻った。


 奏真はなんとなく居心地の悪さを感じながらも、やはり黙って食事に戻った。


 秋良はなにか知っているようだったが、なにも言わない。


 この件については、こっそりとリリアあたりに訊いてみるのがいいかもしれない。


 知らないままでは、いけないことだ。


 これは多分、知るべきことなのかもしれない。


 たとえどんなにつらく、冷たい現実が待っていようと受け止めなければならない。


 それは多分、瑠奈のためにもなる。


 彼女の抱えているものの大きさはまだわからないが、自分がそれを少しでも肩代わりできるのなら、そうするべきだ。喜びも苦しみも、どちらも分かち合ってこその仲間ではないか。


 奏真はそう思った。

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