孤独

3‐1

 三河湾。渥美半島と知多半島というかいなに抱かれる、愛知県が擁する恵みの海。


 しかしそれも、ヴァンパイアが巻き起こす物理的な環境の書き換えによって、変貌を遂げていた。


 凍っているのだ。


 東側の渥美湾は、完全に氷に閉ざされ、天候も悪い。年中雪が降り、ときには吹雪くこともある。


 二〇二〇年代に入り、通信技術は飛躍的な進化を遂げた。おまけにヴァンパイア出現という動乱の中で磨き上げられた通信技術は凄まじく、旧来の電波技術を遥かに凌ぐ。


 端的に言えば、より少ない中継基地で広範囲をカバーできるようになったということだ。


 奏真は通信技術についてよく知らないから、ブリーフィングでそんな説明を受けてもピンと来なかった。


 だが戦場で通信を普通に行えるのは、この電波技術の向上に支えられているからだと言われて少し感心した。望む望まざる関係なく、奏真たちはこの技術の恩恵を受けている。


 今回の任務は、そんな電波通信技術の要――旧蒲郡市にある電波中継基地を防衛する戦いに参加せよとのことだった。


 件の蒲郡には豊橋にある東海支部が監督する『血盟騎士団・蒲郡分団』があるらしく、戦場となる中継基地を所属している十数名のダンピールが交代で見張っているとのことだった。


 派遣されたのは六名。特務分遣隊ヘルシングと第十三分遣隊、そして事前に到着している第三十八分遣隊。


 奏真たちを乗せたヘリが、展開した超強化特殊透明装甲のドームの中央、血盟騎士団の居城のヘリポートに降り立つ。居城、とはいうもののその規模は東海支部より小さい。


 しかしそれでも、この蒲郡分団には一万人近い人間がいる。東海支部の三十二万に比べると規模は小さいが、それでも数多くの人間が生きている。


 それに対して、ダンピールは十四人というのだから、凄い話だ。こうしてよその支部から応援を送るのもわかる。


 中継基地の防衛に夢中で分団が襲われました、では笑い話もいいところだ。基地防衛と分団防衛の両方に人員を割かなければならないとなると、当然外部から増援を送ることになる。


 蒲郡分団は、雪が降りしきる銀世界の中にあった。ドームがあるから街中に雪が積もることはないが、見上げれば重苦しい灰色の雲が広がり、飽きることもなく白い粉を降らせる。


 少し寒いな、というのが奏真の第一の感想だった。しかし、慣れないほどではない。ダンピールになってからというもの、温度にも適応できるようになっていた。


 火山に行ったこともあるが、汗を少しかいたくらいで、すぐに慣れた。


「皆さん、よくぞおいでくださいました! これから分団長室にご案内します!」


 先導の職員に従い、支部内に入る。


 あの始祖との出会いから二週間。戦いがなかった日はない。任務がない日は――つまり休日は当然あるのだが、奏真はその間もホログラム訓練を行った。


 全てはゾークを討つ為。


 しかし、あれからゾークの目撃はされていない。どこかに身を隠しているのか、東海地方から去ったのか。


 分団長室に招かれ、奏真たちはこの分団を取り仕切る飯田茂いいだしげるが発言するのを待った。


 しげる、とは名ばかりで、実際はつるんとした頭部をしているが、そこは気にしないことにした。


「君たちが特務分遣隊ヘルシングと、東海五指に入る第十三分遣隊か」


 四十後半の神経質そうな茂は、懐疑的な目で奏真たちを見る。


 まあ、わからないでもない。最低十六歳、最高齢でも二十四歳。


 自分の息子か娘かという程度の年頃の人間が『あなた方を守ります』と言ったところで、どれくらいの人間がまともに取り合うだろうか。


 まして相手は旧時代の、年功序列が絶対だった時代を知る年齢だ。子供、といっていい年代の戦士がいること自体疑問だろう。


 この日本という国では、少年兵などいなかった。年若い子供――十二歳前後の子供までもが戦場に立つことに反感を抱く者もいる。


 僻みもあるだろう。大人の自分が苦しい生活をしているのに、子供如きが特権階級のように扱われ、贅沢な食事と嗜好品を貪るのだ。


 年功序列を知る年代にとって、これは耐えがたい屈辱だろう。


 だが、それでも誰かが戦わなければ、この世界は滅びる。


 実際、オーストラリアは滅んだ。


 子供に戦わせてはならないという団体が反乱を起こし、支部機能を混乱させた。


 そこにヴァンパイアの襲撃が重なり、ダーウィン、ケアンズ、シドニーの各支部が滅んだ。


 そういうわけで、今やオーストラリアは数世紀前と同じく、前人未踏の不毛な大地と成り果てている。


 ドローンからの情報によれば、やはりヴァンパイアによる物理的環境侵食が起きているようであり、砂漠地帯がジャングルに変貌しているらしい。


 ほかにも雪原地帯があるとか、活火山が活動している場所があるとか言われている。


 それはさておき。


「はい、僕たちが特務分遣隊ヘルシング及び第十三分遣隊です。現在こちらでは合同分遣隊という呼称で活動させていただいてます」


 当たり障りなく、穏やかな声音で秋良が切り出す。


「僕、芳崎秋良が分遣隊長を務めさせていただいております」


「ふぅむ……」


「安心してください。僕は七年、こっちの緑の髪の女は十年、こちらの白い子は四年のキャリアを持っています。単独でも、この分団の隊員に後れを取ることはないでしょう」


「そっちの紫の目のやつは?」


「彼は獅童奏真。第三世代ダンピールの適合者です。まだ適合してから半月ほどしか経験はありませんが、恐らくこの隊のエースと言っても過言ではないでしょう」


 それは言い過ぎじゃないか、と思ったが、会話をこじれさせるだけなのでやめておいた。ときには嘘も方便である。


「そうか……」


 秋良がどんな人生を送ってきたかは知らないが、彼は人を宥めたり、説得したりというのが非常に上手い。


 気の荒い陽子がほかの隊員と一触即発の事態に陥っても、彼が間に入ると大体話が丸く収まる。


 奏真も瑠奈も、基本的に都合の悪いことが起きれば無視する。


 ゾークとの遭遇、撤退を冷やかす者がいても怒りを飲み込んで徹底的に無視するが、秋良はそれでさえも上手く説得してのける。


 この二週間、何度か奏真がキレそうになったこともあったが、その都度秋良が上手く宥めてくれるのだった。


 相手のことはどうあっても許せないが、秋良がそう言うなら、と不思議と怒りの矛を収めることができる。


「君たちのことはわかった。信頼もしよう。隆一がわざわざ太鼓判を押してまで送ってきたのだからな」


 茂と支部長は旧知の仲なのか、分団長は一瞬親しげな笑みを浮かべた。


「さて、概要は既に頭に入っていると思うが、諸君らに依頼するのは中継基地から二キロ先の氷海に組織されつつある『コロニー』の殲滅だ」


 ヴァンパイアはときどき、種族の垣根を越えて軍団を組織することがある。それを人類はコロニーと呼ぶ。


 大抵は、単純なものだ。大型――つまりは強力なヴァンパイアの食べ残しを食い漁るためにグールやランダイナスなどといった小型種がコバンザメのように追従するのだ。


 ヴァンパイアに全く知能がないわけではないというのは周知だが、しかし高度な作戦を立てられるほど頭がいいともいわれていない。


 コロニーとはつまり、それを構成している種族が違うだけの、群れのようなものだ。


「偵察のドローンが捉えた画像によれば、相手はスコルピス及びランダイナスのようだ」


「スコルピス……サソリみたいなヴァンパイアだな」


 あらかじめ東海支部で説明を受けていたから、知っている。巨大な青緑色のサソリだ。全長十七メートル、全高四メートルの、文字通りの化け物である。


 槍のような尾と鋼をも切り潰す鋏を持つ大型ヴァンパイア。


 一方でランダイナスは、走るワニというくらいのヴァンパイアだ。


 鋭い牙と爪、モーニングスターのような尻尾は脅威だが、グール同様雑魚と呼ばれる種である。もう交戦歴もある。気を付けるべきはスコルピスだ。こちらとはまだ戦ったことがない。


「諸君らの部屋を用意している。居心地は悪いかもしれんが、我慢してくれ。明日の一三〇〇までに屋上ヘリポートに集合するように」

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