2‐10

 血盟騎士団ビル最上階に、その部屋はある。


 権蔵寺隆一のために設えられた支部長室だ。


 特務分遣隊ヘルシングと第十三分遣隊の四人は黒檀の執務机の向こうの革張りの椅子に座った支部長と対面していた


「ふむ……空間を捻じ曲げて現れた、黒い始祖か。万里恵」


「はい」


 漆原万里恵しのはらまりえ。支部長の秘書は、立体映像を投影するデバイスを起動して何枚かの画像を表示した。


 縮尺はよくわからないが、実際に見たものが確かなら、それらは全て三メートルはあるということになる。カラーのもの、白黒のものと合わせ十数枚の画像が宙に浮かぶ。


「第十一位始祖『闇統あんとうのゾーク』。こいつだな。十三年前、この支部を襲ったこともあるからこの付近に潜んでいることはわかっていたが……まさか作戦中に出くわすとは」


「あいつは、父さんと母さんの仇だ」


 血に飢えた獣のように吐き出す奏真に、分遣隊の三人の誰もが困惑の視線を向ける。


 大人しく、感情の波は穏やかで、冷静に見える。それが奏真の第一印象だったのに、それが今はどうだ。どちらがヴァンパイアかわからないほど目を血走らせている。


「十三年前に起きたこいつの襲撃で、西区で二十九名が死んだ。その中には、獅童奏一郎、獅童風真しどうふうまも含まれていた。獅童くんのご両親だな」


 支部長はやれやれ、と言いたげに首を振った。隆一に代わって、万里恵が説明する。


「ゾークはその後、時折偵察部と問題を起こしていましたが、比較的大人しく、攻撃を仕掛けてくるという様子はありませんでした」


 そうして、静かにその可能性を告げる。


「まるで時期を窺っているかのように。あるいは、傷を癒すためか」


「十三年前、ゾークは当時我が支部で一番だった旧第十六分遣隊によって、大きな傷を負ったのだ」


 旧、という言い方が気になるが、その答えを彼は口にした。


「残念ながら旧第十六分遣隊は壊滅したが、そのおかげでこの十数年、少なくとも始祖からは平穏を取り戻した」


「それが、戻ってきた」


 瑠奈が言うと、隆一は重々しく頷いた。


「今この支部に、始祖と対峙できる部隊はいないんですか?」


 秋良の質問に、万里恵が困惑の表情を浮かべた。


「五指に入る分遣隊を全てぶつけても、よくて相討ちでしょう。効率的ではありません」


「俺が倒す」


「奏真……?」


 瑠奈が不安げな声を漏らした。それまで掴んでいた奏真という人物像を見失いかけているのだ。無理もない。


「獅童くん……」


「第三世代ダンピールの特殊な力とやらでも、なんでもいい。あいつだけは俺が滅葬する」


「復讐かね」


 隆一の声には冷ややかな響きがあり、奏真はそれがいやに頭に来た。


「なにが悪い!? 誰も彼もがあんたみたに恵まれて育ってるわけじゃないんだぞ! 俺は……俺から日常を奪っていったあいつが許せない」


 瑠奈が前に出る奏真の体を押さえる。それでも奏真は前に出て、机を叩いた。


「こんなところで立ち止まってちゃ、父さんと母さんの死が無駄になる!」


「奏真!」


 机に身を乗り出した奏真の袖を掴んだ瑠奈は、奏真の代わりに非礼を詫びた。


「すみません、教育が行き届いていませんでした」


「いや、いい。私も配慮が足らなかった」


 一呼吸おいてから、隆一は奏真に訊ねた。


「君の気持ちを易々とわかる、と言えるほど、私も浅薄浅慮ではない。だが、今の君にあれを倒せるだけの実力があるかね」


「それは……」


「……まあ、いずれは知らなければならないことだ。万里恵、あれを見せてあげなさい」


「わかりました」


 デバイスを操作し、動画を流す。


「『血装憤激ブラッドラース』。これから見せるのは、第三世代ダンピールのみに許された血の力の神髄だ」


 動画が始まった。手ブレが酷いが、一人の青年が映し出されているのがわかる。赤髪のロン毛で、インバネスコートを身に纏っている。歳は多分奏真より上だ。


「空閑朔夜。二番目のパンドラ計画被験体にして、最初にブラッドラースを発現した第三世代ダンピールだ」


 廃墟の一角で、朔夜らしき人物が戦っている。手には赤い紋様が走ったシルバーの大口径大型拳銃を左右に計二挺。


 銃剣が付いているのでなんだろうと思ったが、よく見ると多分、そのモデルはM500だろうと予測できた。


 敵は三体のサイクロプス。


「記録を取る、ブラッドラース発動せよ」


 無機質な声がしたかと思うと、突如朔夜の体を赤い炎が包み込んだ。


 ごうごうと燃え盛る火炎の中で、朔夜の体は変化していった。


 炎が朔夜の体にまとわりつき、銃と同じ赤い紋様を刻んだシルバーの鎧を形成する。背中には一対の翼が、両腕は大砲のように変形する。


 翼から炎を噴射し、朔夜が飛ぶ。その速度は戦闘機と同等かそれ以上。明らかにマッハ二以上は出ていた。


 空に赤い軌跡を生む影が、爆撃する。恐らく両腕の大砲で撃っているのだろう。その砲弾の威力もまた桁違いだった。


 たったの一撃で、サイクロプスのあの頑強な体に穴が開く。しかも再生しない。


 ものの数秒で、終わった。それは戦いと呼ぶにはあまりにも一方的な、蹂躙だった。


 降り立った朔夜は自分の意思か制限時間を迎えたのか知らないが、ブラッドラースを解除した。炎が舞い、手の中で二挺の銃剣付きの拳銃に戻る。


 動画が終わった。


「今のが……」


 奏真が呟きを漏らすと、隆一は頷いた。


「そう、パンドラ計画で生み出された君たち第三世代ダンピールに宿る、ブラッドアームズの真の力だ」


「俺にもあんなことが?」


「まったく同じとは言えんがね。元となった始祖、そして君の血装によって効果は変わるだろう。だが、もし君がブラッドラースに目覚めることが出来たなら……」


「ゾークも、倒せるかもしれない……」


「そうだ。だが戦いに確実はない。ブラッドラースと始祖が激突した記録はこれまで一度もない。どちらが上かはまだわからんのだ」


「ブラッドラースはどうしたら使える?」


「わからん。あの動画の朔夜も『わからない』と言っていた。任務中、死に瀕して、気付いたらあの力を振るっていたとのことだ」


 死にかけることがブラッドラース発動の条件では、と思ったが、多分違う。それが発動条件なら、奏真も、そして四年の戦歴を持つ瑠奈もブラッドラースに目覚めているはずだ。


 わからない。わからないが、なにかあるのだ。目覚めるきっかけとなる引き金が。


「しばらく偵察部には注意をさせんとな。始祖が動き出したとなると、少々厄介な事態だ。最悪本部に掛け合って、朔夜を派遣することも考えねば――」


「必要ない」


「獅童くん……」


「あいつは、俺が倒す」


     ◆


「少し、驚いたわ」


 自室。ベッドの上で白いキャミソールに着替えた瑠奈は、テレビで放映されている動物特集に目を向けたまま、コーラを飲むジャージ姿の奏真に突然そう言った。


「え?」


「あなた、大人しそうだったのに、急にあんなに激しく感情を見せたから」


「……誰だって、大切なものを奪われれば、ああなる」


「そうかしら」


「君にはないのか? 大切な人を傷つけられたことが」


 言ってから、奏真は言うんじゃなかった、と後悔した。彼女は両親に売られた、と言っていた。大切な人に裏切られているのだ。


 目を伏せて沈黙する瑠奈に、奏真は言葉を探し、しかし結局当たり障りのないものしか言えなかった。


「……ごめん」


「いえ……私も、大切な人を失くしたことがある」


「両親?」


「違うわ。あんなの、どうでもいい」


 飽くまでも視線はテレビに向けたままだ。感情は読み取れない。


「戦友を、去年失った」


「……そうか」


「親友だった。掛け値なしにそう言える。ちょっと鬱陶しいけど、大切な人だったわ」


 僅かな沈黙の後、瑠奈はテレビを消し、布団に潜り込んだ。こちらに背を向ける。


「でも私は、復讐心とか、怒りとか、そういう前向きな感情を抱けなかった。後ろ向きな、悲しみと絶望だけを感じた。そしてそれも、無駄なものなんだって学んだわ」


「無駄なんかじゃない。悲しみも、絶望も……意味があるんだ。悲しいから、つらいから、人間は前に進むんじゃないか? それを糧に、成長するんじゃないか?」


「なら私は成長が止まったのかもね。あれ以来、仲間を作る意味すら見出せなくなった」


「……俺は、仲間だと思えないか?」


「どうかしらね。口ではなんとでも言えるわ。けど、本心では……。……ごめんなさい、もうやめましょう、こんな会話。眠たくなってきたわ」


「……もう十時だもんな。おやすみ」


「ええ」


 電気を消し、奏真も布団を被った。


 しばらく目を閉ざし、睡魔に身を任せたが、一時間経っても眠れなかった。


 隣からも、寝息は聞こえない。


「なあ、瑠奈」


「なあに?」


「俺さ、もっと……もっと強くなりたい。復讐を遂げたいってのもあるけど。やっぱりさ、俺みたいな思いをするやつは、もう必要ないと思うんだ」


「……奏真は、充分強いわ」


「初陣でブラッドバーストを使えたってだけじゃ……」


「そうじゃない。あなたの心は……魂はもう充分に強い」


「まだまだだ。今日だって、感情に流されたのに……」


「私は、奏真みたいに前を向くことができない。けど、あなたはつらい思いをしても負けずに前を見据えてる。それが強いというのよ」


「君は……瑠奈は、なにを抱えてるんだ?」


「もう遅いわ。寝ましょう」


 会話は、それっきりだった。


     ◆


 ゾークは、逃げていた。


 名前も知らない、けれど『始祖』の血を引き継いだあいつらから。


 残る始祖は、もはやゾーク“だけ”。ほかは、みんな狩られた。


 その道中、ゾークは興味深いものを見つけた。


 同胞――第七位始祖『紫電のハンク』の血を引いたあの少年。


 恐らくあれが、ゾークを追う者のたち『要石』であり、ゾークがあいつらから逃れられるための『楔』だ。


 あいつを殺せば、ゾークはやつらにとって無用の長物と化す。長らく得られなかった安寧が戻る。


 だが、ゾークも完全ではない。十三年前、ある人間――ダンピールではない、普通の人間――に打ち込まれたなにかが、魂を阻害している。力を十全に発揮できない。


 これは、後に明かされる。


 ゾークに打ち込まれたものが、ヴァンパイアを生み出した元凶であり――


 それが、奏真にも打ち込まれていることを。


 人間に宿る、二十一グラムの魂。


 かつて、それに物理的に干渉し、永遠の命を得られないかと研究した民間企業があった。


 姫宮堂。


 ヴァンパイアを生み出す原因となった『ソウルエンジン』を生み出したのは、獅童奏一郎という若き研究者だった。


 これは因縁を清算する物語。


 世界を血に溺れた腕で救世する物語。


 獅童奏真と、神代瑠奈の、血の轍。

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