2‐9

「作戦司令部、こちら特務分遣隊ヘルシング及び第十三分遣隊。サイクロプスを発見。これより交戦に入る。なお、グールは殲滅。速やかに避難民の誘導を開始して」


「了解です、瑠奈さん。御武運を」


 秋良が見たというのは、ここから三ブロック先の交差点。移動をしているようで、もう二ブロック先の道路に出ているという。


「いたぞ」


 共に路地を走っていた陽子が静止を促す。足を止めた奏真と瑠奈は、重いものが動く鈍い足音を確かに聴いた。


 そっと路地から顔を出し、覗く。


 確かに、デカい。背丈は優に八メートルを超えるだろう。深い緑の体表をしていて、どこで見繕ったのかこれまた大きな棍棒を持っている。


 頭部には赤い単眼と、乱杭歯が突き出す大きな口がある。


「サイクロプスってなんだ?」


「あれだ。今見ただろ」


「そうじゃなくて、どういう特徴があるのかとかそういうことだよ」


「馬鹿力だが動きが鈍い。一撃貰ったらヤバいが、比較的遅いから追撃が来る前には再生が間にあう。壁際に追い詰められたらおしまいだからな、気を付けろ」


「みんな、戦ったことあるのか?」


「ある」


「あるわ」


「僕も。だから安心して。この面子なら倒せない相手じゃない。特に陽子と瑠奈はソロでこいつを倒してる。――あ、一つだけ」


「なんだ?」


「目が白い光を収束させたら注意して。レーザーを撃ってくる」


「……わかった」


 これまで戦った相手はみな遠距離攻撃手段を持たなかった。サイクロプスは違う。緊張した。上手くやれるだろうか。


 肩に手を置かれた。触れ返す。少し冷たい、瑠奈の手だ。


「安心して。やれるわ。ブラッドバーストの調子はどう?」


「まだ使えそうにない。……なんていうか、感情が大きく膨れ上がったときにしか使えないんだ。俺がまだ初心者だからかな」


「それもあるでしょうけど……そういう効果なのかもしれない。感情によって力が左右されるというのはよくあることよ」


「それって、俺が感情的だってこと?」


「あなたはどちらかというと大人しい方だわ。きっと、感情が静かなんでしょうね。けれどないわけじゃない」


「……? つまり?」


「あなたは過酷な幼少期を経て、きっと感情を抑える術を自ら学んだんだと思う。悪いことじゃないわ」


「……そうか」


「ブラッドバーストが使えそうなら積極的に使って。経験をすればするほど強くなる」


「けど、あれを使った後すごく疲れる。そこを狙われたら……」


「なんのために私たちがいると思ってんだ? 仲間を守るのも仕事の内だ。その分の給料も貰ってる。だから気負うな、ルーキー」


「そうだよ。僕らは仲間だ。見捨てたりはしない。いきなりで、ってのは無理だろうけど、信じてくれ」


「……ああ、信じるよ」


 実際、瑠奈も秋良も、そして陽子も奏真を信じた。最前線へ斬りこんだあの勇気、奏真を守った狙撃。だからさっきの滅葬も上手くいったのだ。


 陽子が大剣を八相に構え、


「行くぞ。滅葬開始!」


 飛び出す。


 こちらを見つけたサイクロプスが吠えた。黄色っぽい唾が飛ぶ。大気が震え、奏真は恐怖を覚えた――が、仲間がいる。忘れるわけではないが、過度に恐れることはない。


 恐れは戦いに必要なものだ、と奏真は短い実戦経験で学んでいた。


 恐れは確かに足を萎えさせ、判断力を鈍らせる。だが恐れがなければ、油断と慢心を生む。


「私がメインで斬りこむ。奏真、お前は隙を見て戦ってみろ。だが無理はするな。手に負えないと思ったら退け」


「わかった!」


 頭上から棍棒。陽子は左に、奏真は右に跳躍して躱す。


 建物の壁を蹴って陽子は宙で身を捻ると、サイクロプスの肩に大剣緑華を叩きつけた。


 巨大なハンマーで岩を叩いたような音がし、サイクロプスの肩が割れ、骨が覗く。が、流れる血が逆流し、傷はゆっくりとだが塞がっていった。


 今の斬撃は、かなり深かった。にもかかわらず再生するとは。


「ダンピール並みの再生力じゃないか!」


 廃車のボンネットを踏み、跳んだ奏真は雷を纏う黒い直刀を振るった。右肩を確かな手応えと共に斬り裂くが、やはり再生。


 ぶうん、と棍棒を振るい、宙にいた奏真を殴った。咄嗟に紫雷の腹を盾にしたが衝撃を殺し切ることはできず、十数メートルも離れた街路樹に叩きつけられた。みしり、と巨木が軋む。


 奏真を狙って、サイクロプスが歩いてくる。骨が折れたのか、体に激痛が走り奏真は動けない。まずい、追撃を躱せない。


 サイクロプスが恐ろしく太い腕を伸ばし――そこに光の狙撃弾が殺到する。表皮が焦げる程度でかすり傷から血の玉が浮かぶ。


 大した傷ではないが、サイクロプスの注意が瑠奈に向かった。


「ヴァンパイアも強力な種になれば相応に治癒力も上がる。けど、私たちの治癒力がそうであるように、限界もある。小さな傷でもいいからダメージを蓄積させて」


 ドクン、と、力強い鼓動が左胸に蘇った。


 これだ。この感覚。ブラッドバーストの予兆。


「ぉおおおおっ!」


 叫び、斬りこむ。素材のわからない棍棒が紫雷を受け止め、左拳が奏真の体をスーパーボールのように吹き飛ばした。その最中、必死に体を動かし迫る廃墟の壁を両足で踏みしめる。


 左拳を振り抜いたサイクロプスの左上腕を、緑の斬撃が躍った。『血装:緑華』は風の刃をその刀身に駆け巡らせ、あの岩の如き頑強さを持つ腕を斬り飛ばした。


 壁を蹴って、突っ込む。狙いは左胸。


「ぐぅっ」


 陽子が棍棒の一撃を大剣の腹で受け止め、地面を擦過する。衝撃が殺しきれないのか左腕の前腕部の半ばから、折れた骨が覗いていた。


 しかし、そのおかげでサイクロプスの左胸はがら空きだ。


 剣を突き込み、雷撃を放つ。


 内側から電撃に焼かれ、サイクロプスの口から悲鳴と焦げた煙が立ち上る。


 しかし奏真が剣を引き抜こうとしたときには左腕が再生していて、まずいと思ったときには体を鷲掴みにされた。だが紫雷だけは意地でも放さない。


 再生し、肉に掴まれていた紫雷が引き抜かれる。


 サイクロプスはそのまま走りだし、奏真をデパートと思われる二階建ての廃墟の壁に叩きつけた。二度、三度――鉄筋コンクリートが砕け、奏真は廃墟の中を転がった。


「ぐっ、ぁあっ!」


 蹲って血を吐き、剣を杖にどうにか立ち上がる。遅すぎた、と気づいたのはサイクロプスの目を見た瞬間悟った。


 光が収束している。


 奏真が横っ飛びに転がった。秋良の狙撃がそれに重なり、射線が逸らされる。


 両者の動きがなければ、奏真は下半身を失っていただろう。


 白い熱線はデパートの壁面をなぞり、酸を浴びせたように舐め溶かしていった。


「大丈夫かい!?」


「なんとか……」


 怒号と同時に棍棒が突き込まれる。その直撃を貰った奏真はコンクリートの柱に激突し、露出していた鉄筋に肉を抉られた。


 痛みに顔をしかめ、それでも鼓動が確かに強く脈打っているのを感じると、デパートから飛び降りた。


 信号機の上に立ち、サイクロプスを睨む。


「来いよ」


 不思議なことに、負ける気がしなかった。


 サイクロプスが重い足取りで走った。ずんずんと大地が震える。


 割れたアスファルトに生える雑草が、ビルに巻き付くツタが文句を垂らすように振動する。


 棍棒が信号機を粉砕する直前、奏真は跳んだ。


 空中で身を捻り、鼓動が最高潮に達した瞬間、


「おおおおおおおっ!」


 ブラッドバースト。


 直刀が回転鋸に変貌し、獰猛な回転音を響かせる。


 落下軌道にある奏真の先には、無防備なサイクロプスの頭頂部。


 突き立てた。


 肉を、筋肉を、骨を脳組織をシェイクし、傷口から黒い血を溢れ出させる。


 サイクロプスがでたらめに暴れる。棍棒を手放し、奏真を引き剥がそうとする。


 ぐ、と紫雷を押し込んだ。


「廻れッ!」


 遠雷のような音が轟いた。


 紫紺の雷光がサイクロプスを縦一直線に貫き、焦げた臭気を立ち昇らせた。


 ぐるん、とサイクロプスの目が裏返り、後ろ向きに倒れる。


 奏真は剣を引き抜き、飛び退いた――


(…………!)


 ずる、となにかが伸びた。


 そのなにかに突き飛ばされ、奏真は地面を転がった。


「なんだ、あれ……」


 陽子が“それ”を見て、明らかに冷や汗とわかるものを浮かべた。


「奏真! 陽子! 退いて!」


 なにを、と思って顔を上げ、奏真は思わず、


「お前、は……」


 思わず、


「お前はぁぁああああああっ!」


 空間を捻じ曲げ現れた、黒い闇そのものといったようなローブに身を包む三メートルほどの巨人を睨み、奏真は咆哮した。


 手に持つのは、断頭剣エクセキューショナーズソード――処刑人の剣といわれる、切っ先が平坦な首切り用の剣。


 その目は――蒼い。


「ああああああああっ!」


 チェーンソーが悲鳴のような唸りを上げ、袈裟に振り下ろされる。発光も帯電もしていないが刃の回転数は充分。それを、蒼目のヴァンパイア――始祖は、断頭剣で受け止めた。


 鍔迫り合いにもならなかった。


 奏真の剣が、切れた。


「っ!?」


 折れた先が黒の霧となり折れた断面に吸い込まれ、再生する。


 しかし、今のは物理的な拮抗で叩き折られた、という感じではなかった。


 なにが起きたのか。


「奏真! 退くぞ!」


「陽子……けど、あいつは――」


「始祖だぞ! 私たちじゃ勝てない! フラッシュバンで目を眩ませる。目と耳を閉じて口開けてろ!」


 陽子が腰から円筒缶を抜き、点火ピンと安全レバーを抜いて投擲。


 直後、脳味噌を直接揺さぶられるような衝撃が辺りを襲った。


 奏真はこの隙に追撃を――と考えたが、それは叶わなかった。奏真の動きを読んでいたのか陽子が奏真を担ぎ、強引に引き離していた。


「放せ!」


「ふざけるな! あんなのとやってたら殺されるぞ!」


「あいつは父さんと母さんの仇だ! 俺が――俺が殺して――」


「気持ちはわかる! だけど今は無理だ!」


 気持ちはわかる、だと。


(お前なんかに!)


 怒鳴ろうとしたとき、秋良の台詞が頭にこだました。


 陽子も弟を失っている。


「…………っ!」


 彼女にもわかるのだ。奏真の気持ちが。けれど、それでも仲間を死なせないために撤退の決断を下した。


 せめてもの攻撃は、睨みつけることだけ。


 きょろきょろと辺りを見渡している様子を確認できた。まるで人間のように振る舞うその姿に、底知れぬ怒りを抱いた。


(クソッたれ)


 奏真の手の中で、回転鋸が悲しげな音を立てて回転を止めた。

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