2‐8

 大上段から振るわれた両腕をサイドステップで避けたとき、疲れたのかグールの動きが鈍った。その僅かな合間に紫雷を閃かせ、両腕を斬り落とす。


 グールの甲高い悲鳴。


 仰け反った喉に刃を突き入れ、上に振り抜く。血と脳髄が飛び散った。


 直後、左右から死臭。


 ほとんど本能で下がった。


 さっきまでいた場所を、二体のグールの爪が薙ぐ。


(どうする?)


 考えている間に、銃声が二つ。


 氷の弾丸が一体の頭部を爆裂させ、光の散弾が胸を吹き飛ばし絶命させる。


「一対一を繰り返すのよ。今のあなたは、それができればいい」


 すぐ後ろから、ショットガンを構えた瑠奈が言った。奏真は小さく頷いて、次なる一体に狙いを定める。


 ドクン、ドクン、と脈拍が上がっていく。全身を駆け巡る血が熱を帯び、紫雷の脈動も激しくなる。


「瑠奈、秋良」


「なに?」


「なんだい?」


「多分、ブラッドバーストが発動する。群れに突っ込むから、援護を頼めないか?」


「無茶は――」


「無茶じゃない。やれる。信じてくれ」


 瑠奈が沈黙した。三秒の間を置いて、


「いいよ。いずれは多対一をやるんだ。経験を積ませてあげよう」


「わかったわ。けどブラッドバーストが切れると思ったらすぐに逃げて」


「ありがとう」


 グールをまた一体斬った。


 その瞬間、鼓動が最大に達する。


 ドクン、


血装解放ブラッドバースト……っ!」


 雷鳴が爆ぜた。


 直刀だった紫雷が肉のように生々しく蠢き、黒いチェーンソーに変化する。鋸の刃は紫に輝き、黒い刀身には相変わらず脈が張り巡らされている。


 意識すると、刃が回転。稲妻のような音を立てて回転する。鋸はやがて目には追えない速度に達し、紫の軌跡だけが目をく。


 剣から雷撃が迸り、奏真の身を包む。全身のツボというツボが刺激され、身体能力が遥かに向上。


 疾走は、数多の『速さ』を目にしてきた瑠奈の目をして、追いすがることを許さなかった。


 たったの一歩で敵陣に踏み込み、肉薄に気付かぬグールを薙ぐ。


 回転する刃がグールの肉体を挽き裂き、背後に回った一体の頭蓋を左肘で砕いた。四方から迫る犬面の化け物を右足を軸に回転し薙ぎ払う。


 血と臓物がぶちまけられ、しかし返り血を浴びる頃には奏真はそこにいない。


 傾いだ標識の上。そこに奏真はいた。


 残光を引きかねないほどに猛回転する刃を構え、グールの群れに斬撃軌道を合わせ、魂を鼓動させる。


 雷鳴、


 一閃、


 三日月形の雷の刃が射出され、グールを斬り裂いた。群れが面白いように宙を舞って血肉の雨を降らす。


(あと十五秒くらいか?)


 感覚的にブラッドバーストの持続時間を逆算する。今の自分では、三十秒ほどしか使えないことを悟っていた。


(決めるぞ)


 標識を蹴って敵陣に突っ込む。蹴り飛ばされた標識が根元から折れ、遅れて風圧が舞う。


 舞い上がったセメントダストに穴が開き、グールロードに向け疾走する奏真の軌道上の敵は全て挽き肉のような鮮血を撒き散らし死んでいった。


 十三秒。


 アスファルトを蹴る。黒い欠片が飛び散り、大地に亀裂が走る。


 グールロードを守るように布陣するグールを斬り分けていく。確実に死ぬよう両断し、心臓を抉り、頭を落とす。


 爪が肩を掠ったが、意に介さず回転鋸剣を突き立てる。雷撃と斬撃が弾け、グールは目を見開いて痙攣。引き抜くと同時に倒れる。


 背後に気配を感じたが、無視した。仲間を信じる。


 果たしてそいつは、秋良の狙撃によって撃ち殺された。


 十秒。


 咆哮し威嚇するグールロードに踏み込み、袈裟に剣を振るう。しかしそれを鋭い爪で受け止められた。


 皮膚の何倍も堅い鋼のような爪は回転鋸でも斬り裂くことは叶わず、火花を散らして拮抗する。


 押し込むか、そう考えたとき腹に車が追突してきたかのような衝撃。蹴られた、と気付いたら、廃墟の壁に叩きつけられていた。十メートル以上はある。とんでもない脚力だ。


 八秒。


 壁を蹴って、銃弾のように飛ぶ。


 愚直なまでに真っ直ぐな軌道の突き。


 グールロードはそれを爪を交差させて受け止めた。


 即座に跳んでくる蹴りを同じく蹴り下ろしで殺し、剣を下段から上へ掬い上げるように振り抜く。


 グールロードの両爪が宙に踊り、奏真は袈裟逆袈裟と剣を舞わせ、両腕を肩口から斬り落とした。


 がら空きになった腹に胴抜き。表皮が裂け、臓物が零れ落ちる。


 しかしグールロードの傷口はゆっくりだが確実に塞がり始めていた。


 両断などの大きな傷はすぐには治らないが、この程度の傷なら再生するようだ。それに少し驚いたが、しかし。


 ダンピールの驚異的な治癒力がヴァンパイアの血によるものならば、その大元であるヴァンパイアに再生力があっても不思議ではない。


 だが、チェックメイトだ。


 腰まで引いて溜めた渾身の突きを、左胸に放った。


 超回転する鋸が肉を抉り、雷撃が神経信号を掻き乱しヴァンパイアの全身を激しく痙攣させる。


 そのまま袈裟に紫雷を振り抜き、グールロードを殺した。


 残り三秒。


 群がるグールたちを蹴散らしつつ、奏真は撤退した。瑠奈の負担を減らすためなるべくグールを殺しつつ、彼女の元まで退く。


 切れた。


 回転鋸状だった紫雷がぐにゅりと蠢いたかと思うと、元の直刀に戻る。


「はぁ、はっ、はーっ、はぁ……」


 緊張が僅かに緩んだところに、一気に疲労が噴き出した。


「大丈夫?」


「ああ、少し、呼吸を整えたら――」


「その必要はなさそうよ」


 瑠奈が顎で指した先。


 死屍累々と散らばるグールの向こうで、グールロードの脳天から股間まで叩き斬った陽子が手を振っていた。


「三十六体。秋良、お前は?」


「スコアは二十二体。陽子の勝ちだよ。けど、奏真も奮闘したね。陽子と同じかそれ以上くらいは倒したんじゃない?」


「奏真は賭けに乗ってない。言い逃れするな」


「はいはい……」


「滅葬終了、だな」


 呼吸を整え、汗を内ポケットのハンカチで拭う。乾いた風が、街路樹を揺らしてさわさわと音を立てさせた。


 さっきまでの戦闘音が嘘だったかのように、辺りが静まり返る。


「…………?」


「どうしたの、奏真」


「いや、死臭がする」


「グールたちのでしょう」


「違うんだ。言い方はおかしいかもしれないけど、“新鮮な死臭”がするんだ」


「そういえば奏真、初陣のときも私より早くグールロードに気付いたわね」


「うん。においがするんだ。変かな」


「いいえ。私もある程度近ければにおいを感じるわ。あなたは多分、感知能力にも優れているんだと思う。――各員に告ぐ、戦闘続行の可能性あり。警戒して」


「はぁ? もうみんな死んだだろ」


「いや待った陽子。僕から見える位置にデカいのがいる」


「デカいの?」


 奏真が訊くと、秋良は答えた。


「サイクロプスだ」

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