2‐6

 ブリーフィングルームを出ると、歩きながら、隣の瑠奈がフラッシュバンや回復剤などが詰まったポーチを取り付けたベルトを投げ渡してきた。


「それ、ちゃんとつけて」


 早足で歩きながら、奏真は言われた通りベルトをジャケットの上から巻いた。腰のあたりに巻き付けて固定する。


 第二駐車場に出て、後部ハッチを開いている装甲車に乗り込む。先に座っていた秋良の隣に奏真が、陽子の隣に瑠奈が座る。同時にハッチが閉じ、装甲車が加速した。


 防壁を抜け装甲車が外に出る。鉄格子をはめられた透明装甲の窓の向こうに荒れた大地が広がる。


 ダンピールの出撃方法は、三つ。一つは車。もっとも一般的で頻繁に行われる輸送手段である。


 もう一つはヘリ。物理的に車での移動に難がある場合この手段が取られる。超強化特殊透明装甲のドームを開き、空から現場に急行する。


 そして残る一つは徒歩。防壁周辺に大規模なヴァンパイアの出現が認められた場合、車では追いつけなかったりする上に小回りが利かず仲間同士で渋滞を作ってしまうこともある。


 避難する人間が邪魔で進めないこともあるので、だからこその徒歩だ。あるいは都市内にヴァンパイアの侵入を許せば、車よりも走った方が早いということもある。


 装甲車内で三十分。


 瑠奈は携帯の猫動画に視線を落とし、陽子は同じく携帯でゲームをし、秋良は哲学書らしきものを読んでいた。


 奏真はただ黙って、景色を見ていた。


 装甲車は派手に揺れる。当然だ。大地は割れ、好き放題雑草が生えている。戦いの余波かクレーターのように抉れた場所もあり、かと思えばしばらくの間揺れないこともある。


 人間の管理を外れた人工物は、あまりにも脆い。


 雨水が沁み込み、寒暖の差で膨張と収縮を繰り返して亀裂を生む。それらを放置しておけばやがてビルの倒壊を招く。


 そうして道が塞がれば、移動は空を頼りにするしかない。だから支部には兵員輸送用ヘリが多く配備されている。


 瑠奈に言わせれば、装甲車での移動の方が珍しいのだという。


 奏真の二度の実戦はいずれも装甲車だが、そう遠くないうちにヘリで移動することもあるだろう。


「退屈かい?」


「あ、いや……少し緊張してさ」


「まあ、まだ二度目だしね。今回確認されているヴァンパイアはグールが百体だ」


「うん……」


 血盟騎士団にはいくつか部署がある。


 研究部、医療部、回収部、ダンピールたちが所属するヴァンパイア狩りの花形・戦闘部、そして事前調査を行う偵察部。他にも様々な部署が存在する。


 今回の任務は、東海支部に移動中の避難民と遭遇してしまったグールたちの掃討。


 並のグールなら特務分遣隊ヘルシングも東海支部五指に入る第十三分遣隊も必要ないが、問題はその数だった。


 百体。


「俺、戦えるかな……」


「通常、グールがこんなに数を揃えることはないからね。初陣の後にこんな仕事をさせるなんて、支部長もなかなかスパルタだ」


「こんなに数を揃えることがない、っていうなら、なんで今回は百体もいるんだ」


 ゲームを切り上げた陽子が馴れ馴れしく瑠奈の肩に腕を回した。スーツ越しにもわかる豊満な乳房が瑠奈の肩に当たり、形を変えた。


「グールは多くても二十体のコミュニティを作るんだよね。けど、ときどきそうした群れを率いるグールロード同士が大喧嘩して、生き残った方にコミュニティが併合されることがある」


「じゃあ、今回も……」


 鬱陶しいと言いたげな動作で陽子の拘束を外した瑠奈が携帯をしまいつつ、


「多分、そうやって群れを大きくした集団でしょうね」


「ていうか、ヴァンパイアも群れで争ったりするんだな」


「おかしいことではないわ。ヴァンパイアというのはやつらの総称に過ぎない。例えば、動物だって生きものの総称でしょう? で、その動物内で弱肉強食の食物連鎖が成り立つ」


 確かに、瑠奈の言うとおりだ。彼女が続けるに曰く、


「ヴァンパイアも同じ。人類の敵性生命体とはいえ、弱肉強食の絶対的な掟があるの。だからヴァンパイアがヴァンパイアを捕食したり、同種族同士で縄張り争いをすることもある」


「なるほどな……けど、百体も。どう戦うんだ?」


 陽子は笑みを浮かべ、


「真正面からぶった斬ってくだけ」


「あんたみたいに戦い慣れてないんだぞ俺は。銃みたいに間合いのある武器でもないし」


 瑠奈が安心して、と前置きする。


「大切なのは、一対一で戦うこと。今のあなたじゃ多対一は不利。だから、一対一を何度も繰り返し、確実に数を減らすこと。私と秋良で援護するから安心して」


「そういや、秋良の血装ってなんなんだ?」


「僕の血装は狙撃銃かな? 大口径のライフルだよ。氷属性のね」


 どんなものなのだろう。気になる。


 ゲームプレイ動画を嗜む奏真にとって、武器は興味の対象である。剣であれ銃であれ、気になるものはたくさんある。


 専門的な知識はほとんどないが、一目見ればその武器がなんなのかを当てられる自信が多少はあった。


 もっとも、武器のカテゴリがわかるという程度で、細かい名前やなんかはよくわからない。


「僕はなんというか、最前線への斬りこみが得意じゃないから、奏真や陽子みたいに剣が使える人がいると助かるよ」


「あんたに足りないのは気概よ。いつも弱気でうじうじと……いざってなれば氷の剣でも作って斬りこめばいいでしょう?」


 陽子が語調に若干の怒気を含ませる。


「やめてよ。僕はそもそも争い事が嫌いなんだ。ヴァンパイアが相手でも、好きで殺そうだなんて思えないよ」


「あいつらに向ける慈悲なんていらないでしょう」


「支部長があと三年勤めたら教官職を認めてくれるっていうから戦ってるだけでさ……」


「ほんと、弱気。あんた粗チンでしょ」


「決めつけないでくれ」


「なら見せてみなさいよ」


「僕は紳士だ。君みたいに、下品なことを好きに行うような趣味は持ってない」


「同性愛を馬鹿にする気?」


「いいや、LGBTに関しては特に意見はない。ただ僕は、君を馬鹿にしてるんだ」


「いいわ、戦場でケリをつけましょう。撃破数が少ない方が報酬の半分を勝者に与える」


「いいよ。受けて立つ」


 意外と闘争心あるじゃないか、と思っているうちに、装甲車が停止した。後部ハッチが機械音を立てて開く。


 瑠奈が口を開いた。


「行くわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る