2‐5

「させるか!」


 陽子は蛇腹剣状になった緑華をグールロードの足に巻き付かせ、引き寄せた。壁に叩きつけたところでブラッドバーストが解除されたのか、緑華が元に戻った。


 だが、それでもう充分だった。


「唸れ!」


 大剣を横薙ぎに振るうと、ごっ、と風が暴れた。グールロードを再び壁に打ち付け、その隙に肉薄。


 跳躍し、大上段に振りかぶった風の刃を纏う緑華を振り下ろし、陽子はグールロードを縦一文字に両断してのけた。


 風の斬撃の余波が、奏真のジャケットを棚引かせた。


「やれやれ、少しハプニングが起こったが、まあいいだろう。まとめに入ろう」


 雄二がパンパンと手を叩くと、汗一つかいていない陽子を含め、四十名近いダンピールが集まった。


 朝、昼、夜、夜その二と四つのチームに分かれて授業を行うため、この場に全員のダンピールがいるわけではない。


 八十名か四十名ずつに分かれ、部隊運営を行っているのだ。午前組、午後組、夜勤組その一と夜勤組その二。


 午前午後組が八十名ずつ、夜勤その一その二組が四十人ずつ。


 その八十名も一人の教師で監督するには難しいということで、四十名ずつに分かれて授業が組まれている。


 もっとも全員が授業を受けるわけではない。中には任務や遠征で、ここを離れている者もいる。


「ブラッドバーストは諸君らの血装や異能を強化する。どんな効果が出るかはわからない。発現する血装と同様、個人差があるからな」


 確かに血装一つをとっても人によってかなり差がある。


「だがブラッドバーストも切り札にはなるが、これはトランプでいう所のジョーカーだということを忘れないでもらいたい」


「どういうことですか?」


 別の誰かが訊く。


「誰か、わかる者……そうだな、芳崎」


「え、僕ですか? はぁ、まあいいですけど。えへん」


 咳払いをしてから、秋良は全員の前に立って説明した。


「ブラッドバーストは、永続的に使えるわけじゃないんだ。効果時間があって、それを超えるとブラッドバーストは強制的に解除される」


 無限には使えない、ということだ。


「次の発動までの間にはクールタイムがあって、効果時間共々それはダンピールによって異なる」


「その通りだ。今芳崎が言った通り、ブラッドバーストはずっと使えるわけじゃない」


 誰かがなるほど、と呟いた。まだなにも知らない様子から察するに新人だろう。


「そこに気を付けなければ、いざというときにブラッドバーストが解除され、危機に陥るということもある」


 訓練室の扉が開き、防護服を着た回収班と呼ばれる人たちが入ってきた。グールロードの死体を片づけるためだろう。


 素肌は一切晒さない。あそこまで完全防備をするのは、ヴァンパイアの血が人間にとって猛毒だからだ。どこかから血が入れば、たちまちヴァンパイアの仲間入りを果たすことになる。


 雄二は彼らに敬礼――右拳を左胸に当て、謝意を示した。ダンピールたちも雄二に続いて敬礼する。奏真も、もう自分は一般人ではないんだな、と思いながら敬礼した。


 雄二は腕時計を見て、「おっと、三分もないな」と呟き、


「最後に。ブラッドバーストは経験値を積めば効果時間が伸び、クールダウンに用いる時間も減る。実戦で腕を磨くように。では若干早いが、解散」


     ◆


 一周八百メートルの地下グラウンドを走らされ、奏真は十五周を超えたあたりから何周目か数えるのを辞めてしまった。


「はっ、はぁ、はっ……」


 体力が強化されているからといって、いきなりその恩恵を受けることはできないのだと奏真は自覚した。


 学生時代に比べれば体力もついたと思うのだが、ほかのダンピールに比べるとまだまだだ。


 瑠奈は自分よりもハイペースでグラウンドを走り、陽子はさらに、ほとんど全力疾走といっていい速さで走り回っている。


「苦労しているようだね」


 追いついてきた秋良が肩を叩いてきた。


「あんた、よく平然としてられるな……」


「慣れてるからね。これでも七年やってるから」


「十二歳の頃からこんなことを?」


「まあね。拒否権なんてないし……最初は嫌だったよ。けど自分が戦わなきゃ大切な人が死ぬって状況が僕を変えてくれた」


 疲労する奏真の走りに合わせながら、秋良は額に浮いた汗をハンカチで拭う。奏真はもう汗だくで、少しでも止めるため頭にタオルを巻いていた。


「立派なんだな、秋良」


「そうかな。少なからずこの生活を気に入っている、っていうのもあるし、必ずしも善意だけでやってるわけじゃないよ」


 瑠奈が脇を通り過ぎていった。それに続いて、もう何周遅れを取っているかわからない陽子が駆け抜けていく。


「陽子は? 組んでるんだろ?」


「ああ、うん。彼女とは七年の付き合いだよ。新人時代から僕のことを知ってる」


「あいつも瑠奈と同じ、ソロだったのか?」


「あー、いや。弟と組んでた。けどその弟が死んでしまってね。しばらくは一人だったんだ」


「あんたの?」


「いや、彼女自身の」


 陽子は肉親を失った、ということだ。その悲しみと絶望は痛いほどよくわかる。


「……強いんだな」


「物理的にも、精神的にもね。さっき緑華のブラッドバーストが解けたのは限界時間を迎えたからじゃないんだよ。彼女は多分、この支部でも五本の指に入る実力者だろうね」


「そこっ! なにを無駄話をしとるか!」


「おっと、鬼教官がお怒りだ」


 眠そうな目に笑みを浮かべ、秋良はペースを上げて走っていった。


 この基礎体力強化訓練を監督しているのは福塚之夫ふくつかゆきおという、御年七十六になる老教官だ。


 おおよそ七十半ばには見えない体格であり、噂によれば昔日本にあった自衛隊という集団に所属していたらしい。


 今ではその自衛隊は解体されている。当たり前だ。自衛隊に限らず、あらゆる軍隊が持つ兵器はヴァンパイアに通用しない。


 現代において銃を携帯するのは自衛・儀礼的な意味で所持する血盟騎士団の高位職員か、憲兵隊と呼ばれる外部居住区の治安維持を行う部隊だけだ。


 ちなみに高位職員は実弾銃を持つが、憲兵隊が持つのはテイザー銃かゴム弾を発射する低致死性の銃だ。


 罪を犯そうとも住民は貴重な財産であり、将来の戦力になるかもしれないその命を無為に奪うことは厳重に戒められている。


「はぁ、もう……持久走なんて、嫌いだ」


 足が重くて上がらない。けれど歩こうものなら怒号が飛ぶのを、別の新人が証明していた。


 しかしこれが終われば昼食が待っている。シャワーを浴び、悠々と食事を摂る。


 その後は任務が入るだろうが――、


「緊急連絡。緊急連絡。特務分遣隊ヘルシング及び第十三分遣隊、至急第三小ブリーフィングルームに集合せよ。繰り返す――」


「ふざけんなよ……」


 奏真は溢れる憤懣ふんまんを隠そうともせず、漏らした。


 頭に巻いていたタオルを毟り取り、乱暴に顔を拭う。外したネクタイをポケットから取り出して再び巻いた。


「聞いたな! 獅童奏真! 神代瑠奈! 芳崎秋良! 生嶋陽子! 速やかに第三小ブリーフィングルームへ向かえ!」


 奏真は苛立ちを隠そうともせず舌打ちし、訓練を切り上げた。

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