2‐4

 二限目が始まり、しばらくしてようやく本題に入った。新年度に新人が入るため、二限目の教師は彼らをリラックスさせたかったらしく、世間話に時間を割いた。


「ダンピールには三種類ある。第一世代、第二世代、第三世代。この違いを説明できる者」


 適合試験が行われた地下六階のあの訓練室で、奏真たちは実技を受けていた。


 教えているのは松島雄二まつしまゆうじという初老の男性である。


 挙手した者の中に、瑠奈がいた。雄二は彼女を指さし、「言ってみろ」と口にした。


「二〇三五年から二〇四〇年にかけて創られたダンピールが、所謂第一世代です。ヴァンパイアの血の希釈がそれほど薄くはなかったとされます」


 瑠奈は淀みなく続けた。


「ヴァンパイアにより近い肉体を手に入れられ、高い戦闘能力を持ちます。ですが適合率が高い者は稀で、暴走の危険を多く孕んでいた」


 そこに一瞬、沈痛な陰が彼女の顔をよぎったように見えた。


「作戦行動中行方不明になった者の大半は、ヴァンパイア化したと見られています」


「その通りだ。では、第二世代は?」


「二〇四〇年から現在に至るまで創られているダンピールが第二世代です。ヴァンパイアの血の希釈が充分に行われ、調整も行き届いているので適合者も多く適合率も安定しました」


「その通りだ。問題点は」


「戦闘能力が第一世代に劣ってしまうという弱点があります」


「正解だ。では、第三世代とは」


 四十名近いダンピールの目が、瑠奈と奏真を向いた。


 瑠奈は一つ呼吸を整えてから、


「私と獅童奏真、空閑朔夜くがさくやの、始祖のブラッドアームズに適合したダンピールです。始祖の力を持ち、特殊な能力を持つとされると」


「素晴らしい。神代の言う通りだ。だが全てのダンピールに共通するものがある。まあ色々と共通点はあるのだが……それがわかる者」


 奏真は手を上げた。


「では、獅童」


「確証があるわけじゃありませんが……ダンピールは、多分、みんな若いこと、が共通点なんだと思います」


「よくわかったな。その通りだ。ダンピール……ブラッドアームズに適合する者は、十代か二十代だ。三十四十で適合する者は、まず現れない」


 それがまた子供が望まれる、という都市の気風にも現れているのである。


「学校で身体検査をするだろう? あのとき血液検査をするのは、若い適合者を見つけ出すためだけにしていると言っても過言ではない」


 訓練室の中央に、あのベッドはもうない。しかし代わりに、黒い布が被せられた四角いなにかがある。時折聞こえてくる呻き声から、それがなんなのかはすぐに想像できた。


 雄二は「下がっていろ」と短く言うと、布を取り払った。 


 檻があった。中には、グールロードが一体入っている。


「ひっ」


 誰かが喉を引くつかせ、腰を抜かして転がった。多分まだ初陣も終えていない新人だろう。


「こっ、これと戦えなんて言うんですか!?」


 その転がった少年は雄二に向かって怒鳴る。


「いや、今日はブラッドバーストについて教授しようと思ってね。生嶋」


 緑の髪をした女――朝奏真たちに声をかけてきた陽子が一歩前に出る。


「ブラッドアームズを起動しろ」


「りょーかい――『血装:緑華ろっか』」


 陽子が胸から剣を抜く。それは彼女の身の丈ほどもある緑の両刃の大剣だった。


 雄二が下がると、陽子は緑華を振るい風の斬撃を飛ばした。ばきん、と音がして檻の鉄格子がバラバラに外れ、中からグールロードが這い出して来る。


 一度は倒したとはいえ、奏真は息を飲んで後ずさった。


「この程度の相手、ブラッドバーストなんて使うまでもないんだけど」


 何度も繰り出されるグールロードの爪の刺突をステップで紙一重で避けていくようこの動きを見て、奏真は思わず息を漏らした。


 あれは、ギリギリで回避が間に合っているから紙一重に見える、というものではない。最低限の無駄のない動きで、紙一重になるように躱しているのだ。


 戦いを見守るダンピールの中から声が上がる。


「そう言わず、さっさと見せてあげなよ」


 秋良だ。相変わらず眠そうな顔をしているが、声には張りがある。


「わかったよ。――っ!」


 片手でぶん、と緑華を薙ぐと、グールロードが飛び退いた。が、同時に剣が伸び、グールロードの腹を裂いた。


「伸びた!」


 ダンピールの誰かが叫んだ。


 奏真は今まで見てきたファンタジー小説や実況動画の記憶を手繰り寄せ、あの武器がなんなのかを同定する。


「蛇腹剣か……?」


 奏真の発言に、周りが静まった。代わりに雄二が口を開く。


「そうだ。生嶋のブラッドバーストは大剣を蛇腹状に変え、攻撃範囲を広げる効果を持つ」


 そういえば奏真の剣も、ブラッドバーストとやらをしたら紫色に発光し、チェーンソーに姿を変えた。


「ブラッドバーストは武器の形状を変える……?」


 奏真が雄二に問うと、彼は頷いた。


「そうだな。どんな形になるのかは個人によって変わる。刺激を受けたもの、トラウマ、感動したもの、些細なこと――なにがきっかけになるかはわからん」


「そうなんですか?」


「ああ。それに、武器の形状が変わらないケースもある」


 そういえば、奏真にもチェーンソーに関する記憶が一つある。


 あれは孤児院でのことだ。園長先生が邪魔な木を切り倒すとき、ぶおんぶおんと唸りを上げるチェーンソーを使っていた。


 ゲームプレイ動画でしか聞いたことのないような轟音に、派手に飛び散る木くず、獰猛に回転するチェーンソーの刃に魅せられ、興奮したのを覚えている。


 だがそんなこと、今の今まで忘れていた。


 そんな些細なことが、魂の結晶である武器を変えるというのか。


 だが、わからないでもないな、とも思う。


 人間は繊細な生き物だ。些細な出来事、何気ない小さな一言が人生を決定することもままある。


 そんなさり気ない出来事に左右されるというのだから、血装がその影響を受けるのは無理もないことなのかもしれない。


 陽子は危なげなくグールロードと渡り合っていた。鞭のようにしなる大剣を振るい、グールロードと中距離を維持して戦っている。


 だがそのとき、グールロードが怯えた目をしている新人を見、陽子から視線を外しそちらに飛び掛かった。


「避けろ!」


 雄二が叫ぶ。同時に奏真たちは海を割る波のように左右に跳んでグールロードの突撃を避けた。が、新人は腰を抜かしてしまって動けない。


 あのままでは当たる――誰もがそう思った。


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