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「二〇二六年夏、ヨーロッパ地方に突如として正体不明の怪物が出現した。人畜に吸血行為を行うこの怪物は、軍隊の出動で一時的に鎮圧を図ることができた」
動画が流れており、自動小銃や戦車が火を噴き、ヴァンパイアと戦っている様子を見せている。
「しかし同年冬、再び怪物の襲撃が発生した。今度は規模も戦力も桁違いだった。ヨーロッパは瞬く間に蹂躙されてしまった」
知っている内容だ。奏真はそれでも真面目に聞く。根が基本的にそういう生真面目なところがあるというのも少なからずある。
「僅かな生き残りがどうにか息づくだけの不毛な土地に変じてしまった。そしてこの頃、インターネット上で怪物をヴァンパイアと呼ぶようになり、その呼称が一般化した」
この辺りの話は学校の歴史でも習うので、奏真も知っている。だがいつ知らない話題になるかわからないので、真面目に耳を傾ける。
「翌年春にはアジア、ロシア……海を渡ったヴァンパイアはそのままアメリカ大陸、オーストラリアを強襲した」
ヴァンパイアの怒涛の快進撃だ。人類はなすすべなく負け続けた。
「通常兵器が全く効かないこの未曽有の怪物に、世界は混乱。同年夏には国連が崩壊してしまった。しかし」
画面が切り替わる。ビルが映し出された。手前の看板には『姫宮堂』とある。
「関東に本拠を置く製薬会社姫宮堂が極秘裏にヴァンパイアの血を希釈し、人体に投与する技術を確立させた」
ヴァンパイアの血のコントロール。血盟騎士団の前身となる組織の革新技術である。
「極秘裏に組織されたこの半ヴァンパイア部隊の活躍で、日本はヴァンパイアに対し比較的緩やかな戦況になったのだ」
「極秘裏?」
奏真は思わず声を上げる。
「教室で話すときは挙手をしろ!」
厳しい叱責が飛び、周りから失笑が漏れる。
「すみません。では」
奏真が手を上げると、由里子は「獅童」、と一言言って、意見を許可した。
「なぜヴァンパイアに対抗できる組織を極秘裏に組織したんですか? もっと早くこの技術を開陳していれば、世界はもっと昔の平和な状態を保てたんじゃないですか?」
「もっともな質問だ。だがな、獅童。世界というものは複雑にできている。信じられないことかもしれないが……」
由里子は一つ息をつく。奏真も続きを待ち、息を飲む。
「二〇二七年の段階では人体実験を行ったというだけで世界中から粛清を受けるような時代だったんだ。だから姫宮堂は半ヴァンパイア部隊の存在を隠した」
今の時代、人体実験など珍しくもない。志願すれば大金が転がり込むため、仕事を持たない外部居住区の人間や、スラムの者はその話に飛びつく。
ブラッドアームズ適合試験も一種の人体実験といえるだろう。
だが、昔はそんなことがありえないといえるほど平和だった。
「二〇三四年、春。世界各地は迫るヴァンパイアに事実上敗北した。世界中の各地域が都市単位で物理的な防壁を築き、自立防御の構えを取ったのだ」
人類の敗北。こんな事態、果たして誰が想像できただろうか。
「知っているだろう、ヴァンパイアは特定の高周波音を嫌う。だから防壁にも特殊な音響装置が埋め込まれているのだな」
その音響装置のお陰で、人類はなんとか穴熊を決め込むことができているのだろうな、とも思う。それがなければ、今頃人類は滅んでいる。
音響装置があってもなおときどきヴァンパイアによる襲撃が起こるのだから、それを考えればこれも完璧な対抗策とは言い難い。
「で、日本もその例にもれず、半ヴァンパイア部隊を運用しながら都市を閉鎖した」
由里子が続ける。
「日本が世界に比べて、単一の国でありながら多くの都市を持つのは、ひとえに半ヴァンパイア部隊があったからだろうな」
それだけダンピールという存在は大きいのだ。
「この東海支部にも姫宮堂の支社があり、半ヴァンパイア部隊を運用していた。だから広い範囲を都市として確立することができた。ここは昔、豊橋と呼ばれる都市だった」
未知と既知が入り混じる歴史に、奏真は耳を傾け続けた。
「そして二〇三五年、文明社会が崩壊。姫宮堂は生き残りのネットワークを組織し直し血盟騎士団を発足」
画面が切り替わる。あの穴の開いた十字架のマークが表示された。
「世界各地に支部を設置し、半ヴァンパイア部隊ダンピールの編成を開始したわけだな。ダンピールチルドレンの最高齢は十六歳といわれている」
しかしそれも、例外があった。
「だが日本に限ってはそうではないことがこれでわかるな」
二〇三五年といえば、奏真が生まれた年だ。自分が生まれた年にダンピールが、世間的に認知されるようになったわけだ。
なんとなく不思議だなと思う。
しかしその疑問はすぐに消えた。次から次へと授業が進んだからだ。
「ヴァンパイアは我々の土地を蹂躙し、物理的に環境を書き換えた」
電子ボードの情報が変わる。
雪が降る氷の海やマグマが流れる活火山、水浸しの地下都市、巨大化した緑に覆われた廃工場などが映し出される。
「東海地方に、こんな光景は元々なかった。火山なんてありえない。この辺りにそうした地脈があったかどうかは定かではないが……」
あったのだろうか。地質学者でもない奏真にはこれっぽっちもわからない内容だ。
「ヴァンパイアが地殻を刺激し、活火山を形成したと考えるのが自然だ。氷海に関しては思いっきり謎だな。何故あそこだけが局地的な凍土と化したのか、まったくわかっていない」
理由もわからない不可解な現象。これもまた、ヴァンパイアの仕業なのだという。
「廃工場に関しても謎だ。なぜここまで植物が巨大化するのか皆目見当がつかん。さて、」
誰か、名も知らぬダンピールが挙手した。
「なんだ?」
「あ、いや、なんで地下都市を流したのかなって。……一見、綺麗ですし」
(綺麗……?)
言われてみて、改めて地下都市を見る。綺麗かどうかはさておき、幻想的である、というのは少し思った。
昔の理不尽系ダンジョン探索RPGのワンステージのような雰囲気がある。ヴァンパイアが掘ったのか、中には洞窟もあったりする。少年じみた冒険心が少し刺激される。
「綺麗、か。確かに、まったく汚いとは言えんだろうな。だがその美には、死の危険が纏わりついていることを忘れるな」
そのダンピールが頷く。
「外に出られるのは諸君らの特権だが、風景に気を取られていて戦死していたのでは笑い話にもならんぞ」
由里子はそのままきびきびと、終業の鐘が鳴るまで授業を続けた。≈
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