2‐2

「私たちは人類を守る戦士であると同時に、命を刈り取る死神でもあるの。だからみんな、喪服のような黒い服を着るようになって、いつしかそれが『ルール』となった」


「俺たちの方が、地球にとっては害悪なのかな」


「わからないわ。そんなこと。けどたとえ創造主とやらが『お前らの時代は終わった』と言ってきても、私は武器を下ろさないわ」


「どうして?」


「これまで、この星では多くの命が消費されてきた。戦争や事故、天災なんかで。そしてヴァンパイアの手によって、多くの一般人や戦友が死んだ」


「………………」


 瑠奈の口から出た戦友、という言葉にどこか引っ掛かりを覚える。だがそれを言語化するのが難しく、奏真は口を開かなかった。


「沢山の人がそうした命の上に成り立っている。そうした有象無象の『意思』を、私は無駄にしたくない。だから、最後の最後まで抗う」


 瑠奈は真面目に、そう言った。


「無駄と言われようが、馬鹿だと言われようが、私は退かない。この腕がどれだけ血に汚れようとも、私は止まらない」


「俺はまだ、そこまで深く考えたことはない……ただ、なにかを失いたくないって気持ちはわかる」


「すぐに見つけろ、とは言わないわ。こういうことは、戦いや日常の中で学び取っていくことだから」


 言っているうちに、食堂についた。


 スライドドアを開くと、胃を刺激する香りが鼻に届いた。奏真は思わず腹がぎゅるぎゅる鳴りそうになるのを我慢した。


「あ、あれ……肉か!?」


「そうよ」


 カウンターに並べられた料理は、いずれも同じメニューだった。けれど、孤児院時代には食べられない豪勢なものが並んでいて、ご馳走にしか見えない。


 瑠奈はカウンターから皿を取って、脇の箱から小さな袋を抜いた。


「早く」


「あ、ああ」


 奏真も皿を取った。目玉焼きが二枚に、ぶ厚いベーコンのステーキ。焼き立てのトースト。


 脇には『お好みで』と書かれた箱があり、その中にはジャム類が入っていた。


 ブルーベリーにイチゴ、ピーナッツバターとあって、奏真はイチゴジャムを手に取った。


「凄いな……こんなご馳走……」


「そう? 普通だけど」


 対面に座った瑠奈はピーナッツバターをパンに塗り、早速一口、リスという動画で見た動物のように齧っていた。


 奏真もイチゴジャムを塗り、パンを頬張る。甘みと酸味、小麦の風味が口の中を駆け回る。


「美味い……」


 いつもは食べられる消しゴム、というようなロクでもない配給食だったので、胃がびっくりしている。


 ナイフとフォークを手に、ベーコンを切り分ける。脂がこぼれ、肉の甘い香りがふんわりと広がる。


 口に入れると、塩と胡椒が利いた弾力のある塊を楽しんだ。肉なんて、もしかしたら初めて食べたかもしれない。


 初めてじゃないにしろ、記憶にないくらい昔に食べたものだ。少なくともここ十年、肉なんて食べてない。


 ベーコンを平らげた瑠奈がナプキンで口を拭い、


「これからの予定だけど」


「ああ、うん」


「基礎座学と基礎体力強化訓練があるわ。八時半から九時半までが一限目、十分の休憩を挟んで九時四十分から十時四十分までが二限目」


 瑠奈は続ける。


「また十分挟んで十時五十分から十一時五十分までが三限目。その後、午後一時まで休憩。その後任務よ。これが私たちヘルシングの生活になるわね」


「午前中がお勉強、午後が仕事……ね」


「ええ。まあ場合によってはこれも変わってくることになるし、任務が優先順位第一位だから緊急で仕事が入ったりもするけど」


「何事も仕事第一なんだな」


「ええ、じゃなきゃダンピールになった意味がないでしょう?」


「確かに」


 会話が途切れ、互いに食事に戻る。


「やあ、ヘルシング」


 後ろから声をかけられたと思ったら、奏真の隣に三つ揃えのスーツを着た青髪の青年が座った。その対面、瑠奈の隣に緑色の髪をした女が腰を下ろす。


 二人とも食事は終えているようであり、食器は持ってない。


「なんの用、第十三分遣隊」


 硬く焼けた黄身を口に運びながら、瑠奈が問う。その口ぶりから、この二人のことを全く知らないという様子ではない。


「いや、期待の新人が入ったっていうから挨拶をしようと思ってね」


 青年は奏真に右手を差し出す。


「僕は芳崎秋良よしざきあきら。あっちは生嶋陽子いくしまようこ。よろしく」


「あ、ああ、よろしく」


 握手を交わすと、秋良は垂れ目がちの眠そうな顔に笑顔を浮かべた。


「これから基礎座学だね?」


「ああ、うん」


「難しく考えなくていいよ。義務教育は終わっているんだろう?」


 小学校中学校は出ているのか、ということだ。奏真は頷く。


「なら問題ない。ダンピールの座学は一年で終わる。けれどそれを毎年毎年繰り返すんだ。僕は十二歳のときに第二世代ダンピールのブラッドアームズに適合したんだけど……」


 眠いのか、秋良は垂れ目を擦りながら、


「それから授業の内容はあんまり変化がない。基礎基本を何度も繰り返す。だから授業中によそ事をしてても怒られることはないよ」


「割といい加減だな……」


「まあでも初めてだったり新しい情報があるときはしっかり聞いておくといいよ。細かい情報が戦場での命の有無を決めるからね」


「ま、それは飽くまでも座学での話だけどね」


 陽子が会話に入ってきた。


「どういうことだよ?」


「基礎体力強化訓練はつらいってことだよ、奏真」


「……? いや、ちょっと待て。俺、名乗ってないぞ。なんで知ってる」


「自覚ないの? あんたたち有名人よ。特に奏真、あんたはね」


「始祖だからか?」


「それもあるけど、初陣でいきなりソウルアーツを出したり、ブラッドバーストをしたり、有名になる条件は揃ってるじゃないか」


「そのブラッドバーストってなんだ?」


「授業でやるわよ。そう気にしなくてもいいわ」


 陽子はそう言って、席を立った。秋良もそれに続く。


「じゃ、またあとで会おうか」


 二人は颯爽とした足取りで食堂を出ていった。


「なんだったんだ、あいつら」


「第十三分遣隊。秋良は十九歳で七年、陽子は二十四歳で十年のキャリアを持つ。私よりも強いわ」


「第二世代、とか言ってたけど、あれは?」


「その内わかるわ」


「ふぅん」


 と、そこで一限目十分前を告げる予鈴が鳴った。


 奏真は急いで残りをかき込み、瑠奈に続いて訓練区画の地下四階へ向かった。

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