狼煙

2‐1

 ピピッ、ピピッ、ピピッという電子音で目が覚めた。


 テレビの脇に置かれた時計は朝七時と表示されていた。


「起きた?」


 白いキャミソールに白いスカートという出で立ちの瑠奈に見下ろされ、奏真は寝ぼけ眼を擦った。彼女は手に洗面用具を詰めた洗面器と着替えの黒いドレス類を持っている。


「ああ、おはよう」


「おはよう。まずは洗面とシャワー。あなた、ひげ剃るの? 伸ばすの?」


「は?」


「無精ひげ、生えてるわよ」


 顎と口を撫でると、ちくちくした。確かに生えている。ここ最近色々あって剃る暇がなかったから、生えてきてしまったのだろう。


「剃るよ」


「ジェルはシャワールームにあるから、ひげ剃りとその他洗面道具を持ってきて」


「どこにあるんだ?」


「クローゼットの奥の方に入ってると思うわ。あと、着替えもね。今日から通信機とスマートスーツとCLDも装着してもらうわよ」


「着替え……通信機はわかるけど、スマートスーツにCLDってなんだ?」


「スマートスーツはあの、黒っぽい艶のあるボディスーツのこと。内側にペーパーコンピューターとホログラフィックメモリが搭載されていて、あなたのバイタルを逐次記録している」


「監視されるのか……」


「些細なデータが戦場での生存率を上げることもある。次に、CLDだけど、これは『コンタクトレンズディスプレイ』という意味」


「コンタクトレンズ……ディスプレイ?」


「カメラのような役割を持っていてあなたの視覚情報を常にモニタリングしている。セットの接着薬という目薬をしてからつけてね」


「どうして?」


「暴れてる最中にCLDが外れることがあるから、接着薬でCLDを眼球にくっつけるの。外すときは専用の脱薬という目薬を使えば、接着薬が外れるわ」


「へえ……けど、コンタクトレンズなんかに情報を記録する機能なんてあるのか?」


「そこで出てくるのがペーパーコンピューターよ。人体の塩分を伝導し、CLDからの視覚情報を常に演算、ホログラフィックメモリに記録する」


「なんか、SF小説の世界だ」


「スマートスーツはナノマシンが充填されているから、破損しても自己修復するわ。多少乱暴に扱っても大丈夫。さ、着替えを持って」


「わかった」


 着替え室に入り、言われた通りクローゼットの奥から洗面用具と着替え一式を持ってくる。


「ついてきて」


 瑠奈に続いて部屋を出ると、シャワールームに向かった。男、女と別れて暖簾がかけられていて、微かにお湯と、石鹸の匂いがする。


「じゃあ、シャワーを浴びてきて。あんまりのんびりしてるとご飯を食べる時間が無くなるから注意してね」


「ああ」


 暖簾をくぐって脱衣所に入る。ジャージと下着を脱ぎ、体を擦るためのボディタオルを手にシャワールームに足を入れた。


 一人一つずつに区切られたシャワールームの一つに陣取り、蛇口を捻る。最初は冷たかったがすぐに熱い湯が出て来る。


 孤児院のシャワーとは比べ物にならないしっかりした水圧のシャワーは痛いくらいで、熱いお湯が全身を駆け巡っていくのは心地が良かった。


 姿見に映る自分がリラックスした顔になっているのを見て、苦笑した。命を懸ける仕事をしているというのに、シャワー程度で満足するとはいかに安上がりな人間か。


 もっとも、仕事なんてまだ一回、初陣を終えただけだが。


 甘い香りがするシャンプーで頭を洗い、石鹸で泡立てたボディタオルで全身を擦る。柔らかめの生地なので強く擦っても痛くない。ありがたいことだった。


 シャワーから上がり、脱衣所で着替える。


 スマートスーツは、ペーパーコンピューターを兼ねているとのことだったが、確かによく内側を見てみると電子基板のような模様が走っていて、所々電極のようなものもある。


 なるほど確かにコンピューターといえなくもなかった。


 肌にぴったり張り付く生地で、電極のようなものが吸着する感触は気持ち悪いが、慣れるしかない。


 上下をスマートスーツで包むと、下着はいらなかった。その上からズボンを穿き、ベルトを締めてワイシャツを着る。ボタンを絞めて裾をズボンに入れ、ネクタイを締める。


 グレーのベストとジャケットに袖を通した。


 しかし、どうしてこんな喪服のようなものを着るのだろうか。


 周りで着替えている者も燕尾服や三つ揃えだったりと種類は違うがいずれも黒く、葬式に赴くような恰好だった。


 まあいいや、それも瑠奈が教えてくれる――と思い、ひげを剃る。ジェルを塗って五枚刃のひげ剃りを肌に滑らせる。


 水でジェルを洗い落とし、指で顎と上唇を撫でる。ちくりとした感触はない。


 続いて接着薬という目薬を眼球に垂らし、一見普通のハードコンタクトレンズにしか見えないCLDを嵌める。


 慣れず、目に違和感があったが、我慢した。耐えられないというほどではない。


 続いて、紡錘形の通信機を右耳に装着した。


 それほど大きなものではない。邪魔にもならない。スピーカー、マイクを兼ね備えているが充分小型だ。


 おまけにはめていても外部からの音はしっかり聞こえる。聴覚を補助する機能もあるのかもしれない。


 多少頭を振ったり跳んだりしてみたが、無線機がずれたりするということはなかった。


 道具を片づけて、汚れ物も持って外に出た。


「七時半……余裕はまだあるわね」


 携帯で時間を見ていた瑠奈はそういうと、自室に向かって歩き出した。いつものドレス姿だった。


 多分、荷物を置きに行くのだろう。


 奏真と瑠奈は自室で洗面用具をしまい、汚れ物を籠に入れると再び部屋から出た。


「次は食堂」


 事務的に告げて、歩き出す瑠奈に、奏真はさっきの疑問をぶつけてみた。


「なあ、俺たちってなんでみんな黒い服を着てるんだ? 葬式みたいだ」


「実際毎日葬式をしているようなものじゃない」


「滅葬のことか?」


「そうよ。ヴァンパイアは敵性生命体……とはいえ、それは人類にとって都合が悪いから人類がそう決めつけているだけなの」


「確かに……そうだな」


 少しその言葉に違和感を感じたが、頷いた。


「彼らもれっきとした生き物で、命を持ってる。もしかしたら次世代の地球の支配者なのかもしれない」


「………………」


 人間中心に考えるなら、ヴァンパイアは『悪』だろう。けれど大局的に、客観的に見るならヴァンパイアは間違った存在ではないのかもしれない。


 かつては恐竜と呼ばれる存在が地球を支配していたように、違う種が支配者として台頭してきたと考えるのもわかる気がする。


 もっともそれは、すぐにかき消えてしまう。奏真には、大局的に考えたところで許せないことが一つ、どうしてもあるのだ。

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