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 東海支部東区普通科高校二年B組出席番号十二番。


 身長百七十二センチ、体重六十三キロ。十六歳。今年の八月二十七日で十七歳になる。


 獅童奏真は、そんなごく平凡で、なんの変哲もないどこにでもいる普通の高校生だった。


 十数年前、四歳のときに両親を失い孤児院に引き取られたというデリケートな過去を持つがそれを除けばそこらの人間となんら遜色のない普通の人だった。


 だから新学期を迎えた身体測定にも、ごく普通に参加した。


 学校や企業で毎年行われる一連の身体測定にはダンピールへの適性を見極めるという側面もあり、生徒たちは意気揚々と血液検査に挑んでいた。


 まあ、わからないでもない。


 ダンピールになれば、生活は激変する。


 配給制で貰えるクソ不味い食事から解放され任務に成功すれば多額の報奨金が支払われる。


 それで家族を良い生活に導くことも不可能ではない。


 奏真は特に、そんな野心もなく血液検査に挑んだ。血を採取される針の痛みに耐え、そうして全ての検査を終えた。


 昼休みになり、奏真は友人たちと席を合わせ、昼食を食べていた。といっても、ロクなものではない。配給食はパサパサぼそぼそしたクッキーとパンの間のような食感で、味らしい味もない。


 一応一日に必要な栄養素を含んでいるとのことだが、こんな味気のないものなど毎日毎日食べたくない。栄養が偏っていようが、ハンバーガーとか、ああいうものが食べたい。


「おい、なんだあいつら」


 級友の一人が教室に入ってきた男たちを指さす。奏真もつられてそちらに目を向ける。


 黒服を着た男たちだ。背中には銀色の金具で十字架をあしらったマークを背負っている。


 なんだろうか。


 男たちは奏真の前に現れて、名刺を差し出した。


「君が獅童奏真くんだね? 我々は血盟騎士団の者だ」


 名刺にはただ一言、飾り気もない文体で血盟騎士団とだけ書かれている。


「あの……」


「喜びたまえ、君はダンピールになれる」


 教室にざわめきが生まれた。


「え……」


「来たまえ。これから、血盟騎士団支部に向かう」


「これから? 学校は……」


「先生方には既に許可を頂いている。心配はいらない。さあ」


 有無を言わせぬ気迫があった。


 奏真にも、血盟騎士団についてある程度の知識は持っている。


 ダンピールになった者は、強制的に血盟騎士団の管轄下になる、ということ。そしてダンピールの適性が見つかった場合、そこに拒否権など存在しないということ。


 都市で安全に暮らしている一般人は意識が薄いが、一歩壁の外に出たらそこに広がるのは荒廃した大地と、そこに闊歩する怪物の巣窟だ。か弱い人間が出ようものなら一日と持たない。


 学校から出ると、陽光が照りつけた。しかし、空をじかに見ることはできない。


 超強化特殊透明装甲とかいう、ガラスだかアクリルだかポリカーボネートだかよくわからない素材で作られたドームが都市を覆っているからだ。


 ヴァンパイアの中には空を飛ぶ個体もいるため、壁だけ作って終わり、では都市を守り切ることはできない。


「さ、こっちだ」


 校門の前に停まる黒いセダンの後部座席に入れられる。車はゆっくりと発車した。


「あの……これからなにをするんですか?」


「施設でブラッドアームズの移植を行う。適合試験だな。だが君の場合、少し違う」


「それってどういう……」


「君は始祖、という存在を知っているかね」


「いえ」


 奏真は特にSNSやインターネットに興味を持たない。そもそも携帯端末など高く、火の車で操業している孤児院ではそんなもの用意することもできない。


 孤児院には全員で使い回す共用のオンボロパソコンが何台かあるだけだ。


 それにしたって奏真が見るのは主に小説投稿サイトや旧時代の動画をストックしてあるサイトばかりで、そもそも自分がダンピールになる可能性など考えたこともなかった。


 だから歴史の授業で習う程度の一般的な知識しか頭に入っていない。


「始祖とは、今から十三年前に初めて討伐された特殊なヴァンパイアのことだ」


「特殊……」


「そう、特殊。ほかのヴァンパイアが雑魚に思えるほど強く、討伐は極めて困難だ。ダンピールは基本的にツーマンセルで動くが、始祖討伐の際には八人で挑んだ」


「四倍の数で挑んだんですか?」


「そうだ。最初の始祖は二〇三九年、アメリカで討伐された第六位始祖『輝石のガース』。その来年、今から十二年前にフランスで第四位始祖『炎刃のフーラ』」


 そんなことになっていたとは、これっぽっちも知らなかった。奏真は話に耳を傾け、これから行うであろうその特殊ななにかに備える。


「そしてその二年後、今から十年前に中国で討伐されたのが第七位始祖『紫電のハンク』だ」


「第六位に、第四位、第七位……複数体いるんですか?」


「ああ、全部で十三体いる、とされているな。彼らは通常赤い目を持つはずのヴァンパイアでありながら、蒼い目を持つという」


 蒼い目。


(あいつが……)


「どうかしたかね」


 気づくと、自分は両拳を固く握っていた。震えていて、白く変色している。相当力んでいるらしいというのは、自分でも驚くほど間を置いてから気づいた。


「あ、いえ……ダンピールになるんだな、って思ったら緊張して……」


「そうか。だがさっきも言ったが、君がなるのはただのダンピールではないんだ」


「……まさか、始祖のブラッドアームズを?」


「勘が良いな。その通りだ」


 車が停車した。降りるように促されたので外に出る。そこは白くて巨大な高層ビルだった。


 選ばれた貢献者のみが暮らせる血盟騎士団の城。


 内部に入ると、エレベーターで地下――ジオフロントに通された。ここは血盟騎士団の高位職員とダンピールのみが生活を行う空間だと、黒服に教えられた。


 いくつか辻を曲がり「この先は一人で」と言われて、黒服は去った。目の前の重い鉄門扉が自動的に開く。上部には、訓練室、というプレート。


「入りたまえ」


 そこは天井が高く、床も壁も特殊な合金で出来ているのか頑丈そうな作りだった。所々傷が入っていたり、へこんだりしている。


 研究室から見下ろせる作りになっているのか、天井付近には透明の装甲に覆われた見学室が確認できた。


 そこにマイクを持つ男と、付き添うように白衣を着た何人かの研究員を確認できる。


「はじめまして、獅童奏真くん。私は権蔵寺隆一ごんぞうじりゅういち。この支部を預かる最高責任者だ。さて、」


 部屋の中央には解剖台、と言われた方がしっくりくるようなベッドが置いてあった。


「君には今、選択肢がある。話に聞いていたとは思うが、君はこれから始祖のブラッドアームズを受け入れることになる。だがこの適合試験は非常に合格率の低い危険な賭けでもある」


 ベッドの隣には機械のアームがあって、その先端には注射器が固定されている。アンプルの中はどす黒い液体で満たされていた。あれが始祖の血だろうか。


 ブラッドアームズは、ヴァンパイアの血を希釈し、人体への投与用に調整したものが用いられる。希釈してもなおこれほど黒いとは、少し驚きだった。


「始祖適合者には特別に拒否権がある」


 驚きに、喉が凍り付いて言葉に詰まった。


「そ、それって……じゃあ、普通の生活に戻れる……?」


「そうだ。だが君がこの試験を受けるというなら、結果の可否に問わず孤児院への多額の資金援助を約束しよう」


「……!」


 孤児院のみんなの顔が浮かぶ。幼い子、歳の近い子、自立していった卒業生――先生。


 自分が一歩前に出れば、全員が助かるというのか。


 逆らい難い申し出だった。


「拒否するというのなら、早々に去るといい。受けるというのなら、そこのベッドで横になるんだ」


 誘惑はあった。死ぬかもしれない試験に挑むより、普通の生活を送る方がいい。仮に試験に成功しても、その後待っているのは危険な任務だ。


 けれど、自分が戦う選択肢を取れば、孤児院だけでなく多くの命を救える。自分のように両親を失って寂しい思いをする者も減るだろう。


 自分は、どうすべきか。


 十秒、三十秒、一分、五分と悩んで。


「やります」


 奏真は決意した。


 必ずしも善意からではない。少なからぬ私怨もあった。


「よろしい。ではベッドに。ああ、靴は履いたままでかまわない。制服を脱いで、右腕を出しなさい」


 言われた通り上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をめくる。ベッドで横になると、機械のアームが右腕に注射器を突き刺した。


 ちくっとした痛みと同時に、ピストンが押され、始祖の血が体内に入り込む。


「ぐっ……ぁああああああああああっ!」


 凄まじい熱が脳天からつま先までを駆け抜けた。続いて血が滲むように冷気が染みわたっていき、あまりの激痛に奏真はベッドから飛び起きた。


「ぁぁぁぁああああああっ!」


 床に転がり、何度も何度も拳を打ち下ろす。それだけで冗談のように合金製の床がへこんでいき、しかし奏真の拳には痣一つできない。


 血が暴れている。


 自分の血と、始祖の血が争っている。


「ぅぅぅぅぅぅうううっ……」


 蹲り、髪を掻き毟る。


「失敗か……?」


 切ることも忘れたのか、マイクは起動しているようで、スピーカーから声が聞こえた。


 失敗。


(俺、死ぬのか?)


「いえ、支部長。彼の目を」


 カメラのようなものでもあるのか、女の声がそんなことを言う。


「紫に変じている……赤くない。適合したようだな」


 支部長のそんな言葉を最後に、奏真の意識はぷっつりと途切れた。

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