第26話 相棒

「〈庭場啓開〉」


 羅剛が〈庭場〉を啓開。その印相は来迎印。本来は極楽浄土に迎え入れる阿弥陀如来の印相である。それを溟人が使うとはなんとも冒涜的で、暁人は嫌悪をはっきり顔に出した。

 異界が広がり、空間が塗り替わる。

 ブロックノイズのようなものが駆け抜け、暁人と焜はそれぞれ術式を発動して警戒する。


 顕になったのは髑髏が積み重なる血の河。極楽浄土というにはあまりにも陰惨的で、暴力的なものだった。

 濃い鉄の匂い——血の匂いが、暁人を鈍らせる。口元を龍殻で覆ってマスクのようにし、龍気を満たしたキャニスターを生成。なんとか臭気を和らげ、龍虎奏撃の構えを取る。

 焜は〈赤狼〉を三体召喚し、龍骸刀を抜いて構えた。


 血の河を、その流れを操るのは羅剛。奴は河の流れに乗って移動し、穢れと一体化した龍殻を振るう。焜の〈赤狼〉が二体突っ込み、起爆。血が蒸発、赤い霧が生じる。

 それを突っ切って羅剛が肉薄し、焜の龍骸刀と穢れ龍殻剣が激突した。火花が散り、二度、三度と剣戟が繰り広げられる。

 焜は毛針硬化の術で鈍器化した尾を薙ぎ払い、羅剛を打擲ちょうちゃく。だが相手は穢れの瘴気壁でそれを防ぎきり、激しい衝突音が〈庭場〉に響いた。


 暁人は八岐段平を八岐蛇腹剣に変え、蛇のように唸らせる。羅剛から見て左斜め上から迫るそれを彼は視認。直後、倒れていた髑髏が立ち上がって骨の盾になってそれを防いだ。骨が砕け散り、暁人は舌打ち。

〈庭場〉内の器物に妖力を流し、操っている。〈庭場〉そのものには何の術式効果もない。それは全ての〈庭場〉に共通することだ。〈庭場〉には脳に相当するものがないのだから、術など運用できるはずがない。だがそこに内在するものは、術者と親和性の高いものに決まっている。制御も起動も、容易だ。


「〈餓者纏い〉」


 羅剛が髑髏を纏った。骨の鎧を全身に纏い、穢れで赤黒く脈打つものを纏わせていく。

 恐らくは〈庭場〉とセットで使うものだろう。奴が本気になった証。


「俺の真名は"餓者髑髏がしゃどくろ"。渇き餓え、悶え苦しむ溟人だ!」


 一等級以上の溟人は、妖怪を冠する真名を自覚する。そこに己の本質を見出し、完成した溟人となるのだ。


「〈八岐龍血纏やまたりゅうけつまとい・くろ〉」


 暁人は逆境の中で、自覚。心臓にまとわりつくヤマタノオロチの、その親和性を。

 千年以上孤独を抱きしめ、己のみをよりどころにその魂を脈打たせてきた、ただ独り闇の中を泳いでいた龍神。


「もう一人じゃない。迎えにきたぞ」


 拒絶でも、屈服でも、まして崇拝でもない。

 暁人はその神に、寄り添う。


 次の瞬間、暁人の全身を青黒い龍殻が覆う。頭部が龍と人を混ぜた造形の、生物として完成されたものになった。四つの目と額に五つ目の瞳、色はいずれも五行に適応したそれ。

 腕は四本、足は二本龍の逆関節。頭部には八つの角。腰からは二本の尾が踊り、背中には金色、青色、緑色、赤色、土色、白色、黒色、そして透明の八つの珠が連なる法陣。


「ほう、ヤマタノオロチ——! 最高の状態で貴殿と見えられて光栄だ! 龍に挑むは、戦士の誉れ!」

「あれが……龍。ヤマタノオロチ……」


 焜は自分だけ——と思った。だからこそ、だからこそ——。


「現身解放ッ! 〈飯綱操術いづなそうじゅつ術式制限解放オーヴァ・リミット——〈赤狼群〉、オン・キリカク・ソワカ!〉」


 焜は人の身を脱ぎ捨て、四十キロ級の大型犬並みの狐の姿になり、龍骸刀を咥える。


 三者が一二〇パーセントの潜在能力を解放。

 今宵——ここに、舞闘夜会ワヰルドハントが開幕。


 髑髏が、ワニの形を取った。暁人に迫るそれを〈赤狼〉五頭が食らいつき、爆散させる。


「骨の式神は気にするな! 本体を叩け!」

「頼むぜ相棒!」


 次々迫る骨の怪物を、焜が祓葬。


(俺の術式はこれか。骨の操作、〈髑髏傀儡どくろくぐつ〉とでも言うべき——それに加え、龍の鼓動。ヤマタノオロチを狩り、空亡様に認めていただく! 俺こそがあの方の隣に相応しいのだ!)


 暁人が羅剛に肉薄。拳が、空気の膜を破る破裂音がした。右の二本の腕が空を切り、衝撃波が背後の骨の山を爆散させる。

 羅剛はあり得ないような反射神経で、本能的に仰け反って右のパンチを回避していた。衝撃波が吹き抜け、左の二連打レバーブローを右肘で防ぐ。


「〈龍殻焦熱りゅうかくしょうねつの術〉!」


 暁人の左腕の二本ともが赤龍の頭部に変形。爆熱のブレスが吐き出される。羅剛は瘴気の壁でそれを防ぐが、肌を焼く龍の火炎が、骨の装甲をどんどん赤熱化。すでに焼き払われたあとの骨が、龍の馬鹿げた火炎で溶け、剥がれる。


「〈龍殻荒嵐りゅうかくこうらんの術・穢れ〉!」


 穢れの刃を混ぜた嵐が吹き荒れた。だが木属性である。火を冗長するだけ——だが、狙いのうち。

 溶け切った溶鉄めいた骨を飛ばし、暁人を攻撃。龍殻に通った神経が熱暴走。暁人の法陣が回転し、水属性に切り替わった。


「すぐに適応……凄まじいな。だが、青いッ!」


 背後から骨の龍が迫る。


「他人を信用しすぎているのだ、貴様ら陰陽師は! 俺たちは、戦士は、闘士は——いつだって、独りで戦うべきなんだよ!」

「信用でも、信頼でもねえよ。


 骨龍に〈赤狼〉の群れが飛びつき、爆散させる。だが、仕込んでいた骨の槍が喉奥から競り上がり、付与した青龍の風圧で射出される。


「それが、敗因だ」

「違う、勝因だ。お前の敗因は、仲間を見捨てて捨て駒にしたことだ」


 焜が龍骸刀で骨の槍を切り飛ばし、羅剛に〈赤狼〉を差し向ける。


「虱集りの狐畜生が! 男の決闘に差し出口を挟むんじゃねえ!」


 暴風が〈赤狼〉の爆圧を相殺。暁人の法陣が回転し、金の珠が頂点に来る。


「ガチのキンタマじゃん」

「黙ってろ、焜。気が散る」

「リラックスさせてあげてんでしょ。どう、具合は」

「最高の気分だ。ダチが一人増えたからな」


 古今東西、ヤマタノオロチを友とする者など前代未聞。だが、ヤマタノオロチがそれを望み、認めたからこそのこの力だった。


 全属性に対応する法陣と、肉体。羅剛は考える。

 無敵の存在などあり得ない。龍にだって弱点は当然ある。龍忌鉄、笹、五色の糸、そして——その弱点を、彼は一つ、用意していた。


「こいつはどうだ?」


 骨——何かの巨大な背骨が集まり、百の足が形成された。骨の蜈蚣むかでだ。暁人は舌打ち。流石にもう身動きが取れなくなるという失態は晒さないが、気味の悪さに法陣が震える。

 完全な弱点である。適応属性が見つからない。法陣が震え、右に行ったり左に行ったりしている。


「くそ……あんなまがいモンで……」

「私に任せろ」


 焜が龍骸刀を噛み締め、そして真名を解放した。


「〈夜宵葛やよいかずら〉」


 龍骸刀——〈夜宵葛やよいかずら〉から無数の夜空を塗り固めたような美しい葛の花が咲き誇った。

 狐が振るう葛の刃くずのは——あまりにも神秘的で、そして神話的だ。


 夜の星々が散るように、葛の花が蜈蚣骸骨に巻き付いた。縛り上げられ、その蔓と葉が骨を締め上げ、砕き折る。

 穢れを吸って成長する〈夜宵葛やよいかずら〉は、相手が溟人であれば圧倒的な攻撃性能を誇る。


 圧倒的。全長二〇メートルを越す巨体が砕け散り、さらに〈夜宵葛やよいかずら〉は〈庭場〉の穢れを吸い出し成長。


「くそ、この女狐、俺の〈庭場〉の主導権を——!」


 あちこちから葛の花が伸び上がり、羅剛は暴風で吹き散らしながら、最後の餓者纏いをして、そこで〈庭場〉を解除。

 もとの廃道に戻り、暁人は震えていた法陣を金属性で固定した。


「助かった、焜」

「稲原園五回で勘弁してあげる」

「お前にしちゃ安いな」

「じゃあ十回」

「ダメだ五回だ」


 以前敵は健在。一方暁人の龍気妖力は体感一割を切っている。持って、三十秒。

 暁人は八岐蛇腹剣を八本束ね、振るった。

 骨の盾がそれを防ぎきり、しかし、亀裂が走る。そこに焜が〈夜宵葛やよいかずら〉で切り込み、容易く崩壊させた。

 羅剛は赤い目をぎらつかせながら、あの女のせいだ、と吐き捨てる。

 あの女の〈庭場〉にさえ入れなければ——しかし、そこまで考えてあの力があれば外側から強引に入ってくることもできただろうと思い直す。


 結界の足し引きは外と内側の強度に寄る。閉じ込める結界は入りやすく、弾く結界は出やすい。なぜなら閉じ込める結界に飛び込むメリットも、弾く結界にとどまる意味もないから、多くの〈庭場〉は閉じ込めることに特化させ、侵入自体を拒む能力は最低限だ。

 二人の妖力は底を尽き掛けている。だがそれは羅剛も同じだ。龍と餓者髑髏の力で妖力を消費し、二つの術式併用で脳があり得ない激痛を発している。

 骨の兜のうちで鼻血がドバッと溢れ、視界が眩む。


 さっさとケリをつけなくては、まずい。いずれもがそう判断する。


 骨の槍が廃道を食い破って出現。〈赤狼〉が食らいついて砕き、暁人は次々迫る骨の槍を焜に任せ、肉薄。

 羅剛は暴風圧と落雷を巻き起こすが、直後法陣が回転。火属性、赤の珠が頂点に廻る。


(——攻撃を受ける前から、任意で属性適応ッ……!?)


 木属性は、火を燃え盛らせる。

 暁人が至近距離からハイキックを見舞った。骨の鎧が砕け散り、暁人はジェット噴射の要領で上昇。地上三十メートル。木々が遠く、閉ざされた空は手を伸ばせば届きそうなほど近く、

 ——世界は静かで、ただそこで澄み渡っていた。


「歯ァ喰いしばれ!」


 暁人のオーバーヘッドキックが炸裂。羅剛の胸郭を粉砕し、龍の心臓を潰す。青龍の殻が砕け散り、羅剛は廃道のトンネルの天井の看板に激突。それを粉砕し、沈み込んで落下した。

 

 羅剛は血反吐を吐き、着地した暁人と近づいてきた焜を睨んだ。

 異国の溟人が何を言うか。暁人は黙っていた。


「見事だ、若き、青き陰陽師たちよ。空亡様が惚れるのも、わかる強さよ。死合えて光栄だ、貴様らは、強い」

「恐悦至極。お前も、強かった。


 溟人、ではなく、名で呼んだ。互いに、戦士として認めていた。


「負け惜しみになるがな、しかし、その程度では空亡様には、やはり、勝てんのだ。貴様と空亡様の決闘を見届けられぬのはあまりにも口惜しいが、今は、退場しよう。……さらばだ」


 羅剛の肉体が霧散していく。暁人も焜もその死に様から目を逸らさず、空に溶けて消えていく赤い粒子を見送った。それは途中で紫に変じ、青く変わり、溶けて消えていく。


 同時に暁人のヤマタノオロチ化が解けた。


「おっ、と、とと」


 体重の平衡感覚が狂っていた。龍になっている時は体が重いのだ。おまけに腕も半分減るし、尾も一本減るし、瞳も二つになるからあらゆる感覚が変わる。

 そして右腕が、再生していることに驚いた。侵蝕は相変わらずだが、色が赤黒い色から青黒い色に変わっている。


「大丈夫?」


 焜が少女の姿に戻った。暁人は「少し寝かせてくれ。くたびれた」と言って、そのまま寝落ちした。

 仕方ないわね、と焜は言って、彼を抱えると尻尾枕してやり、余った尻尾で体を包んで温めてやるのだった。


 廃道には〈夜宵葛やよいかずら〉の花々が咲き誇り、それは美しく風になびいていた。

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