第24話 月影黒百合

 バイクを停めて森長自動車工場の敷地内に入った。元々は町工場のようなものだったのだろう。看板のペンキは熱と冷気で溶けて固まり、赤錆に塗れてところどころ剥落している。ホラーゲームにありがちな演出だな、と妙に冷めた頭で思った。

 妹が攫われて怒り心頭、しかし、だからこそ妙に冴える。

 白い漆喰の壁には蔦が這い回り、半ば崩れ剥き出しのガレージには廃車同然のワゴンやら軽トラが停まっている。

 その半壊し、外の行燈の光も届かぬ闇の中、電力が一時的に復旧されているのかガレージには電気が付けられており、パイプ椅子に輝子が座らされ、鎖を巻かれていた。


「輝子!」


 暁人は駆け出した。周りへの注意が酷く散漫になっており、突如横合いから伸びてきた刀剣が右上腕を切り裂く。

 焼けるような激痛に苦鳴を漏らし、暁人はすかさず距離を取った。

 その剣は穢れの剣であり、握るのは四つ目の溟人——こいつは、金森宮子を殺した二等級溟人……。

 上腕を押さえつつ龍殻化して止血。右腕は白龍、左腕は黒龍。水と金の属性を生じさせ、水の防壁を展開。


「なんだ、お前ら」

「影法師九部衆八懐はっかい側仕え、紅月べにつき

「影法師九部衆八懐、羅剛らごう


 男の声。闇から滲み出るようにして、青龍の緑の龍殻の両腕を持った男が現れる。アフリカ系の黒人男性。

 龍の力をなぜ持っている……?


「なんで……溟人が〈雅龍淟星がりょうてんせい〉を持ってんだ!」

「貴様の祖父を殺し、その心臓を喰らい力を奪った。モノにするのに時間はかかったが、まあ、悪くはない」

「てめえが……ぶっ殺してやる!」


 暁人が怒鳴り、龍殻剛爪の術を発動。相性的には青龍に優っている。両腕を白龍に切り替え、爪を振るった。

 羅剛と名乗った男は防風の鎧を纏い、暁人を弾くと雷撃を飛ばしてきた。一条の雷撃はコンクリートの地面を切り裂き、派手な破壊の痕跡を刻む。

 素早く身を翻し落雷を見切り、踏み込む。左腕の剛爪が突風を逆巻かせながら迫るが、羅剛は術式ではなく濃密な穢れの結界でガード。激しい衝突音がして、本来なら穢れを切り裂く龍気が防がれた。

 おそらくこいつは一等級。溟人として完全体だ。穢れの濃度も密度も、二等級のそれ以下とは桁違いである。


 背後。穢れの気配を感じ、暁人は屈んだ。

 穢れの剣が頭上を掠め、紅月が舌打ち。すかさず足払いをかけてくるがローキックで応戦。振り下ろされる穢れの剣を龍気活性した右腕で受け止める。ヤマタノオロチ化した腕は穢れに高い耐性を持ち、剣を見事防いだ。


「既に最弱の当主は超えているようだ」

「黙れよ溟人風情が」

「貴様の祖父は今の手で死んだんだぞ。あっけないモノだった」

「黙れっつってんだろ、雌豚。てめえから殺してやるよ」

「祓うの間違いだろ、陰陽師。羅剛、手は出すな!」


 羅剛は肩をすくめた。それを了承と受け取った紅月は、冒涜的な印相を結ぶ。

 ——来る。


「〈庭場啓開〉——!」


 妖力による結界術の究極系。思い描く心象世界を異界として投影し、現実に重ねがけし、その特定空間領域を現実の世界から切り離す離れ業。決して二等級でも使えなくはないが、使用者の割合としては「ほとんど使われない」と言い切ってもいいほどだ。

 そこは古びた洋風の街並みで、アーチ状に曲がったとんがり屋根の家々が並ぶ奇妙な夜の街だった。

 街路の脇の河からは腐った魚介類の臭いがし、ひどい環境である。穢れの〈庭場〉としては相応しく、歪で、悍ましい。


「この刀は霊山の霊石を特等級の穢れで濃縮したものから作られていてな。私の心臓と同化し、脈打つ剥き出しの弱点でもある。お前の勝利条件は単純明快、剣を砕くことだ」

「狙いを明確化させてどっかでカウンターを狙う気だな。心配するな、弱点のみならず軒並み全部八つ裂きにしてやるよ」


 左腕を黒龍に変え、水圧を高めた水圧ブレスを打ち出した。

 紅月は穢れの剣でそれを切り裂き、水飛沫を浴びながら前進。肉薄してきた紅月に暁人は右の爪を振るい、穢れの剣を弾く。


「〈月影黒百合つきかげくろゆり〉」


 穢れの剣の真名解放。呪いと復讐、愛と恋の黒い百合が剣の道程に咲き誇り、唸りをあげて迫る。

 暁人は白龍の腕を剣に変え応戦。手のひらから筋張った柄が生まれて鍔が形成され、肉厚段平の刀が生成された。さながら剣を握るような形で赤黒いヤマタノオロチの龍殻が混じった白龍の腕が生成した段平は、〈月影黒百合〉の侵蝕を防ぎきる。

 夜のクトゥルフ神話めいた街並みがざわめき、風が生ぬるくびょう、と鳴る。


 思い出した。ここはエーリッヒ・ツァンの音楽の舞台となったオーゼイユ街だ。小説の、その短編を読んだことがある。叔父の蔵書にクトゥルフ神話の短編集があり、それで読んだのだ。そして叔父がオーゼイユ街というタイトルで書いた絵が、ちょうどこんな街並みだったことも、記憶に蘇る。

 暁人はクトゥルフ神話を文学という芸術の型に当てはまらない傑作と認めつつ、そこに蟠る異質な気配を苦手としていた。あるいはそれを妖怪の神を信仰する神闇道と全く異なる神話体系——言うなれば地球外生命体を神とする考えだからかもしれないが、自分を妖怪と信じて疑わない暁人には、たとえ創作と分かっていても神闇道以外を信奉する気にはなれなかった。

 他人がそれを好きと言ったり、あるいは作品の枠をこえ信仰する分には自由だと割り切れるが、自分までそうかというとそれは違う。


 暁人は穢れの侵食が進む地面に白龍段平を突き刺し龍気活性を促した。龍気は穢れ系妖力を祓う力が妖怪や陰陽師の浄祓系妖力より大きい。龍の力——龍力は妖力の斜め上に位置するモノであり、その気力たる龍気は妖気の完全上位互換。出力比も質も、妖気に勝る——無論暁人のように龍としての覚醒の間もない、せいぜい本格的に使い始めて二年も経たないガキが使ったところで二等級陰陽師の精密な妖気操作にも及ばぬが、力技で穢れを強引に祓い飛ばすことはできた。

 黒百合が青黒い龍気に煽られ、吹き飛ばされた。


 暁人は、その右目の白目を黒く濁らせながら紅月を睨んだ。


「龍——」


 紅月が、明らかな畏れを抱いた。

 ヒトは、龍に相対した時皆例外なく恐れを抱く。老若男女関係ない。泣き喚いていた赤子でさえ黙り込み、敬意を表する。

 上位の者に接した際、そうでないものは畏怖と畏敬を自然に感じ、黙って屈服するより他はない。それは、溟人も例外ではなかった。


「剣をまみえられて光栄です」


 恭しく言いながら、紅月は〈月影黒百合〉を唸らせた。暁人は白龍段平を刺々しい形状に変えて殺傷力を底上げし、振るう。

 さながら背骨のように関節状の蛇腹ができた白龍段平は、振るうとその関節が外れ、白龍の金属製のワイヤーに従って薙ぎ払われた。

 蛇腹剣。一九八四年に公開されたロボットアニメに登場した影響でガリアンソードと呼ばれ、主にフィクションの中で用いられる武器の一種。


「著作権侵害?」

「高橋良輔監督は創作物が互いに知らず知らず影響を受けるから権利は申請しないと言ったぜ。それに現実にもインドのウルミやインドのアーラ、スリランカのコイルソードや中国には銭剣なんてのもある。銭剣は実戦じゃ使われなかったみたいだが」


 蛇腹剣が嵐のようにうなり、〈月影黒百合〉が押され始める。

 黒百合が咲き誇る速度より蛇腹剣が穢れを祓う方が断然早く、紅月を速攻で祓い羅剛とやり合おうとしていることは目に見えていた。


「〈月影黒百合・穢鎖あいさ解放・七分咲き〉」


 ドウッと穢れの波が吹き荒れる。腐れの川から骨だけの魚が跳ね回り、家々の窓がガタガタ震え、どこかから悪魔の調べが響き渡る。


「穢れと同調した〈庭場〉……いや、その剣の〈庭場〉がここか」

「いかにも。この〈庭場〉は私のものではなく〈月影黒百合〉のものだ」


 一際巨大な一輪の黒百合の蕾が顕現し、それが七分咲きという具合に花開く。

〈庭場〉の核があれなら破壊すれば〈庭場〉の瓦解は必至。あるいは、穢れの剣自体も無事ではすむまいが……。


(切れるか……?)


 暁人は白龍段平を剣に納め、考える。思考は二秒。加速した脳内時間でたっぷり五分。

 黒百合が、花粉を撒き散らした。花粉は瞬く間に赤黒い穢れの弾雨に変わり、それが降り注ぎ、暁人は水圧防壁でそれを防ぎつつ紅月に肉薄。韃の遠心力で音速を超えた剣速の蛇腹剣が迫るが、彼女はそれを穢れの剣で防ぐと濃密な穢れで侵蝕を行う。

 蛇腹剣の関節部分が腐っていき、暁人の剣が半ばから折れた。すっ飛んで行った先端が黒百合の茎に突き刺さり、半ば癒着して取り込まれる。


 暁人は剣を再生させて穢れの剣をより濃くこめた龍気で防ぎつつ反撃。至近距離の刺突を敵はあえて脇腹を犠牲に受け止め、穢れの剣で首を狙う。

 暁人は龍殻の侵蝕部位を強引に龍に差し出し、首を白龍の龍殻で守った。穢れに侵蝕され切る前に龍殻の丸みで剣を滑らせて懐に入り込み、下げた頭で顎を狙い、ヘッドバッド。

 額が紅月の鼻っ柱に激突し、鼻血が吹き出し、たたらを踏んだ。


「喧嘩なら俺の方が上だ」

「女にも手をあげるんだな、最低な男だ」

「妖怪も陰陽師も相手が女だからって手を抜く失礼しはしねえし、てめえはまして溟人だろうが」

「溟人でもセックスくらいできるのよ。私に勝てたら子作りしない?」

「黙れ、反吐が出る」


 その悍ましい交尾の様子を想像して、本気で吐き気を感じた。まるで生命というものを冒涜されている気分になる。ああ、これはあれだ。人間がアダルトコンテンツにラベルをつけて売り買いするあの感覚。あの安っぽい下世話なサービスと下劣を履き違えた精神性に感じる、愚劣なものへの明確な気味の悪さと気色悪さだ。

 愛欲と肉欲は別だ。愛は無償のもので無性のものだが、肉欲という発情期はあくまでシステムに過ぎないというのに、そこにわざわざ興味を引かせて売り買いさせる、そのあけすけな下品。


 妖怪は、それを酷く嫌悪する。発情をシステム捉え、子孫繁栄を生物の仕組みと淡々と捉える冷淡を人間は疑問に思うが、それは違う。

 妖怪にだって愛はある。恋愛感情も、家族愛も、友愛もある。だからこそそれを肉欲で穢すような真似を、許さないのだ。


 暁人は龍気活性した肉体の能力で爆発的な加速を乗せると、オーゼイユ街の歪んだ家々の壁を蹴って疾走。穢れの弾雨を躱しながら黒百合に肉薄。家々の壁が弾雨にえぐられて小爆発を繰り返し、間に割って入る紅月を蛇腹剣で巻き取り、川に投げ捨てた。水飛沫が上がり、水切り石のように二転三転、川に沈む。

 暁人は黒百合と対峙。ここまで接近してしまえば弾雨は意味をなさない。完全にインレンジに入った。

 暁人は己の折られた蛇腹剣を睨み、左腕の黒龍を向けた。

 水の塊が形成され、凄まじい水圧が渦を巻く。


「〈龍殻泉瀑りゅうかくせんばくの術〉」


 泉が瀑布のように爆ぜ、膨大な水圧カッターが放たれた。狙いは黒百合に突き刺さった白龍の剣。

 金生水——金は水を助長する、五行の相性の一つ。

 膨大な水のノックバックで暁人は後ろに下がり、激しい水流が白龍剣の根本から吸われ黒百合に浸透。茎やら花弁から水が溢れ、破壊も間近——


「〈月影黒百合・穢鎖あいさ解放・満開〉」


 川から這い出した紅月が言った。

 月が赤く染まり、人ならざる音楽が激しく鳴る。意識が掻き乱される——。水圧が乱れ、〈龍殻泉瀑りゅうかくせんばくの術〉が途中で爆散、黒龍の腕から、水が破裂した。

 巨大な黒百合が街路で満開に咲き誇り周りに小さな黒百合が連鎖的に咲いていく。

 暁人は慌てて意識を繋ぎ止め、龍気水流でそれらを洗い流し、徹底的に排除。


 そろそろ決着をつけないと羅剛との戦いも残っている——暁人はあえて右手の剣で左の龍殻を傷つけた。

 濃縮された龍気の雫——龍血が水に溶け出し、一気に増幅。金生水——血という鉄分を含んだ水が、龍の弱点たる鉄分が龍の力の中で、弱点作用の要領で加速度的に増えていく。


 紅月が片目を痙攣させた。


 ——あれが、秋田透を終わらせた龍血纏い……。


 右腕が龍血纏いの状態になり、全体が赤黒い、ヤマタノオロチの腕が顕現。五行全てを司る、最強の龍神の片腕がこの世に顕現する。


 異質。その気配も、異様も、——圧力も、妖気も龍気も。何もかもが、この世のものではない。


 最初は、帯電。

 暁人がその電気的刺激で、妖力的なそれとは違う身体強化をかける。

 狙いは核の黒百合ではなく紅月。

 奴は言った——剣こそが、弱点だと。


 激しい衝突音が響き渡り、地面が派手に波打って石畳が弾け飛ぶ。次に風。暴風が荒れ狂い、紅月に裂傷を次々切り刻んで行った。

 紅月は穢れの剣を薙ぎ払って暁人を振り払うが、暴風に阻まれて大した効果を得られない。

 目を狙った穢れの刺突を、彼は風を操って後ろに仰け反りつつ回避し、すぐさま前進。


「さっさと終わらせるぞ、溟人」


 暁人は赤黒い白龍剣を形成した。段平を振るい、振り上げられた穢れの剣を、叩き折る。龍血合金の段平は、凝縮された穢れを、叩き折った。


「な——」


〈庭場〉がどろりと溶け落ち、解除される。元のガレージに戻され、視界の恥で〈庭場〉の中身を霊視していた羅剛は面白そうに笑っていた。


「バカな……っ!」

「さっさと祓葬して送ってやるよ」


 暁人は龍血段平を、動揺する紅月の心臓——瘴気の核に突き刺し、活性化した龍力を流し込んだ。ドクンッと心臓が逆回転し、紅月が全身から青黒い龍力を吹き出し、悶絶し、痙攣。

 次の瞬間その肉体が爆散し、消失した。


「紅月が逝ったか。やるな、臥龍暁人。お前はもう十分二等級の器だ」

「次はお前だ。殺してやるからかかってこい」

「できるのか? 妖力の半数は使っただろう。俺は一等級、そして龍の心臓を持つ。いくらヤマタノオロチといえど無理じゃないのか?」


 暁人は攻防一体、龍虎奏撃の構えを取る。それが、答えだった。


「妹を捨てて逃げる兄貴がいてたまるか。そんな奴が嫌がったら、俺が根性叩き直してやる」

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