1‐11
教会を抜け外に出て歩くこと一分弱、墓地に出た。僅かにすり鉢状になっており、周囲あちこちに丸十字に模られた石が並び死者の冥福を祈っている。ここで死んだ者には悪いが、少し騒がしくすることになる。
レナードは墓地の中央、もっとも抉れた部分にいる三メートルを超す巨体を見据えた。
「ゾンダーク兄弟の長男だな」
気配や足音でとっくに気付いていたのだろう。そいつはゆっくりと振り向いた。兄弟たちと同じ重装鎧に身を包み、盾は持たず大剣を担いでいる。その足元には金属製のライフルケースのようなものが転がっている。
「それがパンチカードか」
「そうだ。お前らが探し求めるもの」
魔剣を抜く。外気に晒された黒い刀身が月明かりを鈍く照り返す。
「俺はジェス・ゾンダーク。黒の魔剣使いを狩る男だ。覚えておけ」
どうもレナードは魔物側には『黒の魔剣使い』という呼び名で覚えられているらしい。まあこんな変わった剣を振るうものなどレナード以外にいないだろうし、その呼び名もあながち間違いではないが。
「お前に用はない。そのパンチカードが目的だ」
「俺はお前に用がある。お前の首を上げれば『四天王』入りも見える」
「四天王?」
小馬鹿にしたように首をかしげると同時に相手が肩に剣を担ぎ迫る。レナードはエイゼンポルト――鉄の扉と言われる、東方剣術でいう正眼――に構え、相手に剣戟を見切る。
袈裟懸けに振るわれた一撃を表切上――東方剣術において相手の左脇腹や左腿から右肩にかけて斬り抜く斬り上げ。逆袈裟と一緒くたにされることが多い――で応じる。金属同士の悲鳴と火花が散り、『ストロングブースト』をかけているのにもかかわらずレナードの体は悲鳴を上げる。
振り下ろした大剣をくるりと返し再び振り下ろす。水車斬りといわれる両手剣術の基本的な動作だ。斬り下ろしを繰り返す単調な技だが、それ故速度と重みが加われば小手先の防御など容易く叩き潰す。
ましてや小巨人の悪魔人である。その膂力は最早理屈を越えている。天魔人の血を継いでいるとはいえ半分は人間に過ぎないレナードにとってそれは脅威だった。
次々迫る斬撃を弾いて僅かな隙に振動剣で斬り込むのが精一杯だ。
さすがこちらの首を取るつもりだけあって、その口ぶりは実力に裏打ちされたものだといえる。
「んぅうううう!」
「おぉおおおッ!」
砲号と砲号が弾ける。死者が安らぎを邪魔されて怒ったかのように草木をざわざわと鳴らすが、生憎レナードは
体格が圧倒的に優位な分、ジェスの方がパワーに優れる。一方のレナードは相手に比べて小柄な分速度に優れている。
ダーインスレイヴを左逆手に構えて右にダブルセブンを握って防御型の姿勢に移る。最低限の攻撃を弾くと後ろに下がって、発砲。片手が塞がっているので片手で銃を回転させてレバーを前後させるスピンコックで排莢と次弾装填を行う。
撃っても、散弾程度ではびくともしない。鎧の表面に九粒の弾が食い込むが裂けたり貫通することはない。小型魔物の鎧纏いくらいの甲冑なら貫くことができるが、ここまで分厚い鎧だと効果は見込めない。
レナードの振動魔術のエンチャントは、エミリアの炎の弾丸のように離れたものに付与し続けることはできない。つまり弾丸を振動させて貫通力を高めたり、『ストロングブースト』をかけて弾丸を強化したりという使い方はできないのだ。
だが、それでもやれることはある。
レナードはステップで距離を稼ぎつつダブルセブンの照準をジェスの目に合わせ、引き金を引く。
「がッ……!」
鎧という性質上どうしても出てくる弱点――アイホール。外を窺うために穿たれた頭部の目の穴。そこに弾丸が吸い込まれ、ジェスの左目を潰した。
ショットガンを腰に戻し、右順手に剣を構え直すと、今度は左手でゴアハウルを掴む。試しに一発、胴を狙って撃つ。
爆音に近い銃声が轟き、ジェスの胸甲に大穴が空いた。しかし、
「人間の技術とは恐ろしいものだ。鋼鉄を幾重にも用いた鎧を砕くとは」
「化け物かてめえは」
胸甲の向こう、チェインメイル越しに胸を貫くはずだった弾丸は確かに食い込んでいたのだが、岩のような表皮に阻まれて掠り傷を与えただけにとどまっていた。射撃テストでは鉄板を何十枚とぶち抜いた化け物銃が、本物の化け物には通用しなかったと証明された。
めり込んだ六四口径弾が皮膚から吐き出され、小さな傷ならば悪魔人の再生力が間に合うのか、徐々に穴が塞がる。
「化け物とは心外な。まあ、人間から見れば俺は化け物か」
「俺たちレヴナンツから見ても化け物だ、てめえは」
斬り込む。斬撃と斬撃がかち合い、無数の火花が生まれる。ここまで体格差があると最早対人格闘術や投げ技などの足掻きなどほぼ無意味であり、真正面からいかに大打撃を与えるかが肝になる。
「『ショックハンマー』!」
波打つ大気が、水色の輝きを灯らせた。四年前、十七歳のとき、奇しくもエミリアと同じ歳の際に一段階覚醒したLVⅡの魔術。ライカの青、マグナスの蒼には届かないが、正真正銘レナードの本気の証。
ジェスの頭上から『ショックハンマー』が打ち下ろされ、ズズン、と巨体を沈み込ませる。
「ぬ……ぉ」
その隙にレナードは一気に突っ込む。剣を右肩に担ぐように構え、袈裟に斬り下ろすのだ。
対人戦相手に脳天――つまり、真正面から切り込むのは賢いやり方ではないと、かつての魔剣使いの記録にはあった。
かつての魔剣使いは東方剣術の達人でありながら、西方大陸剣術――それも剣の国といわれるアケルダマの東隣のシュヴェルト王国のもの――を学んだ人間であり、その使い方はレナードの中にも我流剣術として取り込まれている。
東方剣術において脳天を狙わないのは、刃が頭蓋骨の丸みで表面を滑り、斬り抜くことができないことがあるためと言われている。つまり一撃で確実に撃ち倒す方法として最適なのは肩から斬り下ろす袈裟斬りなのだ。
フォム・ダッハ――日の構え、屋根よりの構えと呼ばれる東方剣術の八相にあたる構えや今行っている怒りの守りとも言われるツォルンフートは袈裟斬りに合っている。
「『ショックブラスト』ッ!」
魔剣を限界まで振動させる超振動斬撃。袈裟に斬り抜いた瞬間、肩当てと砕けた胸甲を叩き潰し、岩を叩き割ったような感触と共に肉と骨を断ち割った。
「ぐぉおおおおおッ!」
重傷である。悪魔人といえどこれだけの傷を再生させる手立てはないだろう。遠からず死が待っている。
「黒の……魔剣、使いぃいいい」
「悪いがこいつは貰っていく。四天王がどうとか言ってたが、残念だったな」
ライフルケースを持ち上げる。重いが、ダーインスレイヴほどではない。
踵を返し、去ろうとしたとき、
「まだ終わってない……ッ!」
「とどめを刺せってことか――」
振り返り、レナードは目を瞠った。
ジェスの姿が激変する。
内側から肉が盛り上がり、甲冑がはちきれる。はじけ飛んだ肩当てや篭手が吹き飛び、かろうじて脚甲と腰鎧だけはそのままだが、上半身は完全に剥き出しになっていた。
その上半身が、めりめりと音を立てて変化する。まるで獣のような異形へと姿を変え、頭部には雄牛の如きねじくれた角が生える。傷も塞がり、僅かに痕が残っただけだ。再生力を強化する……ものではないだろう。恐らく獣化する、身体能力強化系の魔術だ。
「さあ、続けようか」
先ほどよりも遥かに素早い動きでレナードを狙う。筋力も速度もレナードの遥か上。大上段からの斬撃を転がって避け、起き上がりざまゴアハウルで側頭部を撃つ。が、弾丸は皮膚を貫いたが骨に阻まれ、吐き出される。馬鹿げた硬さだ。
しかし有利な点が一つある。それはやつの左目は潰れたままだということ。
大剣が墓石を粉砕し、石つぶてが飛び散る。土煙と粉塵が舞い上がりその影を縫うように反時計回り――相手の潰れた目の方へ駆ける。
「ぬ……」
防御を間に合わせることなく切り込む。振動剣でも叩き割ることのできない馬鹿げた頑強な表皮だが、傷が入らないわけではない。小さな傷でもいい。重ねていけばやがては倒れる。
さらに相手の左側へ回る。
「小賢しいわ!」
ジェスが回転。円軌道を描いた大剣が迫り、レナードは魔剣の腹でガード。しかしあまりの衝撃に体が浮き、吹き飛んだ。石で出来た丸十字を三枚破壊し、ようやく止まる。
起き上がったときには目の前にジェス。大上段からの斬り下ろしを、大剣を掲げて受け止める。刀身が歪んだが、気にしない。それよりもこの状況を脱するのが優先だ。
ジェスは剣ごとレナードを叩き潰そうと連続して大剣を振り下ろす。下のガードが甘い。
「『ダブルインパクト』!」
足に振動波を纏わせ、股間を思い切り蹴り上げる。
「ごぁッ!?」
悪魔人も急所を攻撃されて無反応というわけにはいかないようだ。人間やレヴナント同様激痛を覚えるらしい。
剣を取り落としかねない勢いで前のめりに倒れ、隙が生まれる。
「その首、貰った! ――『ショックブラスト』!」
本能で悟ったのか、ジェスが不格好な姿勢ながらも大剣を盾にした。しかし超振動斬撃を完全に阻むことはできず、刀身が半ばから斬り落とされる。
ジェスは使いものにならない剣を捨て、徒手格闘に切り替える。刃物相手に拳とは馬鹿馬鹿しいが、やつの膂力を鑑みれば笑えないのが現状だ。
獣の如き唸りを上げてジェスが拳を振るう。ダーインスレイヴでそれらをいなし、防ぎ、反撃して攻撃回数を減らす。逆袈裟――右肩から左脇腹に抜ける斬撃が深く入り、赤黒い血が墓石に散る。
「ぐぅ」
苦鳴を漏らしつつもジェスは果敢に殴りかかってくる。しかしこいつは蹴り技を全く使わない。剣の戦いや拳の戦いに蹴りは邪道だと思うかび臭い古びた騎士道精神があるのかは知らないが、レナードが付け入る隙にはもってこいだった。
攻撃を上半身に集中させ、先ほどと同じ『ダブルインパクト』を下半身に打ち込む。そうして僅かに姿勢を崩した隙に斬撃を叩き込んだ。そうした戦いを繰り返し、傷を与えていく。
そろそろ決める。『ストロングブースト』をLVⅡに引き上げた。レナードの体を淡い水色の輝きが包む。
指呼の距離から拳と拳をぶつけ合い、互いに後退。距離は二十メートル。ジェスは肩で息をし、次の一撃に全てをかけるつもりか拳を打ち合わせ、腰を落とす。
レナードも剣を腰の辺りで横に寝かせ、切っ先を相手に向けるプフルーク――
互いに駆ける。
『ストロングブースト』と獣の如き突進が真正面から交錯する。馬上槍試合の如き交錯は刹那の一瞬。
互いに背中を向け、レナードは剣を振り抜いた姿勢で止まる。
腹部に鈍痛。
「く……」
胸甲が歪み、肋骨に痛み。折れたかもしれない。余りの痛みに膝をついて蒸気式圧搾注射器を取り出し、首筋に血清を打ち込む。
それはジェスにとっては、格好の隙だったはずだ。しかし、ジェスは動かなかった。
「ぐふっ……ぁ……」
ジェスは吐血し、空を仰ぐようにひっくり返った。
「やる、な……黒の……魔、剣使い」
「遺言はあるか?」
刀身を喉に擬し、問う。
「地獄で待っている」
「気長にな」
ダーインスレイヴを引いた。喉が深く裂かれ、ジェスの瞳から命の灯火が消える。
振動と血振りで刀身の汚れを落とし、背中に戻す。
寒いな、と思うがそれも当然のこと。現在アケルダマは冬真っただ中である。そもそも大陸の最も北西にあるため、年中寒い。雪が積もっていないことが奇跡のようである。今後は降ることになるんだろうな、と思うとうんざりした。寒いのも暑いのも嫌いだ。
ライフルケースを持ち上げると、教会の方からライカとエミリアが現れた。
「そっちはどうだ」
「問題ありません。レナードは?」
「パンチカードを手に入れた。あとはエミリアの相棒を担いで帰れば終わりだ」
巨剣にライフルケース、銃二挺に細々とした装備と、とても普通のレヴナントが持てる重量ではないものを一身に背負うレナードに、エミリアが話しかけた。
「あのさ」
「あ?」
「私、高機動遊撃員になろうかと思う」
「だから?」
要領を得ない無駄話は嫌いだ。特に女の話は婉曲的でなかなか本題に入らないし、あちこちに話題が飛び火する。リナとライカを除いた女は大嫌いだ。歩きながら、レナードは結論を促す。
「一緒に、帝都に行ってあげてもいいわよ」
「お前も皇帝に消されるかもしれないんだぞ」
「わかってる。けど……弟のためになれるのなら、死んでも構わない」
そこまで思われている弟も幸せだな、と思いながらレナードは歩いた。もう地下を通る必要もない。もともと地下聖堂に敵がいるから地下を進んだだけであって、必要がないならあんな臭いところを通る気などない。
息をつくと、白く煙った。白いものはそれにとどまらず、上からも降り注ぐ。
「雪ですね」
「冷える前に帰るぞ」
ライカの頭を撫で、レナードは帰路につく。
◆
帝城の塔の最上階。かつて皇帝が寝室として使っていた部屋。
「マグナス様」
「なんだ?」
白い、竜の甲殻を張り付けたような継ぎ目のない鎧を纏った男に、若い女が声をかける。
「鳥から連絡が」
「ゾンダーク兄弟がやられたか」
「ええ。どうしますか? 結界は……」
「まだいい。どうせしばらくは斥候と調査が行われる。皇帝もすぐに列車砲を使おうとは思わんだろうさ。で、誰が殺ったんだ」
「黒の魔剣使いです」
「……レナードか」
兜に隠れてわからないが、マグナスの声は憂いを孕んでいた。
「弟さんを手にかけるのが苦しいのなら、私か四天王が……」
「いや、いい。俺が蒔いた種だ。俺が摘み取る」
ガラスのはめられた窓に歩み寄り、眼下を眺める。女は甲斐甲斐しく傍に付き添う。
「お前はまだ人間のことを引きずるのか……」
雪が舞う。ガラスに映った己の瞳に浮かんだ悲しみを塗り潰し、呟いた。
「皇帝に殺されるくらいなら、俺が送ってやろう」
血濡れの大地のレヴナント 夢咲蕾花 @RaikaFox89
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