1‐10

 地下聖堂から上に上がると、来たときの教会よりもさらに広大な教会だった。エミリアは先頭を歩くレナードが歩みを止めたのに合わせて足を止める。


「よく来たな!」


 そんな大喝が響き渡ったかと思うと、説教壇の前に立つ小巨人の声からして男と思われる存在が前に出た。先ほどの鎧戦士と同じ、重装鎧の剣士だった。騎馬槍ランスとタワーシールドを構え、動く城のような威容を誇る大男というにも大きすぎる男。


「俺の名はゼル・ゾンダーク。ここに来たということは弟は死んだようだな」

「お前も俺とやろうと?」

「いや、黒の魔剣使いは兄貴が任せろと言っていた。ふっくく、理由を知りたそうな顔をしているな。なぜ黒の魔剣使いが来ることを知っているのか、と」


 聞いてもいないことをべらべらと喋る。放っておけば面白い話を聞けそうだったので、エミリアは黙っていた。


「ヴァルキュリアにも俺たち魔軍の内通者がいるんだよ。今回のお前の任務は嘘だ。黒の魔剣使いである貴様を始末するために呼び出したにすぎんのだ」

「待てよ。エミリアはパンチカードを見つけたと言っていたぞ。まさか……」

「違う! 私は内通者じゃない!」

「ああそうだ。そこの小娘は関係ない。パンチカードも本物だ。全てはお前を釣り出すため……マグナス様の采配だ」

「そこを退け。お前に用はない。そのマグナスに直接会ってやる」

「そう慌てるな。言っただろう。黒の魔剣使いは兄貴に任せると」

「……ライカ、エミリア」


 レナードが肩越しに振り返る。ライカは一つ頷き、エミリアもその意味を察した。

 この悪魔人をどうにかしろ、という意味だ。


「お前の兄貴とやらはどこにいる」

「この先を抜けた墓地だ」

「わかった。パンチカードもそいつが持ってるんだな」

「そうだ」

「ならいい」


 レナードは最後にライカへ気遣わしげな視線を送ったが、ライカが黙って頷くと、レナードは背を向けてゼルの脇を抜けて奥へ進んだ。エミリアへは一瞥もくれなかった。


「ふぅむ……しかし、こう、お互い退屈じゃないか?」

「私は、別に」


 素っ気なく言いながらも、ライカは巨大化する。エミリアも魔力を肉体に循環させて戦いに備える。レヴナントと魔物が出くわして戦わずに済む道理はない。

 ゼルが微かな身じろぎをした。

 先手を打つのはこちらだ。

 エミリアはデッドマンズの引き金を引いた。ダブルアクション式なので引き金を引くだけで撃鉄が起き上がってシリンダーが回転し、弾丸を吐き出す。

 左右二連射。合計四発もの炎を纏った弾丸は重装鎧に食い込みはしたものの、貫通まではいかなかった。


「気は済んだか、小娘」

「く……」


 ゼルが突進。ランスの穂先をこちらに向け、騎馬兵のような勢いで突っ込んでくる。

 エミリアは走り出して回避、ライカが真正面から受け止める。ランスに食らいついて四肢を踏ん張って耐える。ライカの肉体には青い電撃がバチバチ爆ぜ、肉体を強化しているのが目に見えてわかる。

 ライカはかなり強いだろう。魔術が放つ光が青いということは、そういうことだ。

 魔術の強さは四段階に分けられる。LVⅠからLVⅣまでに分けられ、その判別法は魔術特有の色をしているか否かだ。

 特有の色……例えばエミリアの炎なら朱色、レナードの振動なら目に見えない色だし、ライカの雷なら本来は黄色っぽい色をしているはずだ――少なくともエミリアの経験上は。


 次いで、水色。LVⅡだ。

 魔術が進歩すると、その色は蒼に近づいていく。

 LVⅠの本来の色、LVⅡの水色、LVⅢの青色、そしてLVⅣの蒼色。

 色が変色し、濃くなるにつれ、その威力と効果は高まる。


 エミリアはまだ色の変色すら起こっていない。

 レヴナントは十四歳から徴兵されるが、それまでの間を平和に過ごせるかといえばそうではない。戦闘訓練と座学を必要以上に詰め込まれ、一日四時間の睡眠しか許されないのが現状である。


 格闘、戦闘、銃術、魔術――あらゆる戦い方を叩き込まれる。それの合間に休憩はなく、代わりに座学が行われる。単純な読み書き計算からとっくに滅んだリレータ帝国の歴史などを学ばされる。

 ライカとゼルの拮抗は、ゼルに軍配が上がった。槍がライカの口から奥へ抜け、背中まで貫通する。


「ライカ!」


 槍を振るってライカを落としたゼルは呵々大笑する。


「中々に気骨のあるガルムだな!」


 ガルムとはライカのこと――ライカを含む魔狼を指す種族の名だ。コボルトやグールなどといったその種の総称である。

 エミリアは恐怖で逃げ出したくなった。こんなやつと戦って勝てる見込みはない。ガルムは魔物の中でも最強の部類に入る魔物だ。しかもライカは魔術を使っていた。それでも勝てず殺されたのだ。サーチレヴナント如きの自分が戦って、どうなるというのだ。


 だが、抗わなければならない。腕を失くしても足を失くしても、首だけになっても。弟を守るために。

 銃を連続して撃つ。朱色の炎が、僅かに水色を帯びていたことに気付く。

 ――これは。

 銃弾がさっきよりも深く鎧に食い込む。ゼルはそれを危険視したのかタワーシールドで銃弾を防いだ。

 弾切れ。エミリアは銃をショルダーホルスターに戻し、両掌を相手に向ける。


「『フレイムピラー』!」


 魔力の奔流と掛け声という引き金に押し出され掌から噴出した炎の柱は、朱色ではなく水色をしていた。LVⅡの魔術。

 三年の実戦経験という歳月がここにきて開花した。


「ぐぅううお……」


 火炎の奔流にゼルは三メートルの巨体を縮こませ、盾に隠れる。その大盾さえも表面が赤く赤熱していき徐々にどろりと溶け落ち、熱が鎧を伝って肉体を蒸し焼きにする。


「おおおおおお!」


 盾を捨て、ゼルは火炎を突き破って槍を繰り出す。

 エミリアは横に転がって突きを回避し、地面に手をついた。


「『フレイムウォール』!」


 ゼルの足下の石畳が水色に染まり、僅かな間を置いて炎が噴出する。たたらを踏みつつも早期決着こそが勝利の鍵となると理解してか、小巨人はまたも突っ込んで来た。

 エミリアは突き出された槍を踏んで跳躍、空中で身を捻って両手をゼルに向ける。


「『エクスプロージョン』!」


 爆発する火炎球を左右から二つ撃ち出す。これもまた水色。エミリアが持つ技の中で最も威力の高い技。

 火球は吸い込まれるようにゼルの背中に命中し、爆発。激震が教会を揺らし、天井から砂埃を落とす。

 着地と同時に拳銃を取り出し、中折れさせて空薬莢を捨てる。クイックローダーで手早く次弾装填を済ませ、舞い上がる粉塵の向こうへ狙いを定める。


「え……」


 それは予想だにしない攻撃だった。

 粉塵を吹き飛ばしながら飛来したのは、一直線に飛ぶランス。

 まさか唯一の獲物を投げ飛ばしてくるとは思いもせず、エミリアは完全に出遅れた。

 血清もない。血清を持つレナードもいない。死ぬ、と本能が悟った。

 来る痛みに目を閉ざした、そのとき。


「戦いの真っただ中に目を閉ざすとは何事です!」


 死んだはずのライカの怒号が響き渡った。

 目の前にライカが飛び出し、横っ腹に槍が突き刺さる。血が溢れるが、ライカは意に介さない。


「ライ、カ……? 死んだはずじゃ……」

「生憎、私は不老不死ですので」

「嘘……天魔人なの?」

「似たようなものです。失礼ですが、槍を引き抜いていただけますか?」

「わ、わかった!」


 体に刺さった槍を引き抜くと、その驚異的な重さを実感できた。とても人が振るえるものじゃない。だがレナードは、これくらいの重量がありそうな巨剣を軽々と、ときに片手で振るって見せる。彼が語ってくれた中に天魔人の血を引いているという話が出てきたが、あれは嘘ではないのかもしれない。


 槍を引き抜くと、零れた血が霧状になって傷口に吸い込まれ、体に空いた穴が瞬時に塞がった。最後には青白い毛も元に戻る。


「凄いわね……痛くないの?」

「いえ。不死とはいえ、痛みはあるわけですから、できることならこういう思いはしたくないのが本音ですね」

「ぬぅおおおおおおッ!」


 大喝が響き渡る。赤い布で興奮させられた暴れ牛のように、今度は己の体を槍に見立ててゼルが突進してくる。


「『ライジングセイバー』――決めますよ、エミリア」

「わかったわ」


 馬鹿正直に突っ込んでくるゼルを前に、エミリアが左へ、ライカが右へ回る。左右どちらを狙うかを一瞬迷ったようだが、ゼルは簡単に倒せるであろうエミリアを狙った。


「おおおおおおおおお!」


 紙一重で突進を躱す。石材の壁に半ばめり込んだゼルは即座に己の体を引っこ抜き、こちらへ目を向ける。

 エミリアは牽制射撃。計十二発の銃弾が鎧を穿つ。貫通まではしないが、皮膚には達している。運動エネルギーの収支でゼルが仰け反ったところへ、ライカが駆け込む。

 口に咥えた両刃の雷の剣を振るい、それを鎧ごと心臓へ突き立てた。バキリ、と音がして銃弾と『エクスプロージョン』で限界を迎えていた鎧を砕く。


「犬っころがァ!」


 ゼルが怒号をあげ拳を振るうが、ライカはひょいとステップしてその一撃を避ける。


「『ガンズエクスプロージョン』!」


『エクスプロージョン』六連射。左右の掌から人の頭ほどある火球が発射され、六度もの爆音が教会を震わす。

 水色の爆炎が去ったとき、そこにあったのは焼け爛れた表皮を突き破る肋骨と、まだ脈動する心臓だった。剥き出しの弱点に、ライカの『ライジングセイバー』が突き刺さる。


「が……ッ……ぁ」


 ゼルは大きく喀血すると、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「なかなかセンスがありますね。それだけの実力があるなら調査員など辞めて高機動遊撃員になってみてはどうです?」

「センス……?」

「ええ。戦闘のセンスといいましょうか。正直ダルクスパイダスのときは足手まといだと思っていましたが、今の戦いは見事でした」

「そっか。ありがと」

「いえ。そろそろレナードも終わっている頃でしょうかね。行きましょう」

「うん」


 高機動遊撃員。

 なれるものならなりたい。レヴナンツがもし仮に見捨てられない存在だったとして、働きに応じて爵位が与えられるのなら、活躍の場が多い高機動遊撃員になりたい。

 弟のために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る