1‐9

「面白い話じゃなかっただろ」


 帝暦五九七年――時間は現在に戻る。

 拷問部屋のブロック敷きの地べたに座ったレナードは、魔物の干し肉を齧り、ウイスキーで塩っ辛く獣臭いそれを流し込んだ。

 エミリアはうつむいたまま、なにも言わない。


「おい、反応くらいしろっての。笑うか信じないかって顔してみろ」

「……できないわよ。そんな話を聞いて、笑えるわけないじゃない」

「そうか? 上役はみんな笑ったけどな。特に結婚のくだりは。マグナスの能力については誰も一向に信じやしないが」


 うつむいたまま、エミリアは手の甲で目元を拭った。

 まさか、泣いていたのか。

 こんなやつがいるとはな、とレナードは自嘲気味に嗤う。


「その村で起きた魔物の陽動作戦は、マグナスの能力なの?」

「……多分な。上は偶然だといっているが、ここ数年のレヴナンツ戦線の撤退を鑑みるにマグナスが持つ魔物の指揮能力は本物だ」

「信じるわ」

「本気か?」

「ええ。事実レヴナンツ発足から戦線は押し広げられてきたのに、ここ数年で急激に戦線を退かざるを得なくなってる。私は魔物が知恵をつけたのかも、って思ったけど、レナードの話の方が説得力がある。嘘を言っているようには見えない」

「そりゃどうも」


 ウイスキーを口に含み、キャップを閉める。残りは取っておく。

 腰に巻いたアイテムポーチ類と一緒に持っている懐中時計を見ると、PM十一時二十七分という時刻を差していた。夜が明けないため、時計には午前と午後を見分ける目盛りがついている。


「のんびりしすぎたな。行くぞ」


 レナードは立ち上がり、ダーインスレイヴを外套と鎧の間に差し込み、柄と刀身の二ヶ所をフックで固定する。

 焚き火を消し、拷問部屋を出ると、相変わらずあのドがつくほど臭い空間に出る。


「ライカ、どう進めばいいかわかるか?」

「ついてきてください」


 狼を先頭に、エミリアを二番手に、最も危険な最後尾をレナードが受け持つ。リナから形見分けとして貰って改良を重ねてきたダブルセブンを抜いて両手で構え、警戒しつつ進む。

 あの大きな空間を抜けると、また鉄格子があった。不親切極まりないことに、上げ下げするレバーはない。


「レナード、頼めますか?」

「まあ、俺しかいないしな」


 こんなことでいちいち、とは思うが、ダーインスレイヴを抜いて鉄格子をバラバラに斬り刻む。血を吸わせてやれないが、まあ血も鉄分を含んでいるわけだし、鉄格子の味も血の味も似たようなものだろう。

 剣を収めたレナードは最後尾につき、ライカを頼りに進んでいく。

 と、下水が終わった。階段をのぼり、石造りの地下を進んでいくと、さっき見た地下聖堂のような造りになっている。


「神光教区に入ったようですね」

「ええ、この辺りは神光教区ね」


 アケルダマ各地に点在するある程度の規模以上の街には必ず神光教区と呼ばれる、神光教関係者とかなり敬虔な信者のみが暮らすエリアが存在する。墓地などを兼ねるのも神光教区だ。

 そして神光教区には広大な地下都市が存在する。もっとも百五十年ほど前には地下都市開発が進んでいたから珍しい話ではないが、神光教は人口増加の国策として打ち立てられた地下都市開発に先んじてそうしたものを築いていたのだ。


 神光教が地下都市をつくる理由など隠れて淫行に耽るだの暴力行為の捌け口に浮浪者をいたぶるだのといったものだろう。宗教というものは人の救いであると同時に、人類の底のない闇でもある。

 ブライトの像があちこちに飾られている。燭台がならび、地下に逃げ込んで魔物から逃れようとした人間の末路が白い骨となって転がっていた。

 神に救いを求めてもどうにもならないというどうしようもない現実を叩きつけられているようで、無神論者としてはなかなかに愉快な光景ではある。信者共はきっとこの苦行は試練だのなんだのと言って神の非実在を認めようとはしないのだろうが。


「よくぞ参られた」


 地下聖堂の向こうから声がかかった。

 レナードが一歩前に出て、ライカとエミリアを下がらせる。

 こうして堂々と声をかけてくる相手が一対一を望む存在であることをレナードは経験上知っていた。相手の望みに応えてやる義理などないが、一対一でやれる機会はそうそうない。面白い、と思いレナードはダーインスレイヴを抜く。


「我輩はゾンダーク三兄弟が三男。名はケイ。ケイ・ゾンダーク。ぜひ手合わせ願いたかったところだ、黒の魔剣使いよ」

「どうやら自己紹介は必要ないみたいだな」


 闇に浮かぶのは、背丈三メートルほどの巨人。全身を重厚な甲冑で覆っており、素顔はわからない。スリット状のバイザーから赤い目が見えるから魔人――状況から察するに悪魔人だろう。

 魔人、悪魔人、鏖魔人というのは魔人の等級的分類に過ぎない。魔人の中には常人と同じサイズの種族もいれば、目の前の三メートル級の小巨人、八メートル級の中巨人、十五メートル級の大巨人などを始め様々な種が存在する。

 ケイは右手にブロードソード――比率から考えれば人間でいう両手剣だ――を構え、左手にカイトシールドを構えている。


「いざ、参る!」


 鋼鉄を着込んだ巨体が笑えない速度で肉薄する。風圧を感じたときにはもう相手の間合いにいた。レナードは魔剣の腹でブロードソードの一撃を受け止める。ゴアハウルを撃った以上の衝撃が全身の骨を駆け巡る。

 これはさすがに『ストロングブースト』くらいは使うべきだ。ただの魔人ならまだしも、悪魔人クラスに魔術無しは流石に舐め過ぎだ。


 二度目の斬撃。

 剣と剣が打ち合わされ、火花が散る。光が闇に散ったのも束の間、次の一撃が金属音を打ち鳴らして閃光を生む。

 今度はレナードが攻勢に移る。

 血に飢えた魔剣ダーインスレイヴを軽々振るい、ケイに斬り込んでいく。猛烈な剣戟は凄まじい風圧を生み、地下聖堂に暴風が吹き荒れる。


 カイトシールドに次々防がれてゆく。無論、こちらも振動剣だ。だが振動剣とはいえどなんでも切れる魔法の剣というわけではない。鉄格子程度の鋳鉄ならまだしも、混じりっ気のない鋼や鋼鉄や一部の大型魔物の装殻、魔術鉱石などの、ある程度の硬さを持つものの前では『多少良く斬れる剣』くらいの効果しか発揮しない。

 夢のようになんでもかんでも容赦なく斬れるというわけではない。

 しかしそれでもカイトシールドには傷が刻まれ、あるところは欠け、ひび割れている。ケイもレナードの斬撃を完璧に防げるとは思っておらず、盾を捨てるつもりで使っている。


 そもそも盾は、使い捨てることが前提の道具だ。相手が剣を振り下ろせば簡単に潰れてしまうのが盾というものであり、相手の攻撃が不発に終わる、あるいは追撃を逃れることさえできれば盾は用済みとなる。一撃でも防げれば、その隙に相手を殺せる。盾とはそれでいいのだ。


「ぉおらぁッ!」


 横薙ぎに振るい抜かれた一撃がカイトシールドを粉々に砕いた。しかしその剣を振り抜いたレナードの姿勢こそがケイの狙い。


「ぬぅうううぁ!」


 ブロードソードが迫る。

 レナードは魔剣を左逆手に構えてその一撃を防いだ。


「なに!」


 そうして、相手が予想だにしない攻撃を繰り出す。

 拳だ。

 剣と剣、金属と金属の勝負の最中、拳などどれほどの効果を生むか。人間同士ならそう考えるだろう。人間の拳では甲冑を砕くことなどできないのだから。


「『ダブルインパクト』!」


 レナードの右拳がケイの胸甲に激突。一撃をして二撃。一度の衝撃では終わらず瞬時に二度の衝撃を対象に与え大打撃を加える振動の魔術の拳。

 その一撃は、ケイの鎧に大きな亀裂を走らせた。


「ぐぅッ」


 魔剣を両手で構え直し、ブロードソードに蛇のように絡め、手から弾き飛ばす。

 その場で右足を軸に旋転。ダーインスレイヴに円運動と加速を乗せる。

 相手がたたらを踏んでいる隙に剣を上段に持ち上げて勢いを殺さず振り下ろす。その一撃で相手の右肩の肩当てがひしゃげ、肉と骨を叩き斬り、腕を斬り落とす。


「がぁあああああッ!」


 腕を失くして膝をつくケイの絶叫を無視し、レナードはフォム・ダッハに構え、剣の振動速度を限界まで高める。並の剣ならこの振動に耐えきれず砂鉄になるが、さすが生きている魔剣だけあり耐える。


「『ショックブラスト』!」


 袈裟懸けに一閃。左肩から右脇腹へと抜ける一撃が鎧ごとケイを斬り崩し、魔剣を引き抜いた。

 振動で血と脂を吹き飛ばし、必要はないが血振りをし、背中に戻す。

 ケイはしばらくレナードを見上げていたが、その瞳から光が失われると、どう、と倒れた。


「凄い……悪魔人をここまで一方的に……」

「お前の感想はどうでもいい。魔術を持っていない魔人だったから楽だった。だからやれたんだ。魔人は一割が魔術持ち。悪魔人は四割が魔術持ち。鏖魔人は九割が魔術持ち……。まあここに魔人がいたってことは追いついたんだろうな」

「そのようです。上から二人の魔人の気配がします」

「急ぐぞ。逃げられちゃ困る」

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