1‐4
司教の執務室に入り、エミリアが本棚の裏にあるハンドルを引くと、体格の恵まれたレナードがもたれかかってもびくともしなかった執務机が音を立ててスライドした。そこには地下へと続く急な階段がある。
レナードはライカを先に進ませ、エミリアに振り返った。
「お前はここで待ってろ」
「どうしてよ」
「お前の任務は終わった。ここから先は俺の仕事だ」
「手柄を独り占めにするつもり?」
どうしてそんな話になる、とレナードはうんざりした。手柄もなにも、レヴナンツの働きは誰からも評価されない。それを指揮している――ことになっている――皇帝の手柄として認知されるだけだ。
「邪魔をするなと言っている。ガキのケツを見守りながら戦えるほど俺は器用じゃない」
「ガキって……私は今年で十七よ。これでもこの仕事について三年だわ」
レヴナンツは十四から徴兵される。確かに、十七歳なのだとしたら彼女は三年のキャリアを持っていることになる。
「だいたい、あんたこそいくつなのよ」
「二十一だ。七年やってる。ずっと高機動遊撃員としてな。調査員のお前とは場数が違う」
「私だって戦える。現に魔人からは生き延びた。いざとなったら、見捨ててくれてもいい」
「……勝手にしろ」
吐き捨て、レナードは地下への階段へ足を踏み入れた。後ろからエミリアがついてくる。
後ろから撃たれるのではないか――そんな妄想じみた考えが脳裏をよぎる。突き落とされるのでは、撃たれるのでは……そんな馬鹿げた思考が渦巻く。
だがそれも、仕方のないことだった。五年前、最も信じていた兄に裏切られ、最愛の女性をその兄に殺された。以来、誰かを信じることという行為自体に懐疑的になった。
帝国復権のため、というエミリアの考えを嗤ったものそれが理由だ。
自分も元々は帝国復権に前向きだった。仲間を信じるという馬鹿げた考えを持ち、働けば働いただけ評価され爵位ももらえると真剣に信じていた。
今になればわかる。あんなものは嘘だ。皇帝はレヴナンツを
周りのレヴナンツは被害妄想だのなんだのと言って信じはしないが、レナードにはわかる。
レヴナンツは、帝都攻略と共に消される。帝都進撃という名目のためレヴナンツを一ヶ所に集め、広域破壊兵器で吹き飛ばそうと画策している。
これは、現実味を帯びた話だ。
事実東南支部司令本部敷地内にはここから遠く離れた北支部にまで射程のある専用榴弾を詰め込んだ超広域五連装列車砲が備わっているのである。これを使えば帝都などたちまち火の海だ。一撃で魔物の巣窟である帝都を消し去り、魔物軍に大打撃を与えられるというのに、何故かヴァルキュリア東南支部はこれを使おうとしない。
総司令である皇帝はこれを使うことに消極的な理由を、『伝統ある帝都を火の海に沈めることは歴代皇帝への侮辱である』などと言っているらしい。
そんなわけがない。彼は、レヴナンツ共々帝都を消し去るつもりだ。
誰も信じようとしない。誰もかれもが爵位などというありもしない近視眼的な利益に踊らされている。
だが、どうでもよかった。信じないのなら信じないでかまわない。レナードはただ、兄と決着さえつけられればそれでいい。
「少し遅かったのですが、なにかありましたか?」
「いや」
先に来ていたライカに最も危険な後方の警戒を頼み、レナードは先頭を進む。二番手はエミリアだ。ショルダーホルスターから抜いたダークブラウンの二挺拳銃――デッドマンズというらしい――を構えている。
地下聖堂に出ると、濃い血の匂いがした。石造りの壁がクレーター状に抉れており、そこに一人の男が磔刑に処せられたかのように押し込まれている。
「ナール……ごめんね。あとで、必ず基地に連れて帰るから」
壁に叩きつけられて絶命している男はナールというらしい。エミリアの口ぶりから察するにパートナーだったのだろう。
しかし今は感傷に浸っている場合ではない。
「行くぞ」
一言声をかけ、レナードは先へ進む。
地下聖堂は、あっけないほどすぐに終わった。
目の前に鉄格子がはまっており、近くにそれを開閉させるための機構は取りつけられていない。
「ライカ、この先がなんだかわかるか?」
「なにって言われるまでもなく、においでわかるでしょうに」
「下水か……魔人の匂いは」
「臭くてわかりにくいですが、微かにこの先から」
「ならいくぞ」
ダーインスレイヴを超振動させ、鉄格子を紙きれ同然に斬り裂く。それを見たエミリアが目を丸くする。
「今のなに?」
「魔術だ。お前だって使えるだろ」
「けど……鉄を斬れる魔術ってなによ。もの凄い馬鹿力を使った風には見えなかったし」
いちいち面倒臭いガキだ、と思いながらも、レナードは説明する。この手の女は黙っていてもしつこく聞いてくるので、大人しく話して聞かせるのが後々楽だ。
「振動の魔術だ。剣を振動させて、切削した。目には見えないくらいの勢いで少しずつ斬っていくんだ」
「へえ……私は炎の魔術だから……その気になれば鉄を熔かせるかもしれないけど、あんな一瞬では無理かな」
「レヴナントの魔術は使えば使うだけ強化されますから、悲観するのは早いですよ」
「ありがとう、ライカ。どこぞの主人と違って優しいのね」
「ええ。どこぞの馬鹿な飼い主と違いますから」
聞こえてんだよ、と思いながらもレナードは黙っていた。反応してしまえば思うつぼだ。
下水は足が取られるほど水が満ちているわけではなかった。精々、少し深いか、というくらいの水溜まり程度の水位しかない。
問題はにおいだ。もの凄く臭い。たまったもんじゃない。糞尿と、肉や魚の饐えたにおい。
幅十メートルある通路がずっと続いている。両脇にはガス灯が灯り、ぼんやりと光を漂わせている。においさえなければ、こうした廃墟は観光には楽しいかもしれないが、それでもやはり楽しめる気にはなれないだろう。
通路の両脇にある小部屋のような空間に、影が蟠っている。
「ライカ」
「前後両脇、計四つの小部屋に四体ずつハムールがいます」
「一人一部屋片付けるぞ。残った一部屋は早いやつがやる」
「構わないわ」
散開し、それぞれが小部屋に入る。十メートル四方の小部屋に、ハムールという巨大な鼠のようなハムスターのような魔物がいた。なにかの骨を齧っていたが、水の跳ねる音に気付いてレナードを睨む。
「食事中、悪いな」
背中から巨剣を抜く。黒い刀身がガス灯を照り返す。黒い刀身が蠢いたように見えた。まるで早く獲物の血を吸わせろと言っているかのように。
四体の青黒い、所々毛皮の禿げた巨大鼠はキィキィ鳴きながら、レナードに飛び掛かってきた。
「はッ!」
この程度の相手、振動剣の必要もない。
抜き打ちで一体を叩き斬る。身体が真っ二つに両断され、壁に叩きつけられる。振り抜いた勢いのまま刀身を上段に構え直し、気炎を吐いて脳天唐竹割に振るい落とす。
二体目が切り裂かれ、残る二体が同時に歯を突き立てんと襲い来るが、そのときにはもうダーインスレイヴを腰に構え、東方剣術の居合の如き構えを取っている。
刀身が百三十センチもあり長すぎるので、鞘を腰に差しても居合抜きはできないが、抜刀状態でその真似事をすることはできる。そもそもこの剣に鞘などないが。
「――――ッ!」
二体が刃圏に入ったのと同時に、鋭い呼気と共にレナードは剣を振るった。
ズバン、とおおよそ斬撃とは思えない音と共に二体のハムールが斬り裂かれ、吹き飛んだ。
「ふぅ……」
息をつき、刀身を検める。肉と骨を断ち、通常なら刃が
どうしてこんなことが起きるのか。
なぜなら、この剣は生きているからだ。
生きているから、刃毀れしても再生する。生きているから、勝手に汚れも落とす。そして無機物に魂を与えたが故に神か悪魔か――レナードはそのどちらも信じていないが――いずれにせよ超常的ななにかが怒り、この剣を呪った。
後ろでは銃声がしていた。振り返ると、エミリアが二挺拳銃で戦っている。炎をエンチャントした弾丸が通常弾ではありえない貫徹力でハムールを貫き、一撃で死に至らしめる。二体三体と倒していき、弾が尽きたのか、最後の一体を口から吐き出した火球で飲み込んで焼き殺した。
中折れ式のリボルバーを折り、空薬莢を捨てると弾丸を一発ずつ込めていく。安全が確保されているからああしているのだ。彼女もクイックローダーくらい持っているだろうし、そうに違いない。
「流石羅刹。早いわね」
「高機動遊撃員なら全員これくらいの水準だ」
顎をしゃくって、もう一方の小部屋を示す。すると、帯電していないライカが現れた。珍しいこともあるもんだ、と思ったが、冷静に考えれば水場で雷など使えるわけがない。彼女には雷の耐性があるかもしれないが、レナードとエミリアにはそんなものはない。間違えて感電死させる可能性もある。
「遅いですよ。両部屋共に排除しました」
「ご苦労さん」
労いながらライカの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。だがそれも一瞬。
「この先はどうも大部屋になっているようですね」
「わかるのか?」
「ええ。戦闘音の反響で気づきました。そして、大物が潜んでいます」
「悪魔人?」
「いえ。まあ、行けばわかります。油断なさらぬように」
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