田中角栄も通った国会の「隠れ家」 85歳理容師引退 首相も心許す

藤原慎一

 与野党がぶつかる国会で、67年間ハサミを握ってきた理容師がいる。小鹿里代さん(85)。かつて池田勇人、田中角栄、福田赳夫ら歴代首相も通ったが、27日で営業を終える。歴史に幕を下ろす店には、現職閣僚らなじみの客が続々と足を運んでいる。

 「(髪を切りに)行くところがなくなって困っちゃうよ」。営業最終週の23日、村上誠一郎総務相が閉店の知らせを聞いてやってきた。30年近く通う常連だ。

 イスに座ると、小鹿さんとの会話が始まった。

 村上氏が総務委員会で答弁した話から、「(首相の)石破(茂)さんは1日7時間も答弁に立つんだから大変だ。総理大臣の苦労がよく分かったよ」と話を振る。すると小鹿さんがすかさず、「総理は外遊もあるからねえ」と相づちを打った。

 小鹿さんとの軽妙なやり取りを楽しみに、理髪店に通う人は少なくない。衆院議員秘書の藤井剛さんは「心静かに過ごせる隠れ家みたいな場所」と話す。国会の中にあって、権力闘争の喧噪(けんそう)とは無縁の穏やかな時間が流れる。

 小鹿さん自身、国会とは縁遠い福島県川内村の農家に生まれた。中学を卒業後、手に職をつけようと郡山市の専門学校に進み、理容師の資格を得た。

 上京したのは1957年、18歳のとき。父の後押しで、空きができた国会の理髪店で働くことになった。石破茂首相が国会でたびたび取り上げる石橋湛山首相が病気で退陣し、岸信介内閣が誕生したころだ。

 当時は、理髪店で働く4人の従業員のうちの1人だった。アパートに暮らしながら国会の理髪店で腕を磨くうち、小鹿さんを指名して通う常連客が増え始めた。

 岸氏の後に首相に就任した池田勇人氏も、その一人。池田氏は64年の自民党総裁選で3選を果たしたものの、直後にがんで入院。すると、池田氏から病室に呼ばれ、散髪を頼まれた。

 昼休みにお店を出て、用意された車で病院へ向かった。「よく来てくれたね」と手を挙げる池田氏。髪を切ってあげた後の、照れくさそうな「ありがとう」の言葉が今も耳に残る。

 小鹿さんにとっては、政治家も秘書も官僚も変わらない。「かっこいい髪形にしてやったら、みんな子どもみたいに笑うんだ」。そう思って客と接してきたからこそ、権力のど真ん中にいる歴代首相も心を許して足を運べたのもしれない。

 72年の自民総裁選で、「角福戦争」と呼ばれるほど激しく争った田中角栄氏と福田赳夫氏。二人も常連だった。

 田中氏の財布はいつも1万円札でパンパン。ときどき百貨店でアクセサリーを買ってきてくれた。一方の福田氏は、小鹿さんが閉店する理髪店の経営を引き継ぐ際、自ら保証人を買って出てくれた。「どちらもとっても優しくて、ちょっと人見知りでね。よく似ていたよ」

 その後も中曽根康弘、小渕恵三ら歴代首相が小鹿さんの腕と人柄にほれて足を運んだ。

 この先もどんな政治家に出会えるか、見てみたい思いはある。それでも元気なうちに趣味の書道や温泉旅行を楽しみたいと、27日の閉店を決めた。

 この年末、なじみの政治家や官僚らが、それぞれの思い出をかみしめながら店に集う。共産党の議員からは感謝を込めたコチョウランが届いた。

 上京するとき、「お偉いさんばかりの国会で働くなんて無理だ」と止めた村の人たちに言いたい。「国権の最高機関は、本当に最高の場所だったよ」

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この記事を書いた人
藤原慎一
政治部|野党担当サブキャップ
専門・関心分野
国内政治、安全保障、憲法、震災復興