日本人の識字能力は昔から世界でトップクラスだった――。ぼんやりとこんな印象を抱く人は少なくないのではないだろうか。この「常識」のよりどころの一つとなってきたのが、敗戦直後の1948年にGHQ(連合国軍総司令部)の後押しで実施された「読み書き能力調査」だ。識字能力が全くない人は1.7%と少なく、「日本人は読み書き能力が高い」という主張に援用されてきた。だが、この解釈には再考の余地があるとする研究成果が最近になって発表された。どういうことなのか。研究チームを率いた国立国語研究所の横山詔一教授(社会言語学)に話を聞いた。
まずはGHQの占領下で実施された「読み書き能力調査」について、簡単に説明したい。横山教授によると、米国を中心としたGHQは、日本の民主化を進める上で、識字能力を重要な基盤の一つと位置付けていた。特に重視されたのが、当時の中心的なマスメディアだった新聞を読んで理解する能力だ。
こうしたGHQの意向に後押しされる形で48年、国民を対象とした調査が行われることになった。15~64歳だった男女1万6820人を無作為抽出し、会場数も全国で400カ所以上に及ぶなど、国レベルの大規模調査の先駆けとも言われ、その学術的意義は長年高く評価されてきた。
ちなみに、この時の調査メンバーの一人だった教育心理学者の肥田野直氏は、77年の大学入試センターの設立に関わり、現在の「大学入学共通テスト」の源流にあたる「大学共通第1次学力試験」(共通1次)の創設に貢献している。「読み書き能力調査」で得たノウハウは、後に大学入試の設計に生かされたわけだ。
さて、重要なのは調査の内容と結果である。調査問題は90問で構成され、1問1点の配点だった。試験官が発した言葉を平仮名や片仮名で正確に記したり、文章の意味が通じる言葉を選択肢の中から選んだりする問題などが出され、全問正解した人を「リテラシーを持つ識字者」と定義している。
では、どのくらいの人が満点を取れたのだろうか。
「満点の割合は4.4%。不注意などによるミスがあることを想定して補正をかけた場合でも、満点を取る能力を持った人の割合は6.2%と推定されている」(横山教授)
調査上の定義で「リテラシーを持つ」と見なすことができる識字者は、16人に1人に過ぎなかったということだ。調査の3年後に公表された報告書にはこう書かれている。
「(日本人が)『正常な社会生活を営むのにどうしても必要な文字言語を理解する能力』は決して高いとはいえない」
つまり、「常識」とは真逆の結論が報告書には記されていた。
また、横山教授は「識字能力が全くない人」を1.7%としたことにも首をかしげる。調査では、0点の人を識字能力が全くないと見なしたが、全90問のうち65問を選択問題が占めており、0点という結果には不自然な側面があるからだ。
「私たちが計算した結果、選択問題を全て当て推量で答えた場合、0点を取る確率は約600万分の1だった。0点の大半は白紙回答者が占めており、その中には選択問題に慣れていなかったために当て推量をしなかった人や、調査そのものに反発していた人がかなり含まれていたと考えられる。そもそも、『満点か、0点か』という当時の解釈は、調査結果の分析方法としてはあまりに極端過ぎるように思える」(同)
調査結果を丁寧に読み解くと、さまざまな問題点が見えてくる。例えば、「55~59歳」「60~64歳」の年齢層では「80~90点」と「0~10点」が最も多い「U字型」の得点分布となっており、教育にアクセスできた人とそれ以外の人の間で、識字能力の二極化が起きていた可能性が示唆される。また、都市部よりも郡部、男性よりも女性の得点が低い傾向も示されている。
むしろ、日本の教育や識字能力の課題を示したものと言えそうな1948年の調査。それがどうして、「『識字能力が全くない人』は1~2%」という解釈だけが一人歩きし、「日本人は読み書き能力が高い」という「常識」が形づくられていったのだろうか。
横山教授によると、調査に携わった研究者たちが、そうした解釈を発信した影響が大きいという。戦後にそれぞれの分野において著名な学者となった人もおり、横山教授自身も調査結果を原典で確認するまでは、その解釈に疑問を持ったことはなかった。
46年のアメリカ教育使節団の報告書が日本語のローマ字化を勧告していたことを踏まえ、「読み書き能力調査」で高い識字能力が示されたことによって、ローマ字化を回避できたとの主張も一部で展開された。だが、横山教授によると、GHQのダグラス・マッカーサー最高司令官はそもそも、日本語のローマ字化は非現実的だと考えていたことが声明などから明らかになっており、「『読み書き能力調査』の結果によってローマ字化が見送られた」との主張を裏付ける根拠は薄いという。
調査に直接携わった研究者たちが、公式の報告書とは異なる解釈をどうして広めたのかは分からない。ただ、横山教授は戦争に負けた日本にとって、受け入れやすいストーリーを含んでいたことは確かだと考えている。
「みんなで戦後の復興を頑張ろうとしていた当時、日本人がある意味で自信を持てる内容だったのだろうと思う。『自分たちには能力があるんだ』『頑張れば発展できるんだ』という発信は、国民の胸にストンと落ちる部分があったのではないか」
識字や日本語能力という観点で見ると、日本は近年、新たな課題に直面している。外国籍や外国にルーツを持つ住民が増えており、小中学校や高校の不登校の児童生徒数も過去最多を更新し続けている。一方、全国規模で読み書き能力を確かめた調査は、現在に至るまで、48年のものが最初で最後となっている。
小規模ながら、読み書き能力が不十分な住民が少なくないことを示唆する調査もある。約50万人の人口を抱える大阪府東大阪市は、外国籍も含めた市民を対象に毎年実施している世論調査の項目として、数年に1度、「どの程度、新聞を読んだり、手紙を書いたりできますか」との質問を設けている。
市によると、「不自由なく読んだり書いたりできる」との回答は2000年度以降、8~9割で推移してきた。裏を返せば、読み書きに何らかの課題を抱えている住民が1~2割いるということになる。直近の21年度調査では、2.4%の住民が「まったく読んだり書いたりできない」と答えている。
横山教授は1948年調査を根拠とした「常識」が、こうした現状の課題認識を妨げる一因になっているのではないかと心配している。
「『日本人の読み書き能力は昔からずっと高い』との認識は、課題を抱えている人が身近にいることを見えづらくする可能性がある。そうした意味でも、この『常識』はもう一度問い直される必要があるのではないか」
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