それは、ウルがアカネの様子を確認するために【黄金不死鳥】のディズを訪ねたある日の事。
「興味本位で聞くんだけど、アカネっていつもどんな変身してるの?」
妹の身柄を預かっている借金取りの根城に通うという、やや珍妙な状況に慣れつつあったこのごろ、いつもの挨拶と雑談の後、不意にディズがそんなことを尋ね、ウルは首を傾げた。
「――日頃、どんな姿をしてるかって話?」
「そうそう。得意な変身ってやつあるのかなって」
《あるよー!》
まあ、如才ないディズの事だ。
アカネの能力に関してはウルに尋ねるまでもなく、確認できるところは確認し尽くしているだろう。そういう意味でも、彼女自身も言っていたとおり、この質問はただの「興味本位」であり、雑談なのだろう。
ウルも肩の力を抜いた。
「まあ、知ってると思うが動物全般は得意だな」
《むにゃ》
今現在のアカネは赤色の猫の姿だ。毛色は珍しいが、見た目は完全に猫であり、都市国の中でみかける猫と大差ない。
「人目から隠すのには都合よさそうだしね」
「ああ、それに潜入に向いている」
「潜入」
「特に猫は都市国の中でも愛玩用で見かけるからな。どこにでも潜り込めるし」
《ねー》
どれだけ毛色が変わっていようとも、猫相手に警戒する者はそういない。愛らしい姿は割と油断を誘えるのだ。と、少し妹自慢のように語ったが、ディズを見ると複雑そうな表情を浮かべていた。
「……うん、いったん流そうか。他には?」
「他は、妖精形態かな。魔術師が使う使い魔に似てる」
「ああ、うん。普段の姿だね」
《かーいでしょ?》
再びアカネの姿は変わる。今度は小型の妖精の姿だ。透き通った綺麗な緋色の翼を自由に広げてパタパタと空を飛んだ。
「可愛いね。自由に空を飛べるし、便利そうだ」
「空から偵察もできるしな」
「偵察」
《べんりよ?》
「……うん、他には?」
やはり少し複雑そうな表情をしながら、ディズは続きを促した。が、他と言われると少し困る。
「そこまで色々と変身してきたわけじゃないんだが……ああ、自分の体に纏わり付かせるのは得意だな」
《あれかー》
そう言って、妖精の姿をしたアカネがウルの服の中に飛び込んだ。するとそのまま、ウルの服と同化した。ウルの身体にへばりついているような状態だ。
「隠れるため?」
「それもあるが……」
ウルはそのまま立ち上がると。部屋の壁に掌を当てる。すると、掌にアカネがへばりついて、壁とウルを接着した。そのまま身体を引っ張り上げれば、
「ほら、こうしたら、壁に貼り付けるだろ」
《すごいでしょ!》
「すごい。犯罪の気配もすごい」
「そんでもって、こうして顔をアカネで覆うと……」
飛び降りて、アカネがウルの顔を覆う。まるで祭りのお面のように、老いた老人の顔に形が変わった。
「老人に変身! とかな。追っ手の目から逃れて、不意打ちでぶん殴るのに便利なんだ」
《ふふーん、どやぁ!》
「なるほど。発想次第でなんでもできるって訳だね」
ディズは満足したように頷いた。頷いて、ぽんとウルの肩を叩いた。
「ところでウル、アカネ」
「なんだ」
《なに?》
「君、冒険者になる前まで泥棒稼業してた?」
「ガラクタ拾いで小銭稼いだりしていたが」
「なんで?」
「なんでと言われましても」
《ても?》
今言ったような能力は、子供同士のケンカや借金取り等から逃れるために使ったもので、犯罪に利用したりはしていない――――と、説明して、納得してもらうのに時間がかかったウル達であった。