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『【2巻発売記念SS】かくして少年は迷宮を駆ける『魔物大辞典(中古・状態:難アリ)』/あかのまに』のエピソード「魔物大辞典(中古・状態:難アリ)」の下書きプレビュー

【2巻発売記念SS】かくして少年は迷宮を駆ける『魔物大辞典(中古・状態:難アリ)』/あかのまに

魔物大辞典(中古・状態:難アリ)

作者
MFブックス
このエピソードの文字数
2,844文字
このエピソードの最終更新日時
2024年12月23日 17:09

 それは、大罪都市国グリードから出立することを決めて、冒険者ギルドの訓練所から引き上げる最中のことだった。


「ああ、そうだ。これくれてやる」


 訓練所の主、不良教官グレンが荷物をまとめていたウルに対して、それを放り投げてきた。

 なんだろうとそれを受け取ったウルは、それが分厚く、古い本であると気がついた。

 その題名は


「魔物大辞典……ボロいな」


 出現する魔物達の情報が記載された図鑑だった。

 色々と変色して、だいぶ古くなっている本のページを開くと、古書独特の匂いがした。


「そりゃそうだ。冒険者ギルドの本棚にどっかの誰かが置き忘れたやつを、どっかの誰かが勝手に持ってて、勝手に返してを繰り返してる代物しろものだからな」

「借りパクぅ……」

「どうせ元の持ち主なんて死んでるっつの」


 凄い話だった。

 それならここまでボロボロになるのも、さもありなんだ。

 むしろよく、壊れてバラバラにならないものだとも思えるが、よく見ればなんども修繕しゅうぜんを繰り返した跡があった。


「使わねえなら適当に捨てといてくれ」

面倒めんどうくさくなってゴミ捨て頼んじゃねえだろな……」


 そう思いながらも、ウルはそれをかばんの中に詰め込んだ。


         ◆◆◆


 そうして、大罪都市グリードを出てしばらくした後、野営中にて、


「ウル様」

「ん?」


 既に食事を終え、後は火の番をしながら交代で眠りにつこうという時に、シズクが声をかけてきた。彼女の視線は、ウルの隣に置かれた古びた本に注がれている。


「そちらは、グレン様がくれた本ですね」

「ああ、番の時、読もうと思ってな」


 魔物大辞典と呼ばれるその本をウルは開く。

 自然とシズクは隣に座り、のぞき込んできた。

 確か、白亜はくあの指輪を冒険者ギルドから授かった時は、彼女は文字が読めなかった。だが、それから訓練所にいる間に文字の読み書きを勉強して、あっという間に簡単な読み書きができるようになっていた。

 そこら辺は本当にさすがと言うべきだろう。

 もう既にウルが教えることは、ほとんど無くなっていた……だが、その彼女でも、この本は中々読みづらいだろう。なにせ、


「……すっげえボロくてすっげえ落書きが多い」


 あまりにも、ごちゃごちゃとした落書きが書きまくられているのだ。

 文字の読み書きができるとか関係なく、ウルでも読みづらい。


「ですが、単なる落書きではないのですよね?」

「ああ、どうも図鑑を持ってた持ち主が書き加えていたらしい」


 全身にとげを持ち、触れた者を石化させる【死棘薔薇しとげばら】と呼ばれる恐ろしい植物型の魔物について書かれているページを開く。

 元々そのページは、筆者があまり詳細にこの魔物の生態を知らなかったらしく、他のページと比べて内容が少なかった。

 だが、少ない情報からの筆者の推測のくだりで、この本の所有者の落書きが書き加えられているのだ。


 ――以上の事から石化の魔術と推測される。

         ↑

 適当書きやがって、アレは魔術じゃなくて毒だっつの。

         ↑

 これも正当ではない。

 呪術性の魔力を含んだ体液だ。

 ゆえに解毒薬は効きが悪い。

 解毒するため、呪術構築式を記載しておくので確認するように。

         ↑

 ありがと、たすかた。


 と、このような具合に落書きといか、メモが書かれているのだ。


「…………読みづれえ」

「ですが、参考になります」


 シズクは感心したように頷きながら、記載されている術式をなぞるように目を通していた。


「参考になるから余計にな……」


 筆跡も、文字の大きさもバラバラだ。

 おそらく書き加えているのは全員別人なのだろう。

 その全員が、あーだこーだと本の内容を修正したり、その修正を更に修正したりして、一ページにつき情報量が膨大ぼうだいになっている。

 もちろん、その情報はウル達が冒険する上で役立つものではある。だがせめて、もう少し清書しておいて欲しいと思うのは贅沢ぜいたくだろうか。


 他のページ、翼を持ち空を泳ぐへび、伝説の魔物【コアトル】についての項目などは、


 ――このように、どのような情報も曖昧あいまいで不確かだ。

 実在しない可能性が極めて高い。

         ↑

 てきとーなこといいやがって!!

 いたじゃねえか!!

 しぬかとおもったわ!!

         ↑

 発見したのであれば所在地を書いておけ!!

 なんの情報もないではないか!!

         ↑

 てめえの文字のせいで読めなくなっただろシネ ← おまえもだろがボケ


「……ケンカ始まったぞ」


 口喧くちやかましい…………わけではないが、見ているだけで罵声ばせいが聞こえてくるようなケンカがずっと続いている。

 他のページにまで波及はきゅうしているせいで、だいぶ読みにくい。

 それに文句を付ける者が、更にその被害を広げている。


「持ち主が戻ってるのでしょうか?」

「筆跡は全部バラバラだから全員別人だぞ。器用なことしてんな……っと」


 パラパラとめくっていくと、あるページに目が留まった。

 魔術による幻影を引き起こし、相手を混乱させる厄介な魔物、【幻焔狐げんえんこ】という魔物についてのページだ。

 厄介な魔物であり、攻略できた者が少ないためか、このページは元々の記載も歴代所有者達の書き込みも少ない。

 しかし、


 ――一度幻影を使われれば、本体を叩く他ない。

 可能な限り距離を置き、魔術などで攻撃を――

         ↑

 本体は存外脆もろい。

 半端はんぱに距離を取るくらいなら、一気に迫ってなぐった方が早い。


 と、意外に丁寧ていねいで、そして簡潔な文章で書き込みが一つだけあった。その筆跡にウルは見覚えがあって、少し面白そうに笑った。


「……グレンだなこりゃ」

「はい、間違いありません」


 直感だが、おそらく間違いない。

 彼も使っていたものを引き継いだとなると、なおのこと適当には扱えないな、とウルはその図鑑をでた。

 グレン以外にも、様々な冒険者の想いやらなにやらが書き込まれたこの図鑑は、読んでいて飽きそうになかった。

 そして、更にページをめくっていくと、


「…………お」

「まあ」


 そこに書かれていた絵図に、ウルとシズクは目を留める。

 輝く、宝石のような身体をもった人形ゴーレム

 間違いなく、ウル達が大罪都市国グリードで討伐することに成功した賞金首、【宝石人形ジュエルゴーレム】のページだった。

 駆け出しのウル達にとっては厄介極まる魔物であったが、歴代の所有者にとってもそれは同じだったらしい。


 堅すぎる。

 戦うのは避けるべきだ。

 旨みもねー。

 めんどくせー。


 と、色々な情報……というよりも、愚痴ぐちのような言葉がつらつらと並べられている

 そんな書き込みの中に一つ。


 暴走を引き起こし、上手くやれば硬度を落として倒せるのでは……?


 という、アイデアが書き込まれていた。

 それを見て、ウルは少しだけまゆをつり上げる。

 そして、荷物の中に入れておいた、日記用のペンを取り出すと、


 運と実力が無いと、すんげえ痛い目にあうから、やめたほうがいいぞ。


 と、書き込んでおいた。


         ◆◆◆


 こうして、グレンから継承……というにはやや乱暴に渡された魔物図鑑に、ウルはこれから先も色々と書き込んでいくことになる。

 ウルを含めた無数の冒険者達が書き込みを続け、本来の数倍以上の情報がき詰められることになったこの図鑑は、その後、都市国防衛のため魔物の研究を続ける騎士団の研究所の目に留まり、その結果と色々と物議をかもすことになるのだが……これはまた別の話である。

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【2巻発売記念SS】かくして少年は迷宮を駆ける『魔物大辞典(中古・状態:難アリ)』/あかのまに
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MFブックス
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