『ヒストリエ』の心の座について | 胙豆

胙豆

傲慢さに屠られ、その肉を空虚に捧げられる。

NEW !
テーマ:

漫画の記事の目次に戻る

 

表題通りの内容…とは限らないけれども、心の座とかについて、ともかく書いていくことにする。

 

カリステネスはどうしたって?

 

バクトリアで骨になって転がってるよ。(史実)

 

まず、この記事の目指すところなのだけれども、『ヒストリエ』を読んだに際して、エウリュディケがオリュンピアスに酷い目にあわされてその最後にエウメネスが立ち会っていて、そこの描写を見て、エウメネスがオリュンピアスに復讐を行うだろうと予想している人を幾度か見たことがある。

 

曰く、物語序盤のば~っかじゃねぇの!?はエウメネスがオリュンピアスにそれをする伏線だろうだのなんだの。

 

(https://x.com/NightSlashers21/status/1562376026935918594)

 

(https://x.com/toragiko1/status/1806242070010663197)

 

(https://x.com/robinsoncatxx/status/1804140145920348449)

 

…。

 

そういう発想をする人が居るということを示すには、2~3人分のそれがあれば十分だからそれしか用意しなかったけれど、これ以外にもさらに数人同じこと考えてる投稿があって、めっちゃ同じこと思ってんなと思った。(小学生並みの感想)

 

ちなみに、引用するには文章がちょっと微妙だったから引用してないだけで、ちゃんとハルパゴスの話はエウメネスがそれをするための伏線だって話をしていた人は居ました。

 

ただけれども、僕はそういうことは起きはしないだろうということを知っている。

 

そういう話なので、13巻収録分の『ヒストリエ』では、どのようなことが起きるのだろうかという話がこの記事の論旨であって、僕の方で何が起きるのかの推論があるから、こういうことが起きるんじゃないかなという話を以下ではして行きたいと思う。

 

…つーかまぁ、メムノンの解説の時に普通にその話してて、今回はその話を記事一つ分まで掘り下げるだけなんだけど。

 

それと当然、その内容なのだからネタバレはあります。

 

まず、エウメネスがオリュンピアスにば~っかじゃねぇの!?する可能性はまずないと判断して良いと思う。
 
ここで言うば~っかじゃねぇの!?は、エウリュディケの死に対する報復の話であって、けれども、史書に言及されるエウメネスとオリュンピアスの動向を読む限り、そのようなことは起きえないと判断できる。
 
何故と言うと、オリュンピアスが死ぬのは『ヒストリエ』でそうと言及されているように、史書にもアレクの死より後だと記述されているからになる。
 
(岩明均『ヒストリエ』12巻p.187 以下は簡略な表記とする)
 
つまりは、あのエウリュディケの死のすぐ後に、エウメネスがオリュンピアスに報復殺人を行ったということは、史書の記述を見る限りあり得ないし、『ヒストリエ』の描写に従ってもあり得ないということがここで分かる。
 
『歴史叢書』ではオリュンピアスはアレクやヘファイスティオンと手紙のやり取りをしていて、元気にヘファに嫉妬してあれこれ手紙に書いたと記述されていて普通に生きているし、なんだったら彼女が死ぬのはエウメネスよりも後になる。
 
その辺りは以前言及した通りで、史書でも『ヒストリエ』で"予言"されたように、罵声の中でのたうち回って死ぬようなシチュエーションでその死が記述されている。(参考)
 
更にはオリュンピアスの死より先にエウメネスは死んでいる以上、その死にエウメネスは関与していないということになるし、大王の東征中もその後も、普通にオリュンピアスは大王の母として振舞っている以上、カサンドロスに負けるまで失脚していない。
 
加えて、『ヒストリエ』作中に、オリュンピアスが失ってたら損失になるようなネームドキャラはネオプトレモスしかおらず、そのネオプトレモスもアレクより長生きであって、ディアドコイ戦争でエウメネスが干戈を交えた将軍で、ディアドコイ戦争に至るまで死ぬわけもなくて、エウリュディケの死の後に、オリュンピアス本人の命の代わりの報復殺人をエウメネスがネオプトレモスに行うと想定できない。
 
要するに、作中の描写と史書の記述を見るに、エウメネスは12巻のすぐ後にオリュンピアスに"打撃"を与えるという未来が見えないということになる。
 
『ヒストリエ』作中でアレクより長く生きると予言された以上、史書の記述を変更してオリュンピアスをエウメネスが殺害するということはあり得ないし、オリュンピアスが失って困るようなものは作中で描かれておらず、それをエウメネスが奪ったというようなことも想定できない。
 
あの事件の直後にそういうことをしたという話はなさそうだし、オリュンピアスは死の直前まで大王の母として権勢を誇っている。
 
『英雄伝』などの記述を見るに、別にあの事件の後も普通に元のままの地位でいたというか、エウリュディケの子を殺したことの非難は受けても、むしろエウリュディケを排除した分、事件前よりもオリュンピアスの立たされている状況が良くなっている。
 
そしてその後に東征に大王と共にエウメネスは出発して、エウメネスはオリュンピアスと13年くらいもう会う機会はないし、その後もオリュンピアスは死の直前まで特に失脚とかはしていない。
 
だから、エウメネスがオリュンピアスに復讐するという未来が起きるのは考えづらいということになる。
 
じゃあ、復讐をしないとして、どうやってあの出来事でのオリュンピアスとエウメネスについての処理を済ますのかという話になる。
 
なんらか、あの惨劇の"落としどころ"が用意されているはずで、あの状況で直ぐに遠征開始とはならないわけで、読者が読んでいて、決着がついたと思えるような物語の配置が今後されるはずになる。
 
その辺りについてを以下では少しそれぞれのキャラクターの状況を考えて見ていきたいと思う。
 
まず、オリュンピアスはあくまでケジメとして自身の追放と不遇の報復を行っただけであって、生き残った男児については警戒しているものの、別にエウリュディケや赤子に対して怒りの感情はない。
 
(12巻pp.175-176)
 
オリュンピアスの言及から分かるように、この報復殺人は怒りではなくてケジメをつける為に行っている。
 
怒ってないからエウリュディケが勇敢な振る舞いをすれば誉めるし、ケジメば済めば三人とも殺す必要はないから、エウリュディケが女児を選んでいたら二人を逃がす心づもりであったという話になると思う。
 
このオリュンピアスの"けじめ"については、ヤクザと同じ理屈と考えれば分かりやすい。
 
暴力団があったとして、ある人物がその組の看板に泥を塗ったとするのならば、塗った人に悪気があろうとなかろうとケジメは必要で、あまりに看板につけた傷が大きいのなら、ケジメをつけるために小指は切らなければいけないし、東京湾に沈めなければならない。
 
そうしなければ落とし前はつけられない。
 
オリュンピアスの言う所の"けじめ"も要するにそういう話になる。
 
ニカンドラは良く仕えてくれたし、エウリュディケ暗殺未遂事件から何年も経っている以上、オリュンピアスが「こんな顔になるまでよくぞ耐えた」と言っているのだから、ニカンドラは拷問の際に顔面骨折で顔が変形してそのままになっていて、それ程までの暴行に耐える忠義心は認めるとはいえ、それはそれとして、ニカンドラが吐かなければオリュンピアスはフィリッポスに暗殺の刺客を送られることはなかったし、モロッシアに追放されることはなかったのだから、死ななければ落とし前をつけられないから殺しただけになる。
 
そして、エウリュディケが原因でこのようなことになったのだから、エウリュディケも相応の"支払い"が必要だという話で、双子の内の一人で許してやるという"寛大な"提案をオリュンピアスはしただけの話になる。
 
ただけれども、男児をエウリュディケが選んだことによって、アレクの敵となると分かったために、男児を殺害せねばケジメはつけられないから、殺害しなければならなくなったから殺すというだけの話で、女児一人で手打ちにしてやるつもりだったのに、男児を選んで我が血筋の仇になる気がまだあるというのなら、二人とも処分しなければ落とし前はつけられないというだけの話になると思う。
 
女児を選んで今後の火種を作らないという意思表明をすれば一人で許すというのに、火種として残りかねない男児を選ぶというのなら、こんなにも寛大な私にまだ盾突くという話になって、女児一人という落とし前では足りなくなってくるというヤクザ的な感覚なのかなと個人的に思っている。
 
まぁそもそも、"けじめ"って言葉はヤクザの用語ですし。
 
(https://wwws.warnerbros.co.jp/outrage2/s_phone/words.html)
 
(同上)
 
12巻終了時点だとオリュンピアスはケジメの為のその殺意は未だにむき出しのままという状態で終わっている。
 
一方でエウメネスに関しては、エウリュディケが殺されたことについて、強く精神的なショックを受けているけれども、その感情は悲しみと落ち込みで、怒りの情念をそこまで強くは抱いていたりはしない。
 
(12巻p.249,p.250)
 
この描写を見る限り、12巻終了間際のエウメネスは、怒りに任せて殺人を行うような精神状態にないということが分かる。
 
結局、死ぬ人は死んで生き残る人は生き残って、大王はマケドニア王国を受け継いでフィリッポスは王を引退するだけで、あの一連の事件で消化していないのは、オリュンピアスの殺意と、エウメネスの悲しみと、心の座のくだりだけになる。
 
だから、13巻収録分ではそれが解消される予定なのだろうという話になる。
 
そもそも、『ヒストリエ』ではあの状態ならば険悪な関係性しか残りそうにないエウメネスとオリュンピアスではあるけれど、史書に言及されるところの二人の関係性は、険悪どころかむしろ良好で、オリュンピアスはエウメネスに対して信頼を置いている。
 
『ヒストリエ』の原作の『英雄伝』では、オリュンピアスはアレクサンドロスの遺児(ロクサネが生んだアレクサンドロス4世)を守るために帰国してくれと要請を出している。
 
以下に引用する文章は時系列的にディアドコイ戦争の真っ最中で、アンティゴノスに攻められて敗走したけどしぶとく生き残っていた時分の話です。
 
十三 逃げていくエウメネースのところへアンティゴノスが強大になるのを恐れてゐるマケドニアの人々から手紙が著き、オリュンピアスはエウメネースに早速帰国して、陰謀の的になっている、アレクサンドロスの幼い子供を引き受けて育ててくれと頼み、ポリュペルコーンと王のフィリッポス(引用者注:父王の名を引き継いだアリダイオス)とはエウメネースがカッパドキアーにゐる軍隊を指揮してアンティゴノスと戦争するように命じ、クーインダにある財宝の中から エウメネースが自身の損害を補ふための五百タラントンを取つた上、欲しいだけ戦争に使へと云って来た。(プルタルコス 『プルターク英雄伝 8』 河野与一訳 岩波書店 1955年 p.57 下線引用者 注釈は省略 旧字は新字へ)」

 

『ヒストリエ』ではあんなことがあったというのに、『英雄伝』に記述されるところではエウメネスとオリュンピアスとは敵対関係になくて、関係性は悪いどころかむしろ良いということがここから分かる。

 

関係性が悪かったら大事な嫡孫の後見人なんて頼まない。

 

オリュンピアスとエウメネスが盟友関係なのは『歴史叢書』でも同じで、ただ、少し記述に差異があって、『歴史叢書』だとポリュペルコンが中心的にあの場面で動いていてオリュンピアスとエウメネスに手紙を送って色々やってて、敗走して勢力を弱めていたエウメネスを強くしたと言及されている。

 

当時の帝国の支配者アンティパトロスが死んで、後継者にポリュペルコンが指名され、けれども、アンティパトロスの子であるカサンドロスがそれに反発して離反して、それを受けてポリュペルコンは自分の陣営の強化のために、オリュンピアスとエウメネスを勢力に招き入れたという話らしい。

 

『英雄伝』だとオリュンピアスとポリュペルコンが別々に動いているというような感じだったけれど、『歴史叢書』ではポリュペルコンが中心的に動いていて、オリュンピアスとエウメネスを味方陣営に加えたという感じで言及されている。

 

そのポリュペルコンは『ヒストリエ』にも出てきている。

 

(5巻p.162)

 

太って笑ってる方がポリュペルコンです。

 

そういう風にディアドコイ戦争でのエウメネスの動向に関係があるポリュペルコンが登場していて、更には『ヒストリエ』ではポリュペルコンと敵対したカサンドロスも出てきているのだから、まぁなんつーか、岩明先生の脳内予定表的には、今言及しているあたりも描くつもりだったんだろうな…って。

 

そのポリュペルコンとオリュンピアスは共同で、エウメネスこそ帝国の最高司令だから、他の指示は聞かない様にと伝令していたりする。

 

「(プトレマイオスはエウメネスの予期せぬ勢力回復を見て、その力を削ぐために銀盾隊にエウメネスの命令を聞かぬよう手紙を送った。) 似たようにして彼はエウメネスに金を与えることに厳しく抵抗するようキュインダの守備隊長に手紙を送り、彼らの安全を保障すると約束した。しかし誰もそれに耳を貸さず、それというのも王たちとその後見人ポリュペルコン、アレクサンドロスの母オリュンピアスは、エウメネスこそが王国の総指令官であるがゆえにあらゆる仕方でエウメネスに奉仕するようにと彼らに手紙を書いていたからだ。 (参考 冒頭()は引用者補足)」

 

史書にはオリュンピアスとエウメネスは盟友関係にあったと言及されていると分かる。

 

結局の所、『ヒストリエ』の原作はプルタルコスの『英雄伝』であって、今引用した『歴史叢書』のテキストは、邦訳が出版されていないのだから、『ヒストリエ』では『英雄伝』に近い出来事の推移を想定していたのだろうと思う。

 

ちなみに、時系列的に大王が死んだ直後でゴタゴタしていた頃、当時の帝国の支配者であるペルディッカスはマケドニア王家との政略結婚を画策していて、それに際してエウメネスは使者としてオリュンピアスの娘の所へと向かっている。

 

史書でオリュンピアスはエウメネスに孫の後見人を依頼しているわけで、それには信頼を置く出来事が必要で、もしかしたらオリュンピアスとエウメネスは面識があったりしたのかもしれない。

 

その事については『王妃オリュンピアス』に記述がある。

 

「 結局ペルディッカスはニカイアを選んだ。当面はアンティパトロスとの協調をはかることが自身の権力の維持に不可欠だったのだ。しかし同時に彼はできるだけ早くこの結婚を解消し、あらためてクレオパトラを娶るつもりだった。実際彼はサルディスにいるクレオパトラのもとへ部下のエウメネスを向かわせている。(森谷公俊 『アレクサンドロスとオリュンピアス』 筑摩書房 2012年 p.181)」

 

ここで言う所のクレオパトラはアレクサンドロスの同母妹で、オリュンピアスの娘であって、もしかしたらここでエウメネスはオリュンピアスと面会していたりするのかなと思う部分はある。

 

ちなみに、先の森谷の記述の出典は特に書いてなくて、僕のお手元のこの辺りの時代について書かれた史書にはその話はない。

 

けれども、色々調べた結果として、その話は『アレクサンドロス大王没後史』という、この単語で検索しても何も検出されない謎の本に記述されている分かっている。(参考)

 

当然、日本語訳なんて出版されてないし、そもそもそんな本は現存すらしていないけれど、僕はその『アレクサンドロス大王没後史』のエウメネスが使者としてクレオパトラに送られているという記述をこの記事を書くために確認していて、確かにそうと言及されていたらしいと確かめている。

 

結局、史書によって言及が違い過ぎて、どの関係性が正しいのかは分からないとはいえ、オリュンピアスがエウメネスにある程度であっても信を置いていたとするならば、エウメネスが使者として赴いた時に会っていて、それが故にどんな人物か分かっていたから同じ勢力として立ち回った可能性は0ではないのかなと思う。

 

ともかく、そういう風に将来的に味方陣営で戦うのがエウメネスとオリュンピアスになる。

 

だから今後敵対しない未来が予期できて、そうとすると、『ヒストリエ』における二人の"落としどころ"は何処になるのかというのが問題になってくる。

 

分かっていることは、まず、将来的にエウメネスが救ったエウリュディケの子は、種々の要素からおそらく、将来的にアンティゴノスの子デメトリオスになるのだから(参考)、あの場面でオリュンピアスに殺害されることはないだろうということがある。

 

次に、エウメネスは仕事をやめたいけれど、"死んだ"フィリッポスからエウリュディケの子を頼まれていて、任された以上、その命を守る立ち振る舞うのだろうという話がある。

 

最後に、あの後にオリュンピアスはあの幼子を殺さないことを決めるし、その子をエウメネスは共に居て、その状況性で殺害を諦めるのであるならば、おそらくはこの後、エウメネスとオリュンピアスの会談があって、そこでオリュンピアスは殺害を諦めるし、そこで心の座の話が何らかされるのだろうということになる。

 

岩明先生は、アフタヌーンに掲載された作者コメントで以下のように言っている。

 

「長いこと、ご無沙汰いたしました。単行本にするための作業のほか手間取ってしまい、連載再開も遅くなりました。さらに再開の今回も、単行本作業の影響でページ数が少なめになっています。面目ありません。ただでさえこれだけ手間取っておるので、いわゆる「無意味に話を引っぱる」なんて事はまず有り得ません。大変恐縮ながら「岩明時間」にて、テキパキがんばってまいります。(『月刊アフタヌーン』 2017年6月号 p.101)」

 

これは11巻の一つ目の話の時に掲載された作者コメントで、10巻の単行本作業明けの連載再開時のコメントになる。

 

具体的には、パウサニアスが登場して、心の座の話がされている回です。

(11巻p.14)

 

この回の時に、「「無意味に話を引っぱる」なんて事はまず有り得ません。(同上)」と岩明先生は言及している。

 

つまりは、休載明けで連載が滞っていて、カイロネイアが終わって、そろそろアレクと代替わりかなと思ったタイミングでパウサニアスの話が差し込まれたわけで、普通に読者である僕としても、「え、この状況でフィリッポスの暗殺者の掘り下げ!?」と当時思った記憶がある。

 

それを前提に岩明先生のコメントを見ればどういう話かは分かって、パウサニアスの過去の掘り下げは無意味に話を引っ張るためではなく、必要だからその話を入れていると弁明していると理解して良いと思う。

 

結局、12巻の描写を見たならば、パウサニアスの掘り下げは新たなる王、偉大なる大王の誕生に絶対的に必要だったわけで、連載速度の事を無視した時に、アレクがパウサニアスを成敗したあの場面の描写に、あの場面に至るまでの積み重ねなど不要だったと文句を抱く人なんておよそ居ないだろうと僕は思っている。

 

そういう風に岩明先生は言及していて、そのコメントが載った回では同時に、"心の座"の話がされている。

 

(11巻p.16)

 

普通に考えたならば、岩明先生が言う所の「「無意味に話を引っぱる」なんて事はまず有り得ません。(同上)」という言葉はパウサニアスの話を言っているというのは良いとして、心の座についても、けして無意味な配置ではないと言っていると判断して良いのではないかと僕は思う。

 

その心の座については、『ヒストリエ』作中では回収されていない。

 

作中で心の座の話が何か効果を出したということは今の所なくて、パウサニアスは王の手によって成敗されたとはいえ、パウサニアスの登場から死亡まで、その行動は心が心臓に在ろうが脳に在ろうが、別に過程も結果も変わりはない。

 

ならば、岩明先生が無意味に引っ張っているわけではないと言っている以上、心の座については13巻収録分以降で回収される予定と考えた方が妥当になる。

 

じゃあどのような形で回収されるのかについては、僕には分からない。

 

けれども、おそらくオリュンピアスであろう人物が、パウサニアスの心臓を回収している。

 

(12巻pp.141-144)

 

『ヒストリエ』ではそのパウサニアスは兄に、お前の心の何処にあると問われている。

 

(11巻p.121)

 

下の飲用の器はパウサニアスの壊れた心で、その事の暗喩は作中でされている。

 

(11巻pp.117-118)

 

ここでパウサニアスは壊れたハート形のコップを見ながら、「まだ使えるな」と言っていて、それは心が壊れたパウサニアスではあるけれど、まだ使い道があるという話で、あの壊れたコップはパウサニアスの心の暗喩であるいう理解で良いと思う。

 

(11巻p.19)

 

ここで壊れた心と壊れていない心をパウサニアスは見つめていて、その行動が含意する内容を僕は理解しきれないし、ともかく、パウサニアスの心が欠けていると暗喩されている以上の事は僕には分からない。

 

そのパウサニアスの心は何処にあると兄は言っているわけで、その心の在り処について、脳か心臓かという話は、脳にあったら何なのか、心臓にあったら何なのか、その事が効果を発揮しているというような場面が『ヒストリエ』にはなくて、その辺りについては作中で未だ回収されていない。

 

(11巻p.18)

 

そして、このように意味ありげに描かれるパウサニアスのこの心臓をオリュンピアスらしき人物が持ち去ったのだから、その事には何らか"予定"があるのだろうと僕は思う。

 

じゃあその予定が何なのかは僕には分からない。

 

分かることは、おそらくオリュンピアスはエウメネスとこれから会うし、その時に、持ち去った心臓や心の座の一連の話が、なんらか効果を発揮するのだろうということくらいになる。

 

12巻終了時点でのエウメネスの目指すところは、ともかく、エウリュディケの遺児の殺害を阻止することになる。

 

殺そうとしているのはオリュンピアスなのだから、働きかけるならオリュンピアスで、けれども、その阻止する方法としてオリュンピアスを殺害するという方法はありえなくて、この時点ではオリュンピアスが死ぬことはない。

 

ならば、エウメネスはオリュンピアスから暴力ではなく交渉で、殺害の中止を引き出したという展開を想定することが出来る。

 

オリュンピアスの方はと言うと、エウリュディケに対する殺意で事を構えているわけではなくて、ケジメのために色々やっているのだから、ケジメがつけばそれで良い。

 

じゃあどうすればケジメがつくのかと言えば、必要な"支払い"が終われば良いわけで、正直、エウリュディケが死んだ時点で、もうケジメはついている。

 

ならば、エウリュディケの子を殺すのをやめるのかと言えば、今の所やめる理由はないわけで、逆に言えば恨みでやってるわけではない以上、理由さえあればやめても良い話になる。

 

おそらく、エウメネスとオリュンピアスはそこで何らかの取り引きをするのだろうと僕は思う。

 

オリュンピアスは原作の方で、エウメネスにアレクの遺児たちを守るように手紙を書いている。

 

十三 逃げていくエウメネースのところへアンティゴノスが強大になるのを恐れてゐるマケドニアの人々から手紙が著き、オリュンピアスはエウメネースに早速帰国して、陰謀の的になっている、アレクサンドロスの幼い子供を引き受けて育ててくれと頼み、ポリュペルコーンと王のフィリッポスとはエウメネースがカッパドキアーにゐる軍隊を指揮してアンティゴノスと戦争するように命じ、クーインダにある財宝の中から エウメネースが自身の損害を補ふための五百タラントンを取つた上、欲しいだけ戦争に使へと云って来た。(同上 『プルターク英雄伝 8』 p.57 下線引用者)」

 

今引用した『英雄伝』の方だと元々、アレクの遺児はペルディッカスが守護していて、摂政という立場にあったのだけれど、そのペルディッカスはなんやかんやあって上の引用の時点では死んでしまっている。

 

だから、帝国に遺児を守る役割の人が居なくなったから、オリュンピアスはエウメネスにその役割を引き受けてくれ、すなわち、帝国の摂政になってくれと手紙を書いたという話になる。

 

予定表的には『ヒストリエ』はその場面に至るわけで、考えるに、オリュンピアスはエウメネスに対して、エウリュディケの残した幼子を殺さないことの引き換えに、今後何かがあった場合、必ずアレクの血筋の味方になるという条件を挙げて、その事によって幼子が殺さないで済むという展開が予定されているのではないかと僕は想定している。

 

そして、そこで何らか心の座の話がされて、おそらくはネオプトレモスとエウメネスの因縁がそこで始まって、それによってネオプトレモスがエウメネスを嫌うようになるのだろうと僕は思う。

 

ネオプトレモスは原作の方で、エウメネスの事を馬鹿にしている。

 

「 (エウメネスは)フィリッポスの死後、アレクサンドロスの側近の間で知恵に於いても信義に於いても仲間に負けないものと見られて書記官長に任ぜられたが、王の非常に親しい友人たちと同じような尊敬を受けていたので、将軍として、自分の軍隊を率いてインドに派遣され、ペルディッカースがヘーファイスティオーンの死後その後任に昇進した時、ペルディッカースの占めていた騎兵隊長の位置を授けられた。そのために盾兵の隊長ネオプトレモスがアレクサンドロスの死後、自分は盾と槍を持って、エウメーネスは筆と書きもの板を持って大王に従って行ったと述べた時に、マケドニアの人々が嘲笑したのは、エウメーネスがいろいろの名誉を持っていた他に親戚関係からも大王に引立てられたのを知っていたからである。(同上 『プルターク英雄伝 8巻』 pp.40-41 下線部引用者)」

 

そして、ディアドコイ戦争では同じ陣営で戦っていたというのに、離反してエウメネスと戦争している。

 

上の引用から分かるように、ともかくネオプトレモスはエウメネスのことを嫌っている。

 

オリュンピアスとエウメネスとの会談で、何らかネオプトレモスがエウメネスを嫌うようになる出来事が想定されているのではないかと僕は思う。

 

それはおそらくは、嫉妬も含まれていて、エウメネスは諸将に嫉妬されて足を散々に引っ張られた将軍だから、オリュンピアスとエウメネスの関係性へのネオプトレモスの嫉妬もあるだろうと僕は思う。

 

それ以外にも文官の癖にと罵るのだから、ネオプトレモスはエウメネスが剣の名手とは知らないという状況でなければならなくて、ネオプトレモスとエウメネスは、パウサニアスとのあの場面のようにその時点で切り結ぶということはないと僕は思う。

 

(11巻p.213)

 

こういう風に切り合った後に、文官めが!と嘲るのはチグハグしているので、エウメネスとオリュンピアスがあった場面では、剣劇は起きないだろうという推論がある。

 

『ヒストリエ』はかなり長期的なビジョンがあってキャラクターが配置されていて、ネオプトレモスがオリュンピアスに突き従っていることも結局、将来的にエウメネスと敵対するからであって、その敵対の為の配置なのだろうと僕は思う。

 

更には、エウメネスがアンティゴノスに捕らえられたときに、アンティゴノスの子デメトリオスはエウメネスの助命嘆願をしている。

 

この人物は『ヒストリエ』で既にされた描写から考えるに、エウリュディケの男児の後の姿になる。

 

加えて、その場面では更にもう一人助命を願っている人物が居て、それはネアルコスになる。

 

(12巻p.252)

 

その時点でのネアルコスの地位はアンティゴノスの部下で、そのアンティゴノスの跡取りと共にエウメネスの助命を提案するのだから、おそらく、12巻最後の時点でネアルコスがエウメネスと共にいるのは、デメトリオスがエウメネスによって命を救われる場面を見させるためなのだろうと僕は思う。

 

デメトリオスがエウメネスの助命嘆願をするならば、エウメネスがデメトリオスにとって命の恩人であるということを知る必要があって、そのことを知らせるために、ネアルコスは12巻終了時点でエウメネスに同行しているのだろうという話になる。

 

考えられる流れとしては、先の引用のページの後にネアルコスと共にオリュンピアスの元へ行って、そこでエウメネスがオリュンピアスに見所のある人物だと思われるような振る舞いをして、それならばと、その幼子を助けてやる代わりに、"何か"があった時力になれとオリュンピアスが言って、そのやり取りの中で心の座の件が回収されて、デメトリオスの助命が決定して、そのためにエウメネスはマケドニアをやめられなくなって、書記官として東方遠征に同行することになって、そのやりとりを見ていたネオプトレモスがエウメネスに強い悪感情を抱くようになるというそれになる。

 

そうとは言え、僕は12巻のあの後に何が起こるのかは分からない。

 

そして、答え合わせは早くて5年後なのであって、僕はそれまで、そういうつもりだったのかなぁと生きている限り漠然と考えるだけになる。

 

そんな感じの心の座について。

 

書き終わって思ったことは二つあって、まず一つ目は、このような記事は『ヒストリエ』が現在連載中だったら公開することは不可能だったなということになる。

 

結局…自分が間違ったことを書いたのではないかと不安に苛まれるのは最初の漫画の解説記事を書いてからずっと同じで、特に連載物だと、連載が続くにつれ情報が開示されるわけで、その事によって過去の推論が間違っていたと分かってしまうということが生じる可能性がある。

 

実際、『ヒストリエ』が連載中に僕が書いた今後の展開に関する内容、早い話がフィリッポス=アンティゴノスである件については、『ヒストリエ』が掲載されるたびに、その事が間違っていると発覚するのではないかと強く怯えていて、正直、『ヒストリエ』が掲載されたアフタヌーンを手に取るのが嫌で嫌で辛くて苦しくて堪らなかった。

 

ただけれども、今回は答え合わせは早くて5年後なのだから、それまでは悠々としていられて、答え合わせのその時点で間違っていたと分かったら、この記事をサイレントで非公開にしようかなと思っている。

 

…ちなみに、メムノンの時に『アレクサンドロス大王東征記』に言及されるアミュンタスという人物について、これはアレクのいとこのアミュンタスだと書いてしまったけれど、『アレクサンドロス大王没後史』を読んだらその言及が間違っていたと分かったので、その辺りはサイレント修正しています。

 

没後史の方で東征出発前にいとこのアミュンタスを殺害したと記述があって、それなら東征開始以降に出てくるアミュンタスは同名の別人だと分かるから、直しておきました。

 

ていうか、アメブロの仕様上、サイレント以外で殆ど修正は基本的に出来ないんです…。

 

まぁいい。

 

それと先に僕は書き終わって思ったことが二つあると言ったのだけれども、もう一つの事は、今回の記事について、無料で公開する内容じゃないよな…と思った話になる。

 

無料でばら撒く内容じゃないだろ…これ。

 

どう考えても無償で公開する内容ではないと僕は作ってて思ってしまっていて、けれども、ここでこの表題で唐突にこの記事だけ有料にしても意味が分からないし、説明もなしにそんなことしてもこの記事が買われるということはない上に、タイミングがいびつ過ぎて変な反感を買いかねない。

 

一方でロハでやる内容でもないという強い気持ちは確かにあって、この記事を作るのに費やした気狂った努力と尽力の、その結果として生じたこの成果を、どうして知らない誰かに無償で対価もなしに、と思ってしまっている。

 

その居心地の悪さをどうすれば良いか考えたのだけれども、この記事はこのまま公開して、一方でnoteに中身のない有料記事を作って、このアメブロの記事を買っても良いと思った人には、その中身のない有料記事を買ってもらう形にしようかなと思う。

 

本当はアメブロでやれば色々楽だったのだけれども、アメブロはもう有料記事事業から撤退している。

 

まぁともかく、この記事に少なくとも300円分の価値があると思った人は、noteで買ってもらう形を作って、この記事は終わりにしたいと思う。(参考)

 

そんな感じです。

 

では。

 

漫画の記事の目次に戻る

AD

ziro-irisaさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります