この世界の支配構造へのうらみつらみを含めてつらつらと。
とにかく体にたまった膿を全部吐き出して身軽になる必要あるんで。
そもそも、この性別は「生まれ落ちたその時点から、誰一人味方がいない状況」なんですよね。
両親も当たり前のように肉体的な性別で育てるわけで、まさか中身の性別が逆とは思いもしないし。
で、子供の時は、男が女ぽいといじめられるわけです。
もちろん逆もしかり。
よく泣いたり、なよっとしてたので「女」とか「ホモ」とかいっていじめられてたことが。
子供は残酷です。
いまのうのうと生きている連中、キレイ事をいっている連中もも人の人生に多大な苦痛を与えた連中なわけです。
もちろん、わたし本人も含めてね。
おかげで、自分の中で徹底的に女性性を否定して「女っぽいのはいけないこと」とかんがえるようになったわけです。
それでも、自分の本質というのは変えられないわけで。
慢性的に「女の子になりたい」とかんがえるわけですが、そんなことは一切表に出せず。
さらなる孤立無援の状態に突入するわけです。
自分の本当の願望など出せるはずもなく、ひたすら「まわりがこうだから、このへんまではOK」「こういうふうにふるまうのが選択肢として正解」の中で生きていくわけです。
まぁこーいうのは誰でもあると思うんだけど、たぶんその制限がさらにひどいバージョン。
なんか高校生の時点で「自分は一生恋愛はできない」と思って、恋愛描写が多めのマンガとか苦手でしたが、結局はわたしの精神的な性別の問題だったわけですね。
性に徹底的に抑圧をかけてるんで、性が絡む恋愛とかそりゃ無理です。
にもかかわらず「人並みに彼女がいないと、まともな人間ではない」という強迫観念で生きてきたわけで。
自分はまともな人間ではない、クズ人間、生きている価値がない、この世のゴミと慢性的に自分を攻撃し続けていました。
ほかにも、訃報がある度に代わりに自分が死ねばよかったと思ったりもしました。
「こういうふうにふるまうのが選択肢として正解」という、徹底的に「have to」な生き方をしてたわけだから、そうなりますよね。
結局、これで心身に負担をかけすぎて緑内障になったんでしょうね。
ただ「こうあるべき」という中でも、優等生ではありませんでした。
基本的に中二病で反抗的なので、制度や社会や大人というものが大嫌いなんですよ。
自分を苦しめている元凶のようなもんですからね。
だから、学校の先生にこびを売るような優等生は嫌いだったし、クラスのみんなで団結的な偽善的なものは大嫌いでした。
まぁ、どーせ誰もわかってくれないわけだから、そりゃあ個人主義に走りますよね。
実際、あの時出してても誰もわかってくれなかったと思うし、奥底でわかってくれる人がいても、まわりの空気に押しつぶされて、味方をしてくれることもなかっただろうし。
ここまでの根本思想で、制度や大人や社会は敵で、自分を苦しめるものというのがあります。
性別という根本的なところで最低限の保証を得ることも出来ず、普通にいると延々と苦痛を与え続けてくる存在なわけです。
まぁ、体を傷つけて改造するという代償をともなえば、等価交換として女の戸籍をもらえるわけですけどね…
逆に言うと、それくらい大きい代償をともなわなければいけないわけです。
そこでわたしがとった選択肢は「この世界の支配構造から抜け出す」ということ。
多様な性の理解をもとめて云々とかとは真逆。
どーせ理解なんてあるわけないし、とりあえず自分がこのくだらない支配構造から少しでも遠ざかること。
まぁ私のこのアプローチより、多様な性の理解を求める運動してる人のほうが、後に続く人にとってはありがたいのかもしんないですね。
支配構造から抜け出すって具体的になんなんだろうというと、とりあえず経済的事由になれば、1つ抜け出せますよね。
女湯に入れないとか、そんなの小さな問題です。
お金の力で貸し切りにしてしまえばOK(笑
オーナーになっちゃってもいいし。
どんだけお金いるんだって話だけど、理屈的に不可能ではないですよね。
自分が社長になれば、会社に性のことを認めてもらう必要もない。
これくらいなら簡単。
わたしの性別見て取引しない愚かな会社は損害をこうむるというくらいの考え絵でOK。
うちのブログと提携してくれなかった脱毛サロンが1つだけあるんだけど、将来うちがもっと大きくなって影響力ましても提携してやんない(笑
結婚とかもしょせん制度の問題。
まぁ手っ取り早いのが日本から出ることだけど、別にお上の証明なんかあってもなくても同じ。
そもそも支配構造の枠外でものを考えて生きているんだから。
結果的にいきつくのは、完全な実力主義なのかもしんないですね。
レッテルで一切判断しない世界。
それなら実力さえつければいいんだから簡単なもんです。
別に圧倒的な実力つけてナンバーワンにならなくても、そこそこレベルのものがあれば、生きるのに不自由はしないだろうし。
支配者になるにはナンバーワンが必要かもしんないですけどね…
結局、「自分は社会というものに歓迎して入れてもらえる存在ではなく、自分が入るためには、相当の代償を支払って、それと交換する必要がある」という根本思想があるのでしょう。
しかし生命体として生まれ落ちてしまった以上、生きざるを得ないので、神に反逆する堕天使のごとく生きていくしかないのですよね。
うーん、実に中二病的な発想w
まぁそういうわけで、この世界の支配構造の枠から抜け出すことが、自分にとって重要なテーマ。
この目的を達成するために、苫米地英人という超怪しい変人のまとめている理論が役に立っている、というかんじですね。
他の人の著書ではそこまで役に立たなかったんだろうな。
「ありのままの姿みせるのよ
ありのままの自分になるの」
とかいう歌が大ヒットしたけど、そもそも、そんなことしたら世界の支配構造に否定されておしつぶされるやん、と。
だから、ありのままの自分になっても大丈夫な方法を提示せよ、とw
で、結局その方法は「出来るだけ支配構造の枠組みの外に逃れること」なんじゃないかなーと。
どうやったらそれが可能かというと、視点を徹底的に高くして俯瞰して物事を見る抽象思考をするしかないかなと。