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「何かに合わせることに苦しくなっていたという話」
目の心配もありますが、吐き出すことによってすっきりするのはあるんで、吐き出していきます。
たぶん、吐き出すという行為で出て行くのと目の負担で溜まるのが、トータルで考えて、出て行く方が大きいのでしょう。
これが吐き出す記事でなければ、負担だけがあって溜まるだけなので、同じ長文でも、ぜんぜん違うんでしょうね。
本題。
たぶん、何かに合わせることに苦しくなっていたんだろうなと。
絵がわかりやすいですね。
最初は好きで描いてたものなんだけど「褒められる」「感想をもらう」「閲覧数」などの成功報酬のほうに引き寄せられちゃって、需要を考えだしちゃう。
成功報酬がほしいなら、うまくならないといけなくなります。
いつしか「うまくならなければ」「自分の絵は下手で価値がない」とか、なんかそーいう方向にいっちゃう。
わたしの絵を好きといってくれる人は結構いたのに、苦しくなってました。
たぶん、このへんの成功報酬はオマケ程度にして、描いて満足するという方向性で行っていれば、もっと上手く行って、上達も早かったんでしょうね。
自分自身の存在価値への満たされない感が、人から必要とされる成功報酬を求める方向にいっちゃったのでしょう。
とはいえ、その成功報酬を求め続けても、自分の存在価値を否定している満たされない感は埋められないんですよね…
どうあがいても、ありのままの自分というものを認めないといけないわけです。
これが結構きついわけで。
それこそ、姉妹の縁を切って、自分の国をほったらかして、ひきこもりになるくらいの覚悟が必要なのかもしれません。
とりあえず、目が回復したら、お絵描きも再開したいところですね。
たしか去年の今頃練習してたけど、4月からおでかけにはまって描かなくなって、9月に緑内障でそれどこじゃなくなった感じだったかな…
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Miyoshi Susumu
お絵かきってレベルじゃないくらい、本格的ですね♪( ´▽`)
Yuki Kubota
かりやさん☆ ありがとですー(*´▽`)
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