弱冠20歳の敏腕エージェント!小島大叶の始まりは「苦しむ父を助けたい」|2世エージェント奮闘記

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海外サッカー

2024.11.01

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弱冠20歳の敏腕エージェント!小島大叶の始まりは「苦しむ父を助けたい」|2世エージェント奮闘記

黒川広人

Writer / 黒川広人

Editor / 難波拓未

国際サッカー連盟(FIFA)は2023年10月より、エージェント活動を行える人物をFIFAのライセンス保有者のみとする、FIFAフットボールエージェント制度の導入を決定した。その難関試験に日本最年少の19歳で合格し、エージェント資格を取得したのが小島大叶氏だ。エージェントとして2季目を迎える中、すでに金子拓郎や高嶺朋樹のベルギー移籍、荻原拓也のクロアチア移籍を成立させるなど、大きな存在感を示している。そんな彼の原点にあるのは、名古屋グランパスのスカウトや京都サンガF.C.の強化部長を務めた父・卓氏への深い尊敬の念。若き敏腕エージェントが、1mmの独占インタビューに応じた。(前編)

悔しそうな父の姿が忘れられなくて

──小島さんは、FIFAの難関試験に合格し、今エージェントとして活躍されていますが、元々代理人業に興味があったんですか?

僕の中で、ずっと父が憧れなんです。だから、当初はエージェントではなく、父と同じスカウトの仕事をやりたいと思っていました。その後、父がサンガの強化部長を辞め、僕が中3の頃にエージェントになり、その仕事ぶりを見ていたら、僕も自然とエージェントをやりたいと志すようになりましたね。

──原点はお父さんなんですね。

はい。「尊敬する父を助けたい」という思いがすべての始まりです。僕が中学1年生と中2年生の頃、父はサンガの強化部長だったんですけど、チームが全然勝てなくて、責任が問われるような弾幕も出てしまい、めちゃめちゃ悔しそうにしていた父の姿が忘れられなくて。「なんとか父を助けたい」と思って、海外選手の情報を調べるようになりました。当然なにもわからないですけど、父に「こういう選手がいるよ」と伝えたくて。

──エージェントになる前からお父さんの手伝いをすることはありましたか?

2021年、北海道コンサドーレ札幌にナイジェリア出身のガブリエル選手が来たじゃないですか。残念ながら目立った活躍はできませんでしたが、その移籍に自分も少し関わっていたんです。前年にケニア出身のオルンガ選手が柏レイソルで大活躍して、アフリカブームが来そうだと思いました。ただ、父は英語を話せないので、どうすればいいんだろうという状況だったんですが、自分が英語を軽く話せたので、いろいろな映像を見て、いいと感じた選手のエージェントへ、何十社とメールを送ったんです。その中で唯一、返信があったのがガブリエルの会社だったんですよ。当時、僕は中3だったんですが、結果、札幌が獲得する形となりました。あれが僕にとっての第一歩でしたね。

──当時15歳でスゴい行動力ですね。

面白い話が一つあって、檀崎竜孔選手(ウェスタン・ユナイテッドFC/オーストラリア)がスコットランドのマザーウェルに移籍したんですが、僕が中学3年生の頃に作ったこのアフリカ人エージェントとの縁が、その移籍に繋がったんです。父を助けたいという無我夢中の行動が形になったことはうれしかったですね。

「自分が落ちたら会社が終わる」重圧のエージェント試験

──そんな積み重ねが2023年のエージェント試験の合格につながっていったわけですね。

はい。僕が高校を卒業するタイミングで、免許がないとエージェント活動をできないという形になったんです。父が経営するエージェント会社の誰かが試験に合格しないと、これまで担当していた選手が離れることにもなるので、絶対に受からないといけない状況でした。ただ、最大の問題は、頼みの父が英語を話せないこと。僕が受からないと、社内で誰も受からないかもしれない状況で、僕の合格は至上命題でした。もし、僕が落ちたら本当に終わると。プレッシャーはすごかったですね。

──そこから、どのように合格をつかみ取ったんですか?

エージェント試験もそうですけど、まずは今後を考えた時に英語を話せないと仕事の幅も狭まると考え、高校卒業と同時にロンドンへ行きました。約1年、エージェントの勉強はもちろん、英語をみっちりと勉強しましたね。帰国と同時にエージェント試験を受けることになったんですが、なんとか合格できました。最後の1か月は、本当に丸1日ずっと勉強しているような生活でした。

──英語の勉強もそうですが、契約事を学ぶのは、専門用語が多くて非常に大変そうです。

本当に大変でしたし、難しかったです。一つひとつの単語がわからないんで、単語が出てくるたびに、調べて、メモを書いての繰り返しでした。途方もない作業でしたが、試験の出題範囲である1600ページほどの冊子を読み続ける毎日でした。

──その努力の結果、日本で最年少のエージェントになったんですね。

はい。日本で最年少ですし、恐らく世界でも最年少だそうです。ライセンスを取ったのは、2023年で、僕が19歳になったばかりの頃でした。

──試験の合格率はどれくらいなんですか?

オフィシャルで出ているもので言うと、世界で50%ほどの合格率だったそうです。

現地で直接クラブとの強固な関係を築く

──今の小島さんのメイン活動は?

基本なんでも行いますが、今は海外のルートを作ることがメインです。いろいろな人が協力してくださるんですが、今回の高嶺選手や金子選手、荻原選手もそうでしたけど、海外移籍に関しては自分で案件を持ってくるしかないんです。何回も海外に行って、現地でエージェントや各クラブの方々とコミュニケーションをとり、ルートを作っていく。その積み重ねです。当初は海外へのルートもなかったんですが、今では正直、他のエージェントさんと比べても海外移籍は強いんじゃないかというくらいの自信がありますね。

──海外にいる期間も長い?

年間の日数で言うと、3分の1ぐらいは海外にいる感じです。直近で言うと、冬のウィンドウが迫っていて、ここでも何人か動きがあると思うので、10月の中旬から海外に行く予定です。ヨーロッパで言うと、ほぼ全部の国に行ったんじゃないかなと。多い時には1日3試合を現地視察することがあります。

──クラブはどのように開拓していくんですか?

メインのやり方は、現地のエージェントとパートナーのような関係を作り、一緒にプッシュしてクラブと関係性を築いていくという形ですね。ただし、コルトレイクの場合は現地エージェントの力を借りずに関係を構築しました。ベルギーのエージェントのパートナーが以前にコルトレイクと仲違いがあったみたいで。そのように自分が会いに行って関係を築いていくこともあります。

──小島さんは日本語と英語を用いて、仕事をしている?

はい。それに加えて、今はスペイン語とフランス語を話せるようになりたいと思っているので、近いうちに勉強を始めるつもりです。

──なぜ、その2言語を学びたいんですか?

スペインに行った時に痛感したんですが、スペイン人は教育の関係上、英語を話せない人が多いんです。通訳を入れると、少し齟齬が起きて難しい点もありますし、南米もスペイン語圏なので、今後マーケットを広げていく意味でもスペイン語は必要だなと。あと、フランス語はアフリカの選手が、フランス語しか話せないケースも多いんで、その2言語をやりたいなと思ってます。

──昨今Jリーグから早期で海外に行く事例が増えています。

ただ海外に行かせればいい、という流れができているんじゃないかと危惧しています。行かせることも大事ですけど、Jリーグのクラブにもしっかりと利益を残さないと今後の日本サッカーの発展につながらないはずです。今は移籍時に発生するお金の基準が下がっていて、安く買われているケースが目立つのも実情です。日本のクラブにお金を残す意味でも、海外のクラブと密な関係を持つ重要性を感じています。

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金子拓郎、高嶺朋樹、荻原拓也を連続で欧州へ。小島大叶が明かす、移籍市場の裏側|2世エージェント奮闘記

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2024.11.02

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金子拓郎、高嶺朋樹、荻原拓也を連続で欧州へ。小島大叶が明かす、移籍市場の裏側|2世エージェント奮闘記

黒川広人

Writer / 黒川広人

Editor / 難波拓未

国際サッカー連盟(FIFA)は2023年10月より、エージェント活動を行える人物をFIFAのライセンス保有者のみとする、FIFAフットボールエージェント制度の導入を決定した。その難関試験に日本最年少の19歳で合格し、エージェント資格を取得したのが小島大叶氏だ。エージェントとして2シーズン目を迎える中、すでに金子拓郎や高嶺朋樹のベルギー移籍、荻原拓也のクロアチア移籍を成立させるなど、大きな存在感を示している。若き敏腕エージェントが1mmの独占インタビューで、移籍市場で起きた舞台裏を語ってくれた。(後編)

金子拓郎には4チームからオファー

──例えば今だとJクラブから欧州クラブへ移籍する際、2億円近くの移籍金が入れば御の字という感覚があります。今後、その額が上がっていく算段はありますか?

移籍金が上がっていく流れにしていかないといけません。僕はどこのクラブから獲得の話が来たかも大事だと思ってます。例えばベルギーのコルトレイクが日本人の獲得に5億円を払うことは現実的に難しいですよね。ただし、現地でいろいろな情報をつかむと、これぐらいまでは頑張ったら出せるんじゃないのかという金額が見えてきます。 最も大事なのは、向こうのクラブの移籍金の限界値を引き出せるかだと思っています。

──ベルギーのチームは、仮に獲得した選手が活躍できなくても、日本のクラブが買い値と同等以上で買ってくれるという考えを持っているように感じます。

それは間違いなく感じます。例え海外で活躍できなかったとしても、日本のクラブは日本の選手を優先的に獲得することを向こうも知っているから、移籍金もある程度は出してくる印象です。ただ、僕が関わった金子選手や高嶺選手を獲得したコルトレイクだと、2024年から増資して、規模を大きくしていく動きがあり、移籍金をしっかりと出せる情報を事前につかんでいました。今回コルトレイクからしたら日本人の2選手に大金を払ったので、チームとしても目玉補強になるんです。僕は今、現地に足繁く通っているからこそ、クラブとの関係を築くことができていて、そういったリアルな内情を知っている自信もあります。選手とクラブの双方にいい条件を提供するため、今後も積み重ねていきたいです。

──金子選手のコルトレイク移籍は驚きました。

最初は確実にディナモ・ザグレブに完全移籍で買われる流れでした。ただ、ヨーロッパは監督なども含めた政治的な側面に左右されることもあって、ローンの選手はその対象になりやすいんです。そういった事情も影響し、5大リーグも含めて、新たなチームに目を向けると、金子選手にはヨーロッパの4チームから正式オファーが届きました。最終的には最後まで誠意を見せてくれたコルトレイクへの加入を決断しましたが、今後のキャリア選択の確率をあげる意味でも金子選手はすごくいい選択をしたんじゃないかなと思っていますし、ザグレブの時のローンフィーも含めて、札幌にも大きなお金が入っています。

──コルトレイクは小島さんから見て、どんなクラブなんですか?

すごく魅力的なクラブだと思っています。その理由の一つが、オーナーの方が複数のクラブを持っているところ。コルトレイクは、オーナーがイングランド2部のカーディフ・シティFCも持っていて、他のクラブとも強いつながりがあります。ベルギーリーグはステップアップを狙う選手に適したリーグです。特にコルトレイクはフランスと近いんで、フランスのスカウトが毎試合のように視察に来ますし、イギリスやイタリアのスカウトも見に来ることが多い。練習場などの環境もいいですし、チャンスにあふれている素晴らしいクラブだと思っています。

──個人的にも、金子選手の夢であるプレミアリーグで戦う姿を楽しみにしています。

金子選手には人間としてもいろいろなことを教えていただいて、僕も感謝しかないです。彼をプレミアの舞台に連れていくことは、僕の至上命題だと思っているので、必ずやります。

──高嶺選手も同じコルトレイクへの移籍を決断しました。

実は高嶺選手にもコルトレイク以外にもオファーを出したいというクラブがありました。でも、コルトレイクが早い段階から高嶺選手に強い興味を持ってくれていましたし、高嶺選手自身がベルギーで挑戦したい気持ちを持っていたので、今回の移籍が成立する形になりました。

──荻原選手もディナモ・ザグレブで存在感を示していますね。

日本の方々がどう捉えているかわからないですけど、ディナモってヨーロッパでは本当にリスペクトされているクラブなんです。名のある選手しか獲得しないクラブで、そこにJリーグから直接行けることは正直すごいことだと思っています。金子選手の移籍がキッカケで、ディナモの関係者の方と直接お話して、連絡を取り続ける中で、荻原選手に獲得オファーが来ました。今まで積み重ねて来た自分のやり方が間違っていなかったとも思えて自信になりましたね。そして、荻原くんも絶対、まだまだ上へ行ける選手だと思います。

──活躍する選手に共通点などはありますか?

実力があることはもちろんですが、僕はメンタルが大事だと思っています。活躍している時って、メンタルがブレていないんですよね。例えば、他責になり始めたり、ベクトルがぶれ出した時に、選手はピタリと活躍しなくなっちゃうんです。金子選手や高嶺選手、荻原選手は自分をしっかりと持っているんで、どんな状況でも自分を客観的に見ていて素晴らしいメンタルを持っていると思います。それと同時に賢い選手じゃないと、中々プロの世界で生き残るのは厳しいなとも思いますね。

日本とヨーロッパの橋渡し役になる

──エージェント業務をやる上での信念を教えてください。

これから変わっていくこともあると思うんですけど、今は謙虚さですね。父や他のビッグエージェントの方は、その場をコントロールできるような力があるんですが、今の僕にはそれは難しい。今の僕にできることを考えた時に浮かんできたのが、純粋な謙虚さや頑張りを実直に見せることです。

──小島さんは選手とのコミュニケーションをマメにとっているようですね。

コミュニケーションは、父の仕事ぶりを見習って、すごく大事にしています。試合終了後すぐメールを送って、「選手にちゃんと見ているよ」と伝えることもそうですし、思っていることは包み隠さずハッキリと言うようにしています。

──選手としても年下の小島さんだからこそ言えることがあるかもしれませんね。

そうですね。みんなに可愛がっていただいていますし、選手もオブラードに包まず本音を語ってくれたりするので、それは今のいいところかもしれません。

──今後、開拓していきたい国などはありますか?

僕はアメリカを中心とした北米がもっとすごくなると思っていて。ここ数年で、もっと進化していくはずなので、そちらも開拓したいですし、中東にも行きたいですね。また、現地に行ってアフリカ地域を開拓してくる人も少ないと思うので、そのパイオニアになりたいですし、そのためにもフランス語の習得は必要だなと感じています。

──20歳にして、すでに多くの経験を積まれていますが、今後エージェントとして果たしたい夢や野望は?

日本のエージェントは、高校・大学を卒業した選手と契約を結ぶことが今の主流になっています。しかし、中学生からずっと選手の活躍を見て、選手やご両親と共に成長して、その選手が海外へ行くケースは自分にとってすごくやりがいになると思いますし、日本サッカーにも貢献できるのかなと思うので、今後は挑戦したいです。

──今後に向けた決意を聞かせてください。

日本とヨーロッパの橋渡し役として、もっと両国をつなげていきたいですし、僕がその関係形成の役割を担っていきたいと思います。Jリーグの野々村芳和チェアマンがイギリスのロンドンにもJリーグの支社をつくるとおっしゃっていますけど、自分も日本サッカーを英語で語れる分、ワールドワイドにつなげて、広げていきたいんです。そして、ここまで来るに当たって、いろいろな方に助けていただきましたが、やはり父がいないと僕はいないんで。恩を本当に感じているので、父へ恩返しするためにも、これからもっと頑張っていきたいです。

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