Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
どーも、昔は「自分が何が好きか」じゃなくて「自分は何を好きであるべきか」で好みを決めて生きてた気がするんですよ。
自分の立ち位置的にこれが好きであるのが好ましい、というものを好きということにしてたというか。
まぁ、実際のところ「好きであるべきもの」も複数あって、その候補から選んでる感じ。
たとえば、まわりの友人がみんな萌えアニメ好きだったとして。
自分も萌えアニメが好きだと都合がいい。
で、萌えアニメも複数あって、そこそこ好きなモノを「これが好き」ということにしている、と。
なので、実際にそれなりには好きなんだけど、強烈に大好きなわけじゃないのですよ。
いやまぁ、その経緯から、ほんとに大好きになる場合もあるけど。
それを好きでいたら、なんとなく都合がいいから、好きでいるだけ、みたいなこともあるわけです。
まわりに合わせて、これが好きということにしている感。
実際にそこそこ好きだったり、たいしたことなかったり。
で、「まわりは関係なく、ほんとは好きだけど、これは好きであるべきではないもの」もあって。
そーいうのは否定したり、隠れて続けたりするわけで。
なんか価値基準が完全に他人軸で生きてたんですよねぇ…
で、もう大人なんだし、人間関係は自分で選べるから、自分軸にすればいいわけなんだけども。
どーにも無意識的にまわりに合わせようとするんですよ。
で、合わせようとすると強烈な拒否反応が出て、病んでいくんですよね。
ふりふり着て出かけて浮いてたり、気ままに自分のペースにやってるから「空気を読めない」と思いきや、実は無意識的に場の空気を察知して、そこに合わせようと無理してしまうのです。
で、そうすればするほど、本来の持ち味が失われてダメになるという。
あんまりそれが続くと病みます><
なんかめんどくさいです自分(;´Д`)
All reactions:
14 comments
1 share
Like
Comment
Sasagawa Katsuhiko
それは有りますよね〜 でも在らねば為らないという意識を持ち過ぎると最後は病気になります。良い意味で自分の気持ちに逆らわず今を大事に過ごせば元気になるのではないでしょうかo(😊)o
Yuki Kubota replied
 
1 Reply
西江育実
私も最近までまったく同じでしたが克服しました。
Yuki Kubota replied
 
8 Replies
Takuma Sato
アシュラ戦でのテリーマンの言葉、
元来、運命とは自分で切り開くものだ!
(ウララ~)…
See more
Takuma Sato replied
 
2 Replies
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook
Facebook