どーもわたしは、人の心の闇に興味があるのかもしれません。
自分自身が深い闇を抱えていて、「だけど、自分が特別不幸なわけじゃない。みんなそれぞれ深い闇を抱えているんだ」と思いたい。
その人が深い闇を抱えていることを感じると、親近感を感じて、ものすごい安心するんですよね。
だから、なんかこう「理想のキラキラした生活」だけをみても、上っ面だけの薄っぺらいものと思っちゃうのかも。
別に理想のキラキラした生活しててもいいんだけど、そんな生活を人にわざわざ見せる投稿してる時点で、闇を抱えてると思うのですよ。
コーチングでも「脳を味方にして夢をかなえましょう」と言ってる人が居て。
でも、わざわざそんなこと学んだのは、それ相応になんか抱えてるからなわけで。
で、その奥底にはぜったいどろどろした何かがあるわけで。
「過去は関係ない、未来志向で未来のことだけ考えて生きていけばいい」というのも、わざわざ「未来のことだけ見ようとしている」のは、過去に見たくないもんがあって、それに足引っ張らるからなんじゃあないかと。
わたしはその人のそれがなんなのか見たい(笑
そして今も奥底ではどろどろ渦巻いてるであろう怨嗟の声を聞きたい。
そここそが人の本質部分で、一番おもしろいのです。
わたしの性別はどうやっても変わらないわけです。
性転換して戸籍変えても、本質は変わらないし、過去は変えられない。
そして、それはどーしても不本意なものなわけです。
もうどーしようもない一生抱えざるを得ない闇なわけで。
これ全部消えてキラキラした人生送れるようには思えないんですよねぇ…
で、その度合の大小は別にして、みんなそーいうのそれ相応に抱えてると思うんですけどね…
わざわざ心のトラウマをえぐり出してないだけで。
なんかこう
「みんな一緒で、すごい闇を抱えてるんだよ」
「別にどうしようもなく深い闇は消えなくてもいいんだよ」
「この人はこんなキラキラした生活してるけど、それはこんな耐え難い闇をかかえてるからなんだよ」
というのをかんじたいのかなぁ。
わたしの人生観って、全体として幸福になることはいくらでも可能だけど、深い部分には不幸を抱え続けてるもんだよね、というかんじなのかもしれない。
なので、それが確認できると安心するのです。
奥底にどーしようもなく深い闇をかかえつつ、それでも精一杯人生を謳歌するというのが理想で、そーいう人を見て共感したいのかな。
そりゃ完全に闇を飼いならしている人もいて、そーいう人はより幸福だろうけど、それでも「飼いならしているだけ」で消えはしないと思うんですけどねぇ。
私は飼いならすことすら出来ていないんで、こんな文章書いてたり、人の闇を求めていますがw