夏休み明けに登校する時の、死ぬほど辛いあの気持ち

 8月が終わってついに9月になってしまいましたね。この時期になると「夏休みがずっと終わらなければいい」と願っていたことを思い出します。
 それは、友達と外へ遊びに行ってキラキラした思い出がたくさん作れる毎日が終わってほしくないとか、そういったポジティブな意味ではありません。学校に行くのが怖くて怖くて仕方なくて、永遠に9月の始業式の日が来なければいいのにとずっと思っていました。

 高校を除いた保育園から大学までの全ての教育課程において不登校(大学は休学)を経験した私は、8月の終わりがいつも恐ろしく感じていました。不登校あるあるだと思うのですが、最後に学校に行った日から時間が空けば空くほど登校するのが怖くなるのです。教室のドアを開けた時に「あっ、ずっと学校休んでサボってたあいつだ!」ってクラスの視線を集めてしまう気がして。


入学早々辛かった中学1年生の時
  中学1年生の時が一番登校するのが怖かったかな。悪口を言われていた幼馴染を庇ったらクラスのいじめの標的にされてしまって、40(クラス全員)対1(自分)ぐらいの規模でいじめられていました。授業中にノートで作った紙飛行機やぐしゃぐしゃに丸めた紙を投げつけられ、このまま黙っていたらやられるばかりだと思い「こっちにぶつけんじゃねえよノーコン!」と怒鳴ったら、クラスがどっと笑いに包まれるのを聞いて、抵抗したって駄目なんだという無力感に苛まれたのを今でもよく覚えています。
 学校でいじめられていることを親に打ち明けられず、学校へ行くフリをしていました。家を出る前に学校に電話をして欠席することを伝えた後、制服の下に私服を着て「行ってきます」と家を出て行くのです。家から離れたら制服を脱いでリュックにしまい、私服で学校が終わる時間まで外で過ごしていました。結局その後国語の教員の車とすれ違ってしまい、学校から家へ電話が来て、登校していたフリは全てバレてしまったのですが。


不登校専用学級へ
 その後、不登校の生徒だけが集められているクラスへ通うことになりました。「ここで授業や定期テストを受ければ、全く学校に通わない状態よりは成績について考慮する」と教員から伝えられ、1年間そこへ通うことを決めました。授業中は隔離されていて平穏でしたが、給食だけは自分のクラスへ取りに行かなければならないので、クラスメイト達と顔を合わせるのがとても気まずかったです。
 不登校専用クラスへ通う生徒は、本来のクラス担任の教員と毎日ノートで連絡し合うことが義務付けられました。A4ノートの真ん中をハサミで横に切ったものを連絡ノートとして配られ、そこに毎日勉強した内容や気付いたことを書くきまりがありました。私が何を書いても、担任からは赤いボールペンで「早く教室へ戻れるように努力しましょう」と書かれるばかりでした。毎日毎日それだけです。 担任の教員は入学式の日に「何年も教員をやっているが、私のクラスから不登校の生徒が出たことは一度もない」と言っていました。私が彼の不登校0人記録を途切れさせてしまい、彼の教員人生に汚点を作ってしまったからこんなことを言われるのかもしれないと自責の念に駆られていました。四六時中いじめられる環境からは逃げられましたが、連絡ノートを開く度に「死にたい」と思っていました。
 「成績について考慮する」と言われましたが、結局5段階評価の通知表に1すら付けて貰えない教科がありました。最低値すら付けられない、真っ白の空欄です。私の中学1年時の通知表は空欄だらけでした。


それでも本来の教室へ行くよりはマシだった
 不登校の生徒専用の教室へ通っていても、辛い気持ちがすっかり消えることはありませんでいた。それでも入学式に割り当てられた教室へ行くよりは、いくらか安心できたものです。授業中に紙飛行機を投げつけられることはなくなったので、勉強に集中することができました。私はその時から絵を描くことが好きで、絵を勉強できる高校へ進学したいと漠然と考えていました。通常学級へ行き続けていたら死ぬことしか考えられなかったと思います。辛い毎日でも少しマシな環境へ行くことで、将来について考える余力が出ました。


不登校は別に悪いことじゃない
 この手の話題で必ず「学校に行かなくていい、家でゆっくり休んでいていい」と最後に添えられますが、私もそうだと思います。同時に不登校だからといって家で息を潜め、世間から隠れるように生きる必要は全くないとも思います。だってきちんと理由があって学校へ行けないだけであって、何か悪いことをしているわけではないのですから。
 学校に行けないなら行けないで、その時間は自分の興味のあることをとことん研究してみるのもいいことだと思うんです。自分の好きなことに向き合う時間を積み重ねることで、将来目指したいものを見つけるきっかけになるかもしれませんよ。
 私の場合、あの時無理して通っていたら将来について考える余力もなくて、美術科がある高校へ行かなかったかもしれません。その後、大学でデザインを学ぶことも、デザイン会社に入ることもなかったかもしれません。あるいは中学の段階で自殺していたかもしれません。通常の教育環境と少し違う場所で心を休ませたことで、辛い毎日の中で将来やりたいことを見つけることができました。
 学校内の不登校専用教室に通うことが辛かったら、フリースクール等へ通うのもありだと思います。身の守り方はたくさんあります。まずは一旦距離を置いて、心を休める時間を作ってほしいと切に願います。

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shiomi nonaka
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夏休み明けに登校する時の、死ぬほど辛いあの気持ち|shiomi nonaka
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