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機密暴露で世界に波紋、ウィキリークスとは何者か 編集委員 小柳建彦

2010/12/5付
ニュースソース
日本経済新聞 電子版
 内部告発サイト「ウィキリークス」が25万点に上る米外交公電の暴露を始めて、世界中に波紋を呼んでいる。インターネットの特性を生かし、誰でも簡単に、しかも匿名性を確保したままで情報を提供できる仕組みを作り上げたのが同サイトの特徴だ。誰がどんな仕組みで運営しているのか調べてみた。

呼称

ウィキリークスは「ウィキ」と「リークス」を合わせた造語。ウィキとは、ウェブ上のコンテンツソフトウエアを世界各地の人々が協力して作り上げるネットならではの仕組みのことを表すIT用語。世界中の人々が記述や修正・編集に参画できるオンライン百科事典の「ウィキペディア」(ペディアは事典の意)が代表例だ。リークスは漏洩(ろうえい)の意味。合わせると「みんなで作る告発サイト」といった意味になる。

ウィキの仕組みは「集合知」と呼ばれる成果を生み出すとされる。平たく言うと「文殊の知恵」。限られた少人数では難しい網羅性や専門性、多くの異なる視点や立場からの分析などが、参加者が多ければ実現できるためだ。ウィキリークスは、政府や企業の内部者が提供する生の情報をサイト上で原則としてすべて公開するのを特徴とする。その情報は世界中の専門家や他の内部者の目にさらされるので、ウソがあれば必ず明らかになる。その結果、最終的に真実が明らかになると主張している。つまり、情報の公表から反響を経たプロセス全体をウィキの仕組みととらえているようだ。

実績

これまでに、イラクでの米軍ヘリによる民間人誤射殺害事件の記録映像や、キューバの米軍グアンタナモ基地のテロ容疑者収容所における人権侵害などを暴露。軍関係以外でも、地球温暖化データの改ざんを示唆する学者たちのメールのやりとりや、ケニア大統領の汚職の証拠となる文書などもすっぱ抜いて、議論を巻き起こした。

運営母体

ウィキリークスはサイトを運営する非営利組織(NPO)でもありサイトの名称でもある。思想・表現の自由、報道の自由を実現するために活動する「報道メディア」と自身を定義している。利用者などから募った寄付金を活動資金としており、報道活動に対価も広告収入も求めない。専従スタッフは編集長を含め10人程度のボランティアといわれている。世界にジャーナリスト、弁護士、IT技術者など1000人前後の協力者がいるともいわれている。

ウェブサイト

ウィキリークスのサイトを表示するサーバーは、世界中に分散して置かれている模様だ。複数の国のホスティング(サーバー貸し)サービスやウェブ上でサーバー機能を提供する米アマゾン・ドット・コムなどのクラウド・サービスを主に使っているとみられる。このためある国でサイトが閉鎖されても、別の国のサーバーでサイト表示が続けられる。中核となるサーバーは、スウェーデンなど報道の自由の保証やプライバシー保護が制度的に徹底されている国に置かれているとみられている。

アマゾンは米外交文書の公開に伴って「利用者は明確な所有権があるデータのみ預けられるという利用規約に違反している」(アマゾン)として、ウィキリークスへのクラウド・サービス提供を中止した。また、同サイトの"住所"にあたるドメイン名だった「http://wikileaks.org」は、米外交文書公表を始める前後から大規模なサイバー攻撃を受けたため、米国のドメイン管理会社が3日にこのドメインの使用を停止した。このためウィキリークスは同日、ドメインをスイス登録の「http://wikileaks.ch」に移した。

もっとも同サイトは多数のドメインでアクセスできる仕組みを早くから構築しており、今回は表看板のドメインをスイスに移したに過ぎない。上記の「~.ch」のほかにも「~.de」「~.fi」「~.nl」などのドメインがある。「http://88.80.13.160」などとIPアドレスといわれる別の「住所表記」でもアクセスできる。

情報提供の仕組みと提供者の保護

ウィキリークスはウェブ上に「匿名電子投函(とうかん)箱」と呼ばれる場所を用意し、告発者はそこに情報を投稿する仕組み(現在は改修中で投稿を受け付けていない)。ウィキリークスの説明によると、高度なネットワーク技術でこのサイトの実際の在りかは外部から分からないようにしてある。投稿内容も軍用並みの暗号技術で外部から一切把握できないという。投稿元のコンピューターや通信会社などの身元情報も一切残らないし、どの投稿が何月何日の何時から何時までどの程度のデータ量でなされたかといった記録も一切残らないとしている。つまり、ウィキリークス側から告発者の身元が割れることはないというのが触れ込みだ。

ネット経由での提供が難しい書類やデータについては、協力者の住所を使って物理的に宅配便などで送付できるようにもなっている。

特に非民主主義国では、情報発信者の匿名性確保は、発信者の生命と人権の保護に不可欠。民主主義国でも、報道の自由を保証する基盤として、報道機関による情報源の秘匿は権利として法的に保証されていることが多い。全世界的に告発を促そうというウィキリークスにとって、匿名性の確保は存立基盤そのものといっても過言でない。これまでに情報源がウィキリークス側から漏れたという報告はない。

「政治的、倫理的、外交的、歴史的に重要な機密情報、または検閲で公開できなかった情報の提供を受け付ける」として、受け付ける情報は政府や企業の内部者による告発にほぼ限定している。一般利用者による勝手な編集もできない。これまでに日本語の告発情報が扱われたことはない。基本的に英語の情報のみを扱っている模様だ。

公表される情報資料は原則として抜粋や編集済みではなく、オリジナルの形で公表する。ただし、情報提供者の人命や人権を保護するために部分削除することがあると明言している。

情報の検証と意味づけ

ウィキリークスは投稿された情報の重要性を数人のスタッフが吟味し、協力関係にあるジャーナリストに裏付け取材を要請。あるいは協力関係にある各種専門家に情報の真偽や価値を調べてもらうという。最終的には創業者で編集長のジュリアン・アサンジ氏が公表するか否かを判断。公表する場合は、スタッフか協力ジャーナリストが説明記事を書き、提供されたリーク情報の原本を添付する。

これらはウィキリークス自身が主張しているので、本当にこのような検証プロセスが実行されているかどうかは確認のしようがない。一部には1000人規模の協力ジャーナリストが背後についているとの報道もあるが、それも確認できない。このため、偽情報や部分的な情報などがセンセーショナルに広まってしまうリスクが潜在的にあると思った方がよいだろう。もっともこれまでの同サイトの暴露情報のなかで、明らかに偽情報だったり政治的な誘導情報だったりした例は見つかっていない。

無国籍で組織の所在が不明なまま生情報を暴露するウィキリークスと、組織の所在を明確にし、その場の国内法に従う義務と責任を負いながら報道活動をする既存のマスメディアとは根本的に立場や責任が異なる。ウィキリークス自身、同サイトで明らかになった情報の真偽や意味合いについて、経験を積んでいる各国主要報道機関が改めて検証し、再報道することを積極的に勧めている。つまり、自らの公表する情報をマスメディア群による総合的な報道の「取っ掛かり」として位置づけているようだ。

実際に今回の米外交文書も、サイト上の公表に先立って米仏英独の主要新聞社に事前に情報内容を告知し、各新聞社が独自に検証、取捨選択して公表と同時期に記事として報道した。

編集長

創業者で編集長のジュリアン・アサンジ氏はオーストラリア国籍の元ハッカー。米タイム誌によると、ハッキングなどコンピューター関連の違法行為の疑いで、オーストラリア国内での逮捕歴がある。直近のタイム誌のインタビューには所在地不明のまま、ネット電話サービスのスカイプを通じて応じた。その前の米フォーブス誌のインタビューの場所はロンドンだった。

現在スウェーデン司法当局が強姦容疑で逮捕状を発行し手配中。国際刑事警察機構(ICPO)もスウェーデン政府に協力する形で国際指名手配中。アサンジ氏自身は容疑を否定している。さらに米政府もスパイ容疑などによる刑事告発に動いているといわれる。

これらが、ウィキリークスを通じた情報漏洩(ろうえい)を嫌った各国政府による報道封殺の動きなのか、それともアサンジ氏の活動に実際に普遍的な違法性があるのか、客観的にみて現時点では断定が難しい。

リスク

通常のメディア報道では暴けなかった政府の不正などを明らかにしたウィキリークスの功績は素直に認められるべきだろう。ジャーナリズム関連の賞を受賞したこともある。だが、今回の外交文書の公表でも感じられたが、センセーショナルな暴露が自己目的化する傾向が見え始めているのが懸念される。

アサンジ氏個人に掲載決定権や編集方針に関する権限が集中していることもリスクの1つだ。既存の雑誌でも編集長には絶大な権限があるが、編集部門の現場にもそれなりに発言権があり、組織として歪曲(わいきょく)や偏向を防止している。

より広く長い視野で世界を見渡すと、典型的な民主主義国とみられていた場所でも、政府がネット上での情報流通を制限する規制を導入したり、情報の中身を政府がチェックできる一種の検閲制度を導入したりする動きが広がっている。同時テロ後の米国や、近年のフランスやイタリアなどが典型例。中国を筆頭に、非民主国家では政府がネットの普及に伴う情報流通の増大に対し、管理・監視能力を上げて統制・検閲体制を維持しようと必死だ。

つまり、国を問わずインターネット社会に共通して最も大事に扱われてきた言論・表現の自由が、徐々に逆風を浴びているのが今の現実といえる。ウィキリークスがあえて無差別に近い機密情報の暴露を繰り返すことで、そのような各国政府による統制強化の動きが加速してしまう副作用も懸念される。


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