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ロマンスが舞い降りてきた夜 Ⅱ/Novel by blue

ロマンスが舞い降りてきた夜 Ⅱ

4,592 character(s)9 mins
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「予約取れたのも直前だったから、あんまり期待するなよ」
オフィスビルを出て駅に向かって歩きながら、晃太郎はそう言って釘を差した。クリスマスイブの夜。
「…予約してくれたんだ」
何となく意外な気持ちになって、結衣はぽつりと呟く。
「え?だって、この時期は予約必須なんじゃないの?」
クリスマスなんてイベントにまったく興味のなかった晃太郎に、クリスマスは特別!と熱弁をふるっていたのは4年前の結衣だ。
「そう、なんだけど…」
正直言って、結衣はクリスマスに良い想い出がない。
4年前、晃太郎と付き合って始めてのクリスマスはワクワクした。レストランを予約して、オシャレして出かけた。けれど仕事が終わらなかった晃太郎はレストランに来ず、結衣は食べてもいない高いフレンチの料金を払って店を出た。炎上した案件を鎮火させるために会社に泊まり込んで対応にあたっていたと知ったのは、年も明けて随分たってからだった。
翌年のクリスマスは去年の反省を踏まえ、晃太郎のマンションで過ごすことにした。手料理は作れなかったけど、デリバリーで料理とケーキを用意した。部屋にもクリスマスツリーを飾った。けれど晃太郎は帰って来なかった。嫌がらせのように部屋をそのままにして自分のマンションに帰った。晃太郎からの連絡を3日ほど無視したのも仕返しだった。
「…俺が仕事ばっかだったから、ちゃんとしたクリスマス過ごせなかったよな」
ぽつりと晃太郎が言った。らしからぬ言葉に、結衣は驚いたように顔を上げる。
「…悪いとは思ってたんだよ、毎回」
始めてのクリスマスは晃太郎自身も余裕がなかったけど、2年目のクリスマスはこたえた。
徹夜明けでマンションに帰ると、見覚えのないクリスマスツリーが晃太郎を迎えた。キッチンに所狭しと並んだご馳走やケーキ。一生懸命準備しただろう結衣がいじらしくて、罪悪感が募った。
結衣に電話をしても出て貰えず、メッセージを送っても返信はない。怒ってるな、と晃太郎は思った。
「あの頃の晃太郎は、何かに取り憑かれたように仕事してたよねえ」
別れた方が良いのかな、と考えたこともあった。でも晃太郎のことが好きだし、心配だし…。やっぱり別れるなんて無理!と結論に至った。結婚話も具体化していた頃だった。
その結果、両家顔合わせの日に破談になって別れるという、最悪の結末になってしまったのだ。
──あと1ヶ月、いや…あと2週間でいいから待って欲しい。
あの時の晃太郎の言葉が蘇る。今だからこそわかる、言葉の意味。
「…私が、晃太郎のこと追い詰めたんだよね」
「結衣は悪くないだろ。仕事にかまけて結衣を蔑ろにしたのは俺だ」
2年前を振り返って自嘲気味になった結衣に、晃太郎は強い口調で言った。
「悪いのは俺だろ。結衣が気に病むことじゃない」
「いや、でも…」
2年前は知らなかったことを知ってしまった今となっては、あの頃と同じように晃太郎だけを責めることはできない。結衣は自責の念にかられる。
「今更どっちが悪いとか言い合っても仕方ない。だから悪いのは俺でいいんだよ」
「何それ。理屈おかしくない?」
晃太郎の言葉に結衣は思わず笑ってしまう。
「そういう時、どっちも悪くないって話にならない?」
「ならない。少なくともこの話ではならない」
晃太郎も頑固だ。これ以上続けると本気で喧嘩になりそうだ。結衣は小さく笑い、気持ちを切り替えた。
「わかった。じゃー、晃太郎が悪いってことで良いよ」
お前が悪いと言われたのに、晃太郎はどこか嬉しそうに笑った。それだけ2年前の出来事は晃太郎を傷付けたのだと、結衣は胸に小さな痛みを感じる。
結衣は軽く頭を振って、胸に感じた痛みを追い払う。せっかくのクリスマス、しかも晃太郎と『デートのやり直し』だ。落ち込んでいたらもったいない。
えいっと勢いをつけて、結衣は晃太郎の手を握った。驚いたように晃太郎が結衣を見る。
「…せっかくのクリスマスだし、デートだし…。恋人ごっこ、しよ」
「恋人ごっこ…」
「そう。仲の良い恋人たちの、クリスマスデート」
どんなに取り繕っても『やり直す』ことはできない。あの傷付いた2度のクリスマスもなかったことにはできない。それなら新しく『楽しいクリスマス』を作るしかないのだ。
「…変わんねえな、結衣は」
たまらないと言うように、晃太郎が破顔した。
「何よ?気に入らない?」
「いや。結衣だなーって思って」
そう言うと、結衣は少し不満そうだったけど、それでも繋いだ手を前後に振りながら歩いた。──ご機嫌な時の結衣の歩き方。2年前と変わっていない。
「今日はさ、もう昔のことは忘れてクリスマスデート楽しもうよ。せっかく晃太郎がレストラン予約してくれたんだし」
「だから、あんま期待すんなって」
ハードルを上げられても困る。晃太郎が苦く笑いながら言うと、結衣は楽しそうに笑った。
「えー、でも晃太郎と一緒だし楽しいよ。…昔からね、晃太郎と一緒だったら何でも楽しかった」
「え?」
思いがけない結衣の言葉に、晃太郎は思わず結衣の顔を見下ろした。
「…晃太郎と過ごした時間は、いつだってキラキラしてたよ。幸せ、だったから」
平日の夜に慌ただしくご飯を食べるだけのデートでも、休日のデートが中断されてしまっても、結衣は晃太郎と過ごす時間が楽しかった。たまに一緒に眠ったり、抱き合ったりすることは、本当に幸せだった。
喧嘩もたくさんした。その分だけ、仲直りもした。懐かしい思い出だ。
「…今は?」
「え?」
「今は、どうなの?」
付き合ってもいない、好きだと伝えられないままの相手に訊くようなことじゃないかも知れない。それでも晃太郎は繋いだ手に力を込めて、訊いた。
「ふふっ。楽しいよ?」
結衣が笑顔で晃太郎を見上げる。
「そりゃあ、仕事中はそんなことも言ってられないけど。こうやって仕事を離れてしまえば…楽しいよ、今でも」
どんなに足掻いてみたところで、晃太郎と過ごす時間は楽しいのだ。同時に、結衣は泣きたくなる。あの日、この手を離してしまったことを。
「…気持ちがね、すーっと2年前に戻っちゃうの。まだ晃太郎と付き合っていた頃にね。成長しないなあ、って思う」
「…同じことを繰り返すって思うから?」
幸せだったはずだ。付き合っていた2年間、ままならぬことはたくさんあったけど、結衣も晃太郎も幸せな時間を積み重ねた。だからこそ結婚という未来へ自然と舵を切った。
でも最後は──事情はあるにせよ、お互いに傷つけ合うことしかできなかった。ボロボロになるまで相手を傷付けることで、何かを確認していたような気がする。
「うーん…そうかもね。だからかな、怖くて勇気が出ないんだ」
「怖い?」
「…自分が傷付くのも嫌だけど、晃太郎を傷付けるのも嫌だから。それを見るのが…怖い」
だから逃げ出した──2年前、結衣は晃太郎を嫌いになったわけじゃない。何よりも大切で大事な存在だったからこそ、傷付けることも傷付けられることも耐えられなかった。喪うことが怖くて、結衣は晃太郎に背を向けた。
「結衣…」
先に背を向けられることに耐えられなくて、結衣は自分からその手を離した。晃太郎を喪うぐらいなら──もう2度と会えない方が良いと思った。
晃太郎は足を止めた。手を繋いでいた結衣も、引っ張られる形で足を止める。
「晃太郎?」
晃太郎が結衣の腕を引っ張った。ふわり、と晃太郎の胸の中に抱え込まれる。
結衣の手を離した晃太郎の腕が、そのまま結衣を包み込む。懐かしい晃太郎の匂いがする、と結衣は思った。
「…俺は、傷付かないよ」
「晃太郎…」
こんな道端で晃太郎が結衣を抱きしめることなんて、今まで1度もなかった。結衣が少しでも過度なスキンシップを取ろうものなら「外だから」と言って突っぱねていた程だ。
「だから…結衣は何も怖がらなくていい。今度こそ、俺がちゃんとするから」
「…ちゃんと?」
「うん。結衣を傷付けないようにするし…ちゃんと守れるようにする。俺は傷付かない」
「そんなの…。私がまた晃太郎を傷付けるかも知れない」
仕事と、私との結婚、どっちが大事なの?──過労で倒れた晃太郎に選択を迫った残酷な質問。結衣の心を引き裂く、2年前の結衣が犯した過ち。
「そんなふうに考えるな、結衣。俺は平気だから」
「違う…!晃太郎が平気そうに繕うから…だから私は甘えちゃう。自分のことばっかりで、晃太郎のことを大切にできなくなっちゃう」
「繕ってなんかない。平気そうなふりをしてるわけでもない」
晃太郎は言い淀む。伝えたい──伝えなければならない言葉は胸の中にあるのに、それを言葉にするのは躊躇われてしまう。
言葉にしなきゃ、伝わらないのに。
「…結衣が側にいてくれたら、俺は平気になる。耐えられる。無理してるんじゃない。結衣がいないことに比べたら…辛くない」
躊躇う気持ちを押し込めて、晃太郎は言葉を紡ぐ。
「晃太郎…」
「結衣はちゃんと俺を大切にしてくれてた。それを理解していなかったのは俺だろ。結衣の優しさも思いやりも、俺が蔑ろにした」
結衣と一緒にいるために転職を決めた。転職するために仕事を片付けようとした。段々と仕事にのめり込み、目的と手段がごちゃ混ぜになってしまった。
「俺は…結衣が隣で笑ってくれてたら、それだけで充分なんだけど」
だから、と晃太郎は言葉を切る。ふうっと息を吐いて、凍てつく空を見上げた。慣れない言葉を必死に紡いで、晃太郎は思い切り照れている。顔が赤いのを自覚する。

「…戻ろう?」

2年前の別れは、お互いの心に深い傷として残っている。それは晃太郎もわかっていた。
でも離れていた2年間、その傷をお互いに癒やすことはできなかった。血を流し続けるのを知りながら、見て見ぬふりをすることしかできなかった。
「晃太郎…」
一緒にいれば、いつかきっと傷が癒える日がくる。
きっと一緒にいることでしか、あの日の傷は癒やせない。
結衣の手が、ゆっくりと晃太郎の背中に回された。少しだけ震える手が、晃太郎の背に触れる。
「…戻りたい」
涙を滲ませた声で結衣が呟いた。
「うん。戻ろう」
晃太郎は繰り返す。
「今度は間違えないから」
背中に回された結衣の手に力が入る。晃太郎も結衣を抱く自分の腕に力を込めた。
晃太郎の手が結衣の頬を包み込んだ。涙に濡れた目で、結衣は晃太郎を見上げる。
静かに、晃太郎の唇が結衣の唇を塞いだ。

「…ふふっ。外なのにね」
唇が離れると、そう言って結衣が笑う。
「クリスマスだからな」
恥ずかしくてそっぽを向きながら、晃太郎は言った。
「周りも皆、カップルばかりだ」
「私たちもカップルだね」
「…ごっこ、じゃなくてな。それでもいい?」
「うん」
晃太郎の手に結衣が手を絡めてきた。晃太郎もしっかりと握り返す。
「楽しいね」
「うん」
「幸せだね」
「うん」
結衣の言葉に頷きを返しながら、晃太郎は結衣の言う『楽しさ』と『幸せ』を噛み締める。
望み続けた、倖せのかたち。

ゆっくりと歩き出す。晃太郎は結衣と繋いだ手をダウンのポケットに入れた。それが許されることが、晃太郎にとっての幸せかも知れないと思いながら。

(終)

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