背反する役割を両立させることが「ゴムとの格闘」の醍醐味

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大学で学んだ高分子化学を、企業でのモノづくりに活かしたいと思っていました。縁があって当社に入社し、当時はその知識を活用して開発業務に携わってきましたが、今では技術のブレークスルーのために数学や物理の領域にも頭を突っ込んで格闘しています。

じつは、もともと化学はあまり得意ではなかったんです(笑)。だからこそ克服してやろうと会社に入ってから頑張りました。天邪鬼なのかもしれません。

当初は、自動車用防振ゴムなどの工業製品やスタッドレスタイヤの材料開発を担当していました。材料そのものはモノづくりの上流にありますが、実際の製品やマーケットに近い領域で開発に携わっていたので、求められる製品特性に対してどのような材料設計が必要なのか試行錯誤を繰り返しながら成果を創出し、同時に幅広く知識を磨くことができました。

タイヤだけでなく化学工業品の開発も経験できたので、角度の違う発想やアイデアを持ち合わせているかと思いますが、残念ながらその経験を活かして製品開発にまで至ったアイテムは多くありません。ゴムの材料開発は、単純そうで奥が深いものだと痛感しました。

原材料の比率や量の調整によってどのような特性の傾向が出るかは理解していますが、ゴム製品はどちらかを良くするとどちらかが悪くなるという背反性能をケアしなければならないケースが多いんです。たとえば、自動車用の防振ゴムの設計では、エンジンを支えながらも振動を吸収して車に乗っている人に振動が伝わらないようにすることが大事で、固体を支えることと振動を抑えることは真逆の働きになります。

タイヤにおいても、燃費性能を良くするとブレーキ性能が悪くなるといったケースが出てきます。背反性能を両立させて高性能製品を提供するには、固定観念にとらわれず他分野の技術も転用する必要があるかもしれません。

若手社員は、経験が浅く知識分野もまだ狭いので、どのような材料アイテムでどういった特性が出るのか、感覚的に身につけておくことが大切です。そのためにも、さまざまな経験をしてほしいと思います。

人工知能が出す答えに決して劣らない人の経験価値

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当社には中央研究所という施設があるのですが、そこでは新入社員を含む若手社員に対してゴム材料に関する勉強会を実施しています。自分自身でレシピを設計し、その結果どのような特性が出るのかを経験して学んでもらいます。

良い特性が得られたとしても、でき上がったゴムの粘着性が強く、加工機などに張り付いてしまってうまく成型できないケースもあります。特性が良くても加工性がNGだと結局材料としては使えません。

知識として数値だけを覚えて処理してもわからないことがあります。だからこそ、「自分でゴムを作って、それを評価して」を繰り返し、加工性を確かめながら感覚を肌にしみ込ませることが必要なのです。そうした機会や時間を大切にしてもらいたいと考えています。

「なぜ、そうなるのか」という原理を理解していなければ、たとえばAIから受け取った数値が正しいかどうかの判断ができないことになります。だからこそ、経験を積んでほしいんです。

ゴムの世界は「経験と勘と努力」という、「科学が発達した現代でこんな考え方でよいの?」と受け止められてしまうようなフレーズだと思いますが、じつはこれは私が入社する前から受け継がれて言われてきたことです。

つまり、ゴムは自分でつくって確かめてみることがスターティングポイントで、そこから何を得て何につなげるのか。実際に汗をかいて作った結果から、新しい開発につなげていくという代物なのです。AIなどの高度な技術が入ってきて、人の経験知の相対的価値が低下するような見方が出てきていますが、私はバランスが必要だと思います。

中央研究所では、ある程度自分の裁量で研究を進めることができるので、思いついたアイデアをすぐに試せることは魅力の一つです。もちろん、研究成果を出すことが最終目標ではありますが、成果を期待しながらプロセスを楽しむことが必要だと思います。

研究は1人で行なう過程が多く、時間をかけた割には思うような成果が出ないことも多々あります。こうしたジレンマをなくすために、周りと情報を積極的に共有しながら進めることはとても大切だと思っています。

軌道修正したり、他の知見を採り入れたりすることで良い結果へつながることも多くあります。私自身、失敗を経験しながらも周りから支えてもらったからこそ成長してきたと思っています。

「ブラックボックス」の中を見える化するおもしろさ!

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ゴム材料はさまざまな材料で構成されており、とても細かいスケールでの相互作用が生まれることで特性が出るような構造になっています。その構造を知るためには、ナノレベルでの分析技術が必要になります。

これまでは、その微小サイズの構造を観察する技術は少なく精度も低かったため、長年「ブラックボックス」となっていました。文字通り、ゴムという黒い物体の中で実際にどんな反応が起きているのかは見えない。それでも、観察のトライアンドエラーを繰り返していく中で少しずつその真相にたどり着くという世界だったのです。

2011年に確立した当社独自の材料基盤技術である「Nano Balance Technology(ナノバランステクノロジー)」は、ナノレベルでゴム材料を予測、観察発見、機能創造、精密制御することで理想的なゴム材料開発を実現していく技術です。さらなる進化、精度を高めるため最先端分析技術の一つである放射光X線分析を取り扱うことになりました。

ナノレベルでの構造情報を得るためには相当に明るいX線が必要で、大型放射光施設SPring-8は従来のX線よりも桁違いに明るいX線を出力することができます。ゴムの中で何が起こっているのかを観察するためにSPring-8にゴムを持ち込んで測定しました。

放射光分析技術には、化学の知識とは異なり物理の知識も必要になります。放射光測定によって出てくるデータは何を意味しているかを考えるのに必要で、一から原理の勉強をし直し、その可能性を見極める判断を続けて進めていきました。実際に観察して、理解した上で材料を作らないと目標とする特性のゴムはできません。

最初は測定しても思うようなデータが取れない状態でした。「なぜデータが収集できないのか」。繰り返し考察して条件を修正していく日々でした。

放射光とは、簡単に言うとレーザーポインターみたいなもので、うまく照射しないと材料が焦げて破壊されてしまいます。何度も放射光を調整し、観察したい構造にあった条件を設定、測定することで次につながる成果を出していく。限られた時間の中で、あらかじめ何パターンものサンプルと条件を準備して、分単位のスケジュールを策定して臨みました。

現在も、その研究開発は進めています。事前に特性と構造の相関を予測しておき、それに対して測定結果がリアルタイムで返ってくる。狙い通りの測定結果が出たときは本当に嬉しいですね。

うまく測定結果が得られない時期もあってプレッシャーもありましたが、「測定技術を確立すれば一段階上のレベルで材料開発が進む」と強く信じて続けています。

厄介者のCO2。削減が必要ならそれを使ってしまおうという発想

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タイヤメーカーがゴム材料の開発を進めるには、まず原材料メーカーから原材料を入手してタイヤの材料として生かせるかどうかを判断していくことから始まります。既製の原材料以上の特性をめざす場合は、自分たちで原材料を合成してタイヤに採用していく検討を進めます。

2023年5月に発表したCO2由来ブタジエンゴムもその一つです。CO2排出量削減、カーボンニュートラルに貢献できる素材を開発しなくてはいけない。部門共通の課題認識として持っていたテーマですが、「削減が必要なCO2を資源としてゴム材料に活用できないか」という発想は部内で検討した結果です。

まずは調査からスタートし、大学機関の研究内容やレベルを網羅的にまとめ、他社も扱っていない実用化につながる技術が何かを見極めました。どこもミリ単位で技術を向上させていくことにしのぎを削っています。サステナブル素材の研究開発も活性化しており、大学の研究室に出向いて可能性の有無も含めてヒアリングしました。

そして、温室効果ガスの一つである二酸化炭素の再資源化を目的とした高性能触媒の開発をしている富山大学の門を叩きました。そこからタイヤ材料の主成分として多用するブタジエンゴムの生成に、二酸化炭素そのものを活用することで、石油由来原料から代替適用するという可能性を追求する共同開発を2016年にスタートしたのです。

現時点では、ラボスケールで成功したばかり。実際にタイヤの製造過程に組み込むには一定量が必要となりますから、スケールアップが目下の課題となります。これまで数々の研究開発を手掛けてきましたが、10年かけてもできないこともありました。そんなに簡単にはいかないこともわかっています。

ですが、今実現している技術の一つひとつは、さまざまな苦労と経験を積み重ねの上に成り立っており、自分たちの挑戦は結果として実力として積み上がっているのだとも信じています。一人ひとりが個々の知見をメンバー間で共有しているので、もっとよい研究方法が見つかる可能性も高いと思います。

また、研究所内だけではなく、事業としてのスケールでこの研究を進化させていくために、社内外に広く協働していくこともその可能性を拡げると考えています。私たちが蒔いた種が成長し、花が咲いて実を結ぶ姿をぜひ実現させたいという想いでこれからも研究に挑んでいきます。

※ 記載内容は2023年11月時点のものです